【完結】🧚‍♀️カクヨムコン10中間選考突破作品・マーダ『森の護り人・ファウナ』-ローダ第零章-

🗡🐺狼駄(ろうだ)

文字の大きさ
64 / 234
第6部 人が創りし者と造られし者

第56話 Nemesis(仮説)の戯言

しおりを挟む
 ──鉄と油と汗、そして血の匂いがする……。

「──うっ、うぅ……」

 天斬てんざを無事に倒し、帰路きろ中途ちゅうとである飛行機の中で目を覚ましたファウナ・デル・フォレスタ。未だ腹に負った傷が痛み、顔をしかめる。

 旅客機などではない、人を作戦上陸させる為の空挺機くうていき。やかましいエンジンの音がファウナを無理矢理叩き起こした。身体をあずけているベッドも固い。

 密閉した戦闘用の飛行機は鉄と油、そこに人の匂いも混じり、如何いかんともしい臭気を放つ。そこへ血の匂いも混じれば猶更なおさらだ。まだうら若き17歳の少女に取って本来ならえ難いものである。

 けれどもこの作戦遂行を提案したのがその少女だ。寄って文句を言うつもりなどない。

「ふぁ、ファウナ様ぁぁ──御無事で何よりでございます」

 主人の意識回復に安堵あんどの涙を流すラディアンヌである。よりにもよってナイフ格闘術だけのAI兵相手に守り切れなかった不覚。自分を嫌悪する程、落ち込んでいた。

「──ファウナよ、息災そくさい何よりであった」

「──れ、レヴァーラ……ウッ!」

 胸に深手ふかでを負ったレヴァーラ・ガン・イルッゾにのぞきこまれた。自分の傷など忘れ、ガバッと身体を起こそうと躍起やっきになるが、やはり痛みでどうにもならない。

 加えて自分の腕に人工血液輸血の針が刺さっているので、動きがままならない事にも気付いた。

 あのレヴァーラが手酷てひどくやられていたのを思い出すファウナ。先ずそうならない為の盾であるべきだし、仮に傷を負っても治癒ちゆするのが自分の役目。

 何れも果たせなかった自分に酷く落胆らくたんし力無くこうべれた。4番目の神パルメラ・ジオ・聖術士アリスタ戦同様、満足のゆく結果を残せなかった。

「良いのだファウナ。むしろお前が張りめぐらせた蜘蛛の糸フィディラガノで我も救われたと言っても過言ではない」

「へッ! 随分とまあご都合主義な糸だったぜ。張る時はワイヤーの様に強靭きょうじん。傷をう時には接着剤みたく勝手にふさぐ。これを扱う俺はまさに蜘蛛くもの気分だった」

 あくまで威厳プライドは高く、けれどファウナの弱った心をあんじるレヴァーラ。ジレリノは密閉した飛行機の中でもお構いなしの煙草たばこを吹かしていた。

 もっともっと暗い沼の中にちた酷い顔をして両膝を抱えている者が独り。皆と距離を置き、飛行機の一番後部側にその身を寄せている。焔聖えんびに実質的敗北をきっしたオルティスタだ。

 これ程まで目の輝きを失った彼女、長い付き合いであるラディアンヌでさえ見た事がない。ファウナの両親を守れなかった後悔よりもずっと……ずっと……酷い。

 ジレリノの仕掛けで生き長らえたとはいえ、最早剣を振る気力すら完全に失ったのではないか。周りがそんな危惧きぐをする程だ。

 絢爛けんらんたる剣技をふるう者と同一と思えない憔悴しょうすいし切ったオルティスタの顔。これでは天斬と等価交換で此方の剣士も持ってゆかれたかの様相だ。

 バチンッ!

 オルティスタの頭の直上を石礫いしつぶてが不意にはじく。飾り気のない飛行機の内装鉄板で跳ね返り床に落ち往く。それでもオルティスタは視線すら動かさない。

手前テメェいつ迄湿気しけた顔してやがんだァッ? これじゃ俺がまるで悪者扱いじゃねぇかッ!」

すねジレリノ、大人気おとなげ無いよ」

 今の石礫はジレリノがパチンコスリングショットで撃ったものだ。自分がこの腑抜ふぬけた女の代わりに相手焔聖を殺してやった。当然、気分の良いものではない。

 同じNo持ちヴァロウズアノニモ暗殺者が割って入りたしなめる。この中で最も殺人稼業さつじんかぎょういそしんでいた自分の為すべきことじゃない自覚があった。

「──ったく、冗談じゃない。俺は此奴の命を救ったばかりか、親父の墓すら作って土葬もしてやったんだ。第一あの爺焔聖って奴もいけ好かねえ………。アレはお前に引導いんどうを渡して貰いに来ただけだ」

「………」

 ドカッと背もたれと蒼い髪を揺らすジレリノ。やはり無反応のオルティスタである。耳に言葉が入っているのか疑わしい。
 ファウナが寝たきりの姿勢で視線だけを自分のお目付け役に送ってみる。例え付き合いが長いとはいえ、こんな時に掛ける言葉が見つからない。

 ──増してやともなれば、どうにもならない。

 機内に設置した21インチ程のモニターが見知った声で喋り始める。

「──リディーナか、そちらもどうにか為った様だな。世辞せじにも首尾しゅび良くとは言えぬが……」

『それはレヴァーラ様とて同じでしょう。お互い予想プロセス通りではございませんよね?』

 お互い返す言葉に苦笑を禁じ得ない。まさに奇跡の結実けつじつ──結果だけは上々なのだ。

『相手は人間、プログラム処理言語通りには往かなくて当然です』

 ──プログラム処理言語……。リディーナのエンジニアらしい何気なにげない一言にレヴァーラの肩が微動びどうした。

 現人神あらひとがみと化したレヴァーラだが実際人の子にあらず。電算機向け処理言語、ファウナをやったAI兵……。これらは彼女に取って他人などと切り離せない存在だ。

「──No2ディスラドは右腕を欠損けっそんしたな。アレは死なずにおられるものか?」

 思わず話題を変えたレヴァーラ。衛星通信越しのリディーナも失言が在ったと気付き、話を合わせてゆく。欠損けっそんという単語が出る辺り、を敢えて強調している。

『あのディスラドさんですよ? 死ぬ処か新しいギミックの腕を生やして、より厄介やっかいな存在になることでしょうねぇ……』

 モニター越しのリディーナがヤレヤレと両手を挙げて首を振る。こればかりは予想図チャート通りに流れると決めつけていた。

「で、あるか──。そうやも知れんな。もう1人エルドラが仕掛ける様子はどうだ?」

 レヴァーラが戦神の如き活躍を披露ひろうしたとはいえ、何処からともなく光の速度で星屑ほしくず達を落とされては成すすべがない。飛行機というおりの中なら猶更なおさらだ。

『うーん……そればかりは何とも。Nemesisネメシスの気まぐれに祈るより他ないでしょうねぇ』

「判った──通信を切る」

 この会話を第三者に傍受ぼうじゅされる。

 そんな些末事さまつごとなどこのレヴァーラ、恐れてはいない。それに星屑をエルドラ・落とす者フィス・スケイルが本気で在れば、既にこんな飛行機木っ端微塵こっぱみじんにされていよう。

 ──要は一息ついた者達の戯言ざれごとに過ぎないのだ。

「──大方おおかた4番目パルメラとの逢引あいびきに夢中といった処であろう。このレヴァーラですらアヤツに取ってはであるのだからな」

 ふぅ……と溜息をついて座席にその身をあずけるレヴァーラ。やがて安らか寝息と共に夢の世界へちていった。

 かくして本作戦の目的は達せられた。
 しかし未だに成し得ていない方が大なり。なれどこのときばかりは、天運に赤子の如く感謝するのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...