Wind Geister 『風を纏った少女』日常の生活の中に非日常(小説家)は潜んでる

🗡🐺狼駄(ろうだ)

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第1部 風の担い手

第6話 大袈裟なる言い伝え

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 ───爵藍ランさんがの娘っ!?

 ………いやいやいやいや侯爵こうしゃくって一体いつの時代だっ、何処の御偉い様おえらいさまだよっ!?

 いよいよ本格的に爵藍ランさまって、指をそろえて深々とこうべれなきゃいけなくなるぞ疾斗はやとォォ!

 ───僕如きレベル1・村人が隣席りんせきなんぞ許されよう筈がないっ! 「無礼者っ!」とばかりに刎ねられっぞ首を失うぞっ!

 目の焦点がまるでさだまらなくなる、心の中の絶叫がどんどん早口になってゆくのを抑えきれない。

「先ずなのね………。ホラッ、私の名前。爵藍しゃくらんって、ちょっと在り得ない名前でしょ?」

「う、うんっ……」

 な、何だろうか………。爵藍しゃくらんが「……」って処に何やら妙な含みを持たせた気がする。

「ママが初めて行った海外がオーストリアでね。旅先のカフェでバイトしてたパパと偶然知り合ったの………」

「ほ、ほぅ………」

「パパったらさぁ、すっかり一目れしちゃって、いっそ日本に帰化してやるっ! ママに相談なしで、こっちへ勝手に押し掛けたんだよっ!」

 ───は、話が読めません。Your僕の Highness皇女殿下

 コレはあれか? 爵藍しゃくらん様がどうやってその見目麗みめうるわしき御身おんみに成られたのかを語ろうというのかっ!?

 ───ただ、その、何だ……御父様のゴリ押し感は、うんっ、2人乗りタンデムをお勧めになられた処に良く似ていらっしゃると、そこだけはに落ちた。

「全く呆れるでしょ? 結婚すら勝手に決めて、どうせなら偉そうな名前にしようっ!」

 実に軽やかな口調で、僕如き愚民ぐみん豊かなる海生命の母の様に言葉を注いでおられる。

「………俺は侯爵こうしゃく夫人みたいなママに生涯しょうがいの愛を誓うっ!」

 ガタッ!!

 音をワザと立てるように力強く立ち上がり、拳を握ってまるで御自分が愛を誓うかの如く告げた。

「……で、その鹿が愛を藍染あいぞめの藍に変えて侯爵とくっ付けた随分御大層ごたいそうな名前がって話なのよ」

 此処で背中から他の女性の音声が勝手に解説を続けた。

 振り返り後ろを見ると、マスターと同じエプロンを被っている女性が、木目調のトレイの上に爵藍しゃくらん様が注文した品を載せて運んで来た処であった。

「あっ、お久しぶりですっ! あ、この綺麗な人、マスターのの奥さんよ」

 立ち上がった勢いそのまま、彼女が笑顔でその女性に頭を下げる。加えて取りえずな感じで紹介を受けた。

 此方も中々に綺麗な御婦人、歳は………いや、処理能力が停止フリーズした僕の頭じゃ到底とうてい測れそうにない。

 ───んっ? …の? それって

「お久しぶり、元気そうで良かった。颯希いぶきちゃんがカプチーノで、こっちの彼がマンデリンね。それから昭和風濃厚プリン2つ、お待たせしました」

 ニコリと笑顔でカウンターへ音を立てずに置くその姿に、自然なこまやかさを感じる。

「だ、だからじゃないってばァッ!」

「あら? って意味で呼んだだけなんだけど、これはひょっとしたらひょっとしてかしら?」

 これはこれは見事なる年の功といった処か。まんまと彼女を手玉てだまに取ってたのしげな顔でジッと見つめた。

「ンもぅッ! 意地悪なんだからっ!」

 プィッとむくれてドッカと椅子に戻る。そんな姿とていじらしい。

 ───って、うんっ? だから

「むっ、と、言う事はって別に何処かの大層な御令嬢ごれいじょう………ではない?」

「アハハハッ! なっにそれ、可笑おっかしい。そ、そんな訳ないじゃないっ!」

 ケラケラ笑いながら僕の背中をバシバシ叩く。腹を押さえて大口を開けて笑いたいの必死にこらえているらしい。

「ま、まあ………気持ちは判るわぁ……えっと」

「あ、疾斗はやとです。風祭かざまつり 疾斗はやと

 が余りに容赦なく叩いたから僕の黒縁くろぶち眼鏡が、ずれ落ちそうになったのを取りつくろいながら応えた。

「疾斗君ね、了解りょーかい。じゃあ飲み物が冷めないうちにどうぞ」

 笑顔を振りきながら奥さんは、レジのはじから、厨房ちゅうぼうの中へと消えていった。

 ───さてさて……冷めないうちにと言われても蒸し暑さ全開の残暑で既にたぎっているんだよな。

 そして何より僕、しつこいけどがブラックは飲めない。出来損ないのロボットのように震える手を兎に角とにかくカップへと伸ばす。

 視線を感じる? 周りを見渡すとラン、それからいつの間にやら奥さんと入れ替わりで出て来たマスターのたのしげな顔が此方をのぞいて無言の圧力。

 ───ホレホレ、四の五の言わずにはようグビッと行きなはれ。

 僕は全然冷めてない陶器のカップを手に取って慎重に慎重に喉へと注ぐ。まるでめない酒を無理矢理、口にする様に……もないけど。

 ───あ、アレレっ? おっかしいなぁ……。

 さらに二口、三口、ゆるりと運び、口の中で転がしてみた。

「な、何コレ………そこはかとなく甘い……気がする」

 僕の嫌いな苦味と酸味が交互に襲って来るのを待ち受けていたのにとんだ肩透かしを食らった気分だ。

「でしょ? でしょでしょ?」

 あおい瞳をキラキラさせてランが顔を寄せて来る。
 まるで自分の手柄てがであるかの如くフフンッて澄《す》ましつつ、自分は可愛い猫のラテアートが描かれたカプチーノをすすっている。

「あ、そう言えばマンデリンって比較的飲みやす珈琲こーひーだって聞いてコンビニの奴を挑戦背伸びしたことがあったけど、こんな感じじゃなかった筈……」

 僕の驚きを聞き付けたマスターが、少し神妙しんみょう面持おももちで口を開く。

「それは……まあ話半分のつもりで聞いて欲しいけど、同じ豆ですら鮮度も飲み時もまるで事があるんだよ」

 これは驚きの二重奏にじゅうそう、いやいや待て待て………今日何度目の驚きだろう。

 正に冷めきった珈琲の様に、近頃の自分は感動驚きを忘れてた事にふと気付いた。
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