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第五章
商売敵2
しおりを挟むカナトが傷がないかとあちこちみられるなか、レリィが戻ってきた。
「お、戻ってきたか!大丈夫だったか?」
「私は大丈夫ですよ?」
「いや、それもそうなんだけど……どちらかっていうとあの3人が……」
死んでいないかどうか気になる。
「あの3人でしたら大丈夫ですよ。かすり傷です」
「……本当か?」
「はい!」
元気いっぱいに答えられて、カナトが首を傾げた。
本当か?
だが、レリィが後ろに隠したものを出した瞬間、そんな疑問も消し飛んだ。
カナトがパッと顔をそらす。
「ところで店長、これはなんですか?お店の裏側から見つけたんですけど」
それはカナトが盗み出したタルトである。
すっかりその存在を忘れていた。
「ナンダロウナァ……」
「タルト、ですよね?しかも今日売れ残りの分の。お菓子は1日2個までと言いませんでした?」
「………はい」
「これは没収です」
「………はい」
盗み食いのせいでカナトのお菓子がさらに制限された。
店内のカウンターで店員たちが動き回るのを見て、自分も何かできないかと考える。それとは別にこれでお菓子の制限をなくせるかもしれないという下心があった。
ドアベルを鳴らして誰か入ってきたのを聞きつけ、一番早くその前に飛び出した。
突然カウンターから飛び出してきたカナトに、入ってきた男がぎょっと目を向いた。
「なんだね、きみは」
「俺ここの店長!何が食べたい?おすすめもあるぞ!じゃなくて、あります!」
男はニコニコと笑顔で迫ってくるカナトから一歩離れた。そしてまるでいやなものでも見たかのようにカナトから視線を外そうとする。
「まさかこんな教養のない男が店長とは……噂には聞いていたが、これほどまでに礼儀知らずなのも珍しい」
「は?」
「はあ、仕方がない。おすすめでもなんでもいい。出せ。ここで味見してやる」
カナトはムッとしたが、一応自分が接客中であり、相手がその客だということを思い出して不満そうにしながらケーキのケース前まで来た。
そこへ接客を終えたレリィが近づいた。
「店長、私が対応しましょうか?」
「俺がやる!」
カナトはそう言うとムスッとしたままトレーにケーキをいくつか乗せ、それを「ん」と男の前に出す。
「ほら、食え」
売り言葉に買い言葉のように、カナトも少々高圧的な態度を取った。
男はふんっと鼻を鳴らしてトレーを受け取り、乗っているフォークで手前のチーズケーキを刺した。
「………ふむ」
ケーキを味わいながらその顔にだんだんとシワが寄る。
うまいだろ!と腕を組んで得意になっていたカナトがその反応にあれ?と目をしばたたかせた。
なんだ?うまそうって顔じゃないな。
少し焦ったカナトがチーズケーキの横にある丸い卵タルトを指した。
「これとか食ってみろ!」
男はそれも食べたがやはり顔はしかめたままである。さらにもう一個食べたが表情は変わらない。
やがてトレーをカナトに返し、頭をやれやれと言いたげに振った。
「新しい人気店と言われるから期待したが、どれも期待外れだ」
「なっ!」
男に選んだのはどれもカナトの好物であり、店での売り上げもいい品だった。
「お前、まさか喧嘩売りに来たんじゃないだろうな?」
「はて、もしや図星を突かれたからそうやって言いがかりをつけるつもりかね?なんて失礼な人だ。喧嘩を売るだなんて野蛮人のすることよ。私はあくまで事実を言っただけだ」
事実、という部分を特に力強く言う。
カナトがギリッと歯を噛んだ。それに構わず男はケーキたちを見下した目で見つめながら続けた。
「ケーキはどれも見た目は美しいが、シンプルすぎるのもある。これじゃお茶会や宴会では出せない。それなのに見た目に騙されて食べてみればどれも味が薄い」
「薄い!?」
「そうだよ。甘味が薄くて物足りない。まるで砂糖の足りない紅茶だ。そもそも紅茶と合わない」
果汁入りの紅茶が流行り出してから、甘味のある紅茶が令嬢を中心に人気を博している。そのためか紅茶店に並ぶ商品に甘味の強い紅茶が並ぶことがあった。
「そんなことない!紅茶にだって合うぞ!客からも感想をもらうが、合わないなんて言う人いなかった!」
怒るカナトに男はふたたびふんっと鼻を鳴らして笑った。
「それはお前の店にいる店員たちを喜ばせるためだろう。なんせ顔を売りにしている店だからな」
「貴様っ!」
「お言葉ですが、我が店の菓子類はすべて糖分を控えめに調整しています」
レリィがカナトの後ろから現れた。声のよく通る、凛々しい目元をしたレリィに男の目がどこか品定めのように細められた。
「これはまた、顔で売れそうな女だな」
「テメェ!言葉に気をつけろ!」
「おお、怖い怖い」
激昂するカナトに男はおどけたように肩をすくめた。
レリィは男の言葉をものともせずに毅然とした態度を保ち、カナトの手からトレーを引き受けた。
「先ほど紅茶に合わない、とおっしゃいますが、当店の菓子類は甘い紅茶の味を損なわない微糖のものばかりです。それに、甘すぎると体によくありません。なので当店の菓子類は健康志向のものでもあります。ご令嬢たちを中心に人気を博していますし、すでに様々な地方から注文が入っています」
カナトが知らない情報ばかりである。
てっきりあっちの方が言いがかりだと思っていたが、どうやら味が薄いのは本当である。
しかし聞いていくうちに店長として知らないのを悟られるわけには行かず、腕を組んでそれらしくうなずいていた。
口喧嘩じゃ自分は勝てない。それをよく知っているカナトはとりあえずレリィに任せることにした。
「……っ!な、なんとても言えるわい!ただ材料費を浮かしたいだけの言い訳にしか聞こえんな」
「その代わり、あなたの言うように見た目を綺麗に整えています。見た目と健康視点の両方からお楽しみいただけるケーキたちです。当店にはケーキの他、焼き菓子もご用意しております。ご希望であれば紅茶と一緒にーー」
「ええい!うるさい!たかが開店したばかりの新鮮味しかない店の言うことなんぞ信用ならん!味がダメだと言っているだろ!」
その時、チャリーンとドアベルが鳴った。
冬が近づくために寒い風が一緒に吹き込み、一瞬で店内の熱を奪った。
それと一緒にどこか軽く、だが底冷えするような声が響いてくる。
「そうかい?ここの菓子類、僕は好きなんだが」
その声を聞いた瞬間、カナトの体が固まった。サッと現実逃避するように視線を下げた。ドアの方向を見てはいけないと必死に自分に言い聞かせる。
「誰だいお前は!」
「僕か?しがない貴族だよ」
男が一瞬固まってアレストの全身を見た。確かに貴族の出立である。男は今までたくさんの貴族と会ってきたため、一目でアレストがそこらじゅうの貴族と違うことを悟った。
気まずい顔で一礼だけするとそそくさと逃げていく。
カナトは冷や汗を流しながら震え出した。足音がどんどん自分のほうへ近づいてくる。思わずいつも助けてくれるレリィに視線を向けたが、なぜかサッと離れていってしまった。
レリィ!?な、なんで今離れるんだよ……!
「カナト」
その声にビクッと体が跳ねる。
「厄介な客を退けたら、少しくらいは感動的な再会になると思ったが……やはりそう簡単にいかないな」
どこか仕方なさとあきらめのにじんだ声である。だがカナトはまったく気づかないようにうつむいたままだった。
「……怖がらせて悪かった。また来るよ。それと遅くなったが、開店おめでとう。素敵な店だな」
それだけ伝えると足音が遠かっていった。
まだ店に残った客のうち、誰かがつぶやいた。
「まはかあの方は……宰相様か?」
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