107 / 241
第四章
抜け殻
しおりを挟む『コドク』の乗っ取り宣言から2週間。シドたちは餌やり以外ほぼ帰ってこなかった。それどころか、餌のパンクズを充分にまくだけてそのまま3日空けてから帰ってきた。
ドアを開けるなりシドは檻の前にくる。カナトとユシルが元気がない以外、なんともないのを確認すると「よかった。死んでない」とつぶやいた。
よかった死んでないじゃねぇんだよ!!
カナトは怒りのこもった視線を向けながらぺっとパンクズを檻から蹴り落とす。
ユシルは魔法でなんとか開けられないかを試したが、部屋の中に鍵がわりになるようなものは何一つなく、そのうえシドが水を用意し忘れたせいで2匹とも脱水症状になりかけた。
なんとかユシルの治癒魔法でしのげたが、死にかけた恨みが消えるわけじゃない。
「水を忘れてる」
シドの後ろから顔を出したムカデが檻の中を見て気づいた。
ハッとしてシドは急いで水を用意した。カナトとユシルはお皿の中の水をガブガブ飲み終えると、一口水を口にふくんだカナトはシドの前に来るとぷっと水を吹き出した。
「……どういう感情表現だ?」
カナトはふんっと檻の奥に行って無視した。
「鳥。こっち来い」
カナトは差し出された指を見て一瞥するだけで、ごろんとその場に寝転んだ。
「嫌われたのか?水忘れたからか?」
「最初から嫌われているはずだ」
そう言葉を背後から刺したムカデは「それより」と続けた。
「あと一歩だ。今後は接する人に気をつけたほうがいい」
「言われなくてもお前が監視しているだろ。そんなことより、鳥はどうやったら触れる?」
「………頭でもたたいてみろ」
「知らないなら黙れ、野蛮人」
シドはムカデにかまわず檻の中に手を差し入れてカナトを触ろうとした。しかし、足に何か当たったと感じたカナトが視線を向けると、無遠慮な指が足をくすぐっていた。
触んじゃねぇ!!
バッと起きて小さいくちばしがシドの指をつついた。
「じゃれ始めたな」
どこかだよ!怒ってんだよ!
「なあ、少しだけ出してもいいだろ」
きょとんとカナトが目をしばたたかせた。
「ぴぃぴぃ!」
「ほら、鳥もじゃれたがっている」
ムカデはその感情のこもってない目を飛び跳ねているカナトに向け、そしてシドをにらんだ。
「ダメだ」
「お前この鳥のお腹の毛に触ったことあるのか?」
「ない」
「気持ちいいぞ」
「知りたくもない。どうせなら隣のハムスターだ。あっちは静かでいい」
「こうしよう。お前がハムスターをなで、俺は鳥をなでる」
「取り出す前提で話すな。ダメだ」
「お前を『コドク』の会長に押し上げるのに俺の協力は不可欠だ。その俺が頼んでいるだろ」
「会長の座にお前の席もある。忘れるな」
どういうことだ?
カナトは『コドク』のことはよく知らないが、2人は『コドク』を乗っ取ろうとしているのはわかっている。しかし、その組織が抱えている暗殺者は少なくない。2人だけでどうやって会長の座に登るつもりだ、と疑わずにいられない。
もし2人とも会長になるのなら仲間割れしないか?どう見ても2人の仲は良いと程遠い。むしろ対立しているように見える。
「俺には俺の自由がある」
「怒らせるな、ハエ」
ハエと呼ばれてシドが眉をしかめた。
「俺をその名前で呼ぶなと言っただろ」
それに不可解そうに眉を寄せたのはムカデである。
「なぜだ。ハエの生存戦で生き残ったならその名前の何が受け入れられない」
「気に入らないと言っただろ!!……いたんだ、もう1人が」
シドは頭痛するように額を押さえてテーブルに手をついた。苦しげな顔に戸惑いが混ざり、瞳が不確かに揺れる。
「もう1人が……いたはずなんだ、…ーーっ!」
シドは頭の痛みに耐えられずその場にひざをついた。
ムカデはそんな姿にただ冷たい目を向けた。シドはなぜか自分が参加した生存戦にいないはずのもう1人の生存者がいると言う。だがその人物の顔も名前も知らない。
ムカデも調べたが、ハエの名を冠した生存戦にはシド1人しか生き残りはいない。そこまで考えてムカデもわずかに頭痛を感じた。
「いたんだ……ずっと一緒にいた人が」
最初から聞いていたカナトは、まさかシドが言うその人は自分なのか?と思った。
自分の存在を覚えている人がいるのか?
首都、ヴォルテローノ邸宅。
邸宅内では暗い雰囲気が漂っていた。
原因はアレストである。水に転落して流された使用人が戻って来たが、ずっと昏睡状態で目を覚さない。
日数に比例してアレストの状態も目に見えて変わって来た。
明るく優しい主人はどんどん無口になり、笑うことすら少なくなった。そのため、周りは機嫌をうかがうようになり、昏睡した使用人についてのことは口に出さないように気をつけていた。
そんななか、使用人の控えめな視線を受けながらアレストは廊下を通っていく。
すでに夕闇が差し、廊下にほんの暗い影を落としていた。鍵で部屋を開けて見ると、ベッドには仰向けで黒髪の青年が寝ている。
アレストはなるべく優しく笑おうとした。だがうまくできない。こんなことは初めてである。
ベッドそばに来ると椅子に腰かけた。そのまま黙ってしばらく青年を見つめる。
「カナト……」
応える声がなく、とてつもない不安が襲いかかる。
静かな寝息は聞こえるのに、その目は覚めることがない。
アレストは布団の中に手を入れてカナトの手を取り出した。
「いつになったら目を覚ましてくれる?」
不思議と食事や水分を取らなくてもカナトは痩せ細ることはなかった。むしろたまにパンクズとしゃがれた声でつぶやいている。
入れ込み過ぎないように気をつけなければいけない。そのはずだ。なのに心の中はカナトの笑顔と姿に埋め尽くされて酷くかき乱される。
「兄さん」
急に聞こえてきた耳障りな声にアレストが振り返る。
「なぜ入って来た」
「その、夕食をあまり食べていなかったから。これカナトの好物だよね?」
そう言って偽ユシルは手に持った液体チョコレートを差し出す。
「これ飲んだら?カナトの好物なら少しは食欲が湧くかなって思ったんだけど」
断ろうとしたアレストは、カナトの好物と聞いて口まで出かかった言葉を飲み込んだ。手を伸ばしてチョコレートを入れたグラスを見つめる。
カナト……早く、早く目を覚ましてほしい。チョコレートでもアーモンド入りのクッキーでもなんでも望むものをあげる。
もはやアレストのなかで芽生え始めた何かは確実に形となり始めている。
このままではダメだと、そう思うのにもう想いを止めることはできなかった。まるで抜け殻のようになったカナトを前に、アレストは自分をごまかしきれなくなった。
空虚感のなかでアレストはゆっくりとグラスを傾けた。
21
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる