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第7部 思考を捨てた女
第79話 幸運を巻き込んで回り始めたWheel of Fortune(運命の輪)
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魔法少女のファウナ・デル・フォレスタ。そして武術家のファウナ・デル・フォレスタ。
視力の存在する者であるなら、こんな事で迷ったりなどする訳がない。例え声色、脈拍、感じる気配が同調していようともだ。
ヴァロウズのNo5、考えることを望んで捨てた女性。占い師アビニシャン。その望みは叶い、代償に目を失った。
彼女の得たもの──それは無心で相手に勝利する事を望めば必ず叶う。そして考えるのを捨てるのと同時に、目よりも相手の本質を見抜ける超感覚を手に入れた。
深慮は不要、加えて自分の感覚さえ信じ抜ければそれで良い。──タロットはそれらを覆い隠す飾りに過ぎなかった。
オルティスタ、4度目のカードシャッフル。未だ手に馴染んでいる様子がない。寧ろ手汗を掻き続け、おぼつかなくなっている。
ゴクリッ。
オルティスタ、そしてアビニシャンの二人が息を飲み、そして愚かにも神に祈る。確かに勝負事に於いて天運を味方に付けることは重要である。
しかしそれは充分な準備を終えた者だけが呼び込める強運なのだ。
「──『Magician』だ。ファウナ・デル・フォレスタ2勝、これで同点だな」
取り敢えずの役目を終えたオルティスタ。ようやく彼女の心拍と息遣いが落着きを取り戻しつつある。
ガタッ!
「な、何故!? どうしてぇ!? 私間違いなく目の前のファウナに勝つことを強く望んだ筈なのにィ!!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり頭を抱えたのはアビニシャンだ。在り得ない結果に身悶えしながら叫んでいる。
SNSで大々的な自分売り込みをしたアビニシャンが世界中に晒されて一挙にRTの嵐が巻き起こっている。
『"JACK" IN LONDON BEING PUSHED BY A WIZARD?』日本語訳で『ロンドンの”JACK”が魔法使いに押されている?』だ。SNSを覗いている大多数がこの静かで地味な争いを楽天的に観戦していた。
「「やったね! 流石私だわ!」」
パチンッ!
此処で2人のファウナがハイタッチを交わした。次の勝負──アビニシャンの動揺が収まらない以上、絶対にMagicianを引き当てられる。
オルティスタの言う通り現状『2勝2敗』
なれど次もファウナが大アルカナを先に指定出来る権利を有している。寄って勝ったも同然なのだ。
「……な、何でよ。ど、どうしてなのよ。私の能力『Judgement』が負ける筈ないのに」
哀れ両拳を爪が食い込まんばかりに握り、全身を震わせているアビニシャン。小さな唇さえも噛みしめている。
「目の前に居る貴女が本物のファウナ・デル・フォレスタ! だいぶ惑わされたといえ、確信してる筈なのにぃ!!」
ファウナより歳下の子供の如く憐れな少女が負けに瀕して悔しがっている。そんな絵面に見えるのであろう。
──そんな惨めな光景の後、余りに尊い場面が拡散され大いに反響を呼ぶのだ。
ギュッ。
「──え、え。な、何? 一体どういうつもり!?」
何とファウナがその憐れなアビニシャンを胸の内に抱き締めたのだ。しかも背後から武術家のファウナもそっと包み込んだのである。駄々をこねた妹をあやす血の繋がった姉の様に。
「ごめんなさいアビニシャン。私──いえ私達が貴女を超える為には、こんな小細工で心を乱すより他なかったの」
紛うことなき真実のファウナが演技ゼロの本気をアビニシャンに伝えたのである。まるでフォレスタ三姉妹に4人目の妹が出来た様な尊き絵面。
──あ、温かい……どうしてこんなにも心地良いの?
勝負など最早どうでも良くなりつつあるのか。アビニシャンがその頬を摺り寄せてゆく。理不尽の所為で震えた身体は完全になりを潜めた。
「貴女の過去に何が在ったのか私には判らない。──だけどね」
何かを言い掛けたファウナがアビニシャンを抱くその腕を一旦解く。少しかがんで視線の高さを合わせ込む。
「だけどね、考えるの辞めるだなんて、生きることを放棄するみたいな哀しいことしないで欲しいの。それじゃまるで死んでいると同じじゃない。考え抜いた末に訪れるのが本当の幸せなのよ」
18歳なり立ての女子の暖かな言葉が年齢不詳の占い師の空虚な心を埋めてゆく。アビニシャンは運命の輪の正位置を蒼き目の内に見つけた。
「ほ、欲しいよ私……本当の幸せが…欲しい」
ファウナの言葉に心打たれ、顔を皺くちゃにするアビニシャン。我慢の堤防が決壊する。
その刹那、アビニシャンの白眼に瞳孔の色が戻り始めた。泣きじゃくる涙と共に。そして意識を失い身体をファウナへと預けた。
「あ、アビニシャン!?」
慌てたファウナの代わりにラディアンヌに還った武術家が脈拍と胸の上下を確認した。
「大丈夫ですファウナ様、意識を保てなくなっただけの様です」
ラディアンヌが気を失ったその小さな身体を優しく抱えながら諭した。
「──しょ、勝負はどうした!? これで終わりで良いんだよなァッ!?」
オルティスタが22枚のタロットを無造作に捨て本物のファウナに迫る。ようやく自分はこの地獄から解放されるのか。彼女に取って一番の気掛かりはそこだ。
「さっき言ったでしょ。これで『ターンエンド』だってね。ふぅ……本当紙一重の勝負だったわ。ラディアンヌ、心から礼を言わせて貰うわ」
張り詰めてた緊張を全て解放し満面の笑みを湛えるファウナが、ラディアンヌの手の甲に不意打ちのキスをした。
ボッ。
「ふぁ!? ファウナ様ァッ……」
浮島での一戦に続く今回最高の功労者。
そんな頼もしさの塊なラディアンヌの顔が真っ赤に染まる。手に触れた唇の感触に全集中。意識を持ってゆかれ、抱えたアビニシャン共々ユラリとその場に崩れ落ちそうになる。
「お、おぃコラッ! 人支えたまま落ちる馬鹿がいるか!」
長女オルティスタがどうにか間に合い次女のつっかえ棒的役割を果たした。恍惚の顔で完璧に落ち、大きな胸枕で寝ている。その様子を見てたリイナが思わず吹き出す。
「す、凄いですね。何がって、もぅラディアンヌ様のファウナ様への献身と愛です。例え呼吸術による他人との同調が出来るとは言え、これは絶対愛の成せる業に決まってます」
リイナの弾ける様な笑顔を見て、ファウナとオルティスタも釣られて笑う。
ラディアンヌ、今回の御業の正体。
彼女は武術の戦いに於いて、味方と意識を合わせ戦う術を体得している。これを最大限まで活かしきりファウナとの同化を図った。
それにしても気味が悪い程、最後まで演じ切れた理由こそ、リイナの告げた『ファウナへ献身と愛』これに尽きる。余程普段からファウナを恋焦がれつつ見つめてきたに違いないのだ。
ただ懸念も色々存在した。
そのうちの1つがファウナの長く整った金髪である。リイナはアビニシャンの相手に勝利するという信念を揺らがせられるとしたら勝ち目があると以前説いた。
但しその長髪を触られたら終い。船上にて『多大なる代償…』と言ったのはそのことなのだ。銀髪しか知らないリイナに取って、ファウナの長く美しい金髪を切らせたくはなかった。
後はファウナ自身の仕掛け。
蜘蛛の糸を此方の用意したタロットに仕込むことだ。これは完全にアビニシャンの読み通り。Magician1枚だけを操るので精一杯。
それですら第2戦まで通じなかった。アビニシャンが迷いなど微塵なく目の前のファウナを本物だと確定出来た為、蜘蛛の糸による操りでさえ敗北したのだ。
「──処でどうするつもりだソイツ?」
未だ意識を失っているアビニシャンのことである。それはあくまで敵。そういう目でオルティスタは未だ見ている。
「このまま放って置けないでしょ? 私達は現人神の使いなのよ。──それにね、この人の本当の思いが超感覚とやらを操れる未来を私信じたい」
この穏やかな女神候補生の言葉を聞いたリイナとオルティスタの顔が緩む。きっとこの魔法少女は初めから相手を殺す気なんてなかったのだと知り、その優しさに救われた気がした。
─ 第7部『思考を捨てた女』 完 ─
視力の存在する者であるなら、こんな事で迷ったりなどする訳がない。例え声色、脈拍、感じる気配が同調していようともだ。
ヴァロウズのNo5、考えることを望んで捨てた女性。占い師アビニシャン。その望みは叶い、代償に目を失った。
彼女の得たもの──それは無心で相手に勝利する事を望めば必ず叶う。そして考えるのを捨てるのと同時に、目よりも相手の本質を見抜ける超感覚を手に入れた。
深慮は不要、加えて自分の感覚さえ信じ抜ければそれで良い。──タロットはそれらを覆い隠す飾りに過ぎなかった。
オルティスタ、4度目のカードシャッフル。未だ手に馴染んでいる様子がない。寧ろ手汗を掻き続け、おぼつかなくなっている。
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しかしそれは充分な準備を終えた者だけが呼び込める強運なのだ。
「──『Magician』だ。ファウナ・デル・フォレスタ2勝、これで同点だな」
取り敢えずの役目を終えたオルティスタ。ようやく彼女の心拍と息遣いが落着きを取り戻しつつある。
ガタッ!
「な、何故!? どうしてぇ!? 私間違いなく目の前のファウナに勝つことを強く望んだ筈なのにィ!!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり頭を抱えたのはアビニシャンだ。在り得ない結果に身悶えしながら叫んでいる。
SNSで大々的な自分売り込みをしたアビニシャンが世界中に晒されて一挙にRTの嵐が巻き起こっている。
『"JACK" IN LONDON BEING PUSHED BY A WIZARD?』日本語訳で『ロンドンの”JACK”が魔法使いに押されている?』だ。SNSを覗いている大多数がこの静かで地味な争いを楽天的に観戦していた。
「「やったね! 流石私だわ!」」
パチンッ!
此処で2人のファウナがハイタッチを交わした。次の勝負──アビニシャンの動揺が収まらない以上、絶対にMagicianを引き当てられる。
オルティスタの言う通り現状『2勝2敗』
なれど次もファウナが大アルカナを先に指定出来る権利を有している。寄って勝ったも同然なのだ。
「……な、何でよ。ど、どうしてなのよ。私の能力『Judgement』が負ける筈ないのに」
哀れ両拳を爪が食い込まんばかりに握り、全身を震わせているアビニシャン。小さな唇さえも噛みしめている。
「目の前に居る貴女が本物のファウナ・デル・フォレスタ! だいぶ惑わされたといえ、確信してる筈なのにぃ!!」
ファウナより歳下の子供の如く憐れな少女が負けに瀕して悔しがっている。そんな絵面に見えるのであろう。
──そんな惨めな光景の後、余りに尊い場面が拡散され大いに反響を呼ぶのだ。
ギュッ。
「──え、え。な、何? 一体どういうつもり!?」
何とファウナがその憐れなアビニシャンを胸の内に抱き締めたのだ。しかも背後から武術家のファウナもそっと包み込んだのである。駄々をこねた妹をあやす血の繋がった姉の様に。
「ごめんなさいアビニシャン。私──いえ私達が貴女を超える為には、こんな小細工で心を乱すより他なかったの」
紛うことなき真実のファウナが演技ゼロの本気をアビニシャンに伝えたのである。まるでフォレスタ三姉妹に4人目の妹が出来た様な尊き絵面。
──あ、温かい……どうしてこんなにも心地良いの?
勝負など最早どうでも良くなりつつあるのか。アビニシャンがその頬を摺り寄せてゆく。理不尽の所為で震えた身体は完全になりを潜めた。
「貴女の過去に何が在ったのか私には判らない。──だけどね」
何かを言い掛けたファウナがアビニシャンを抱くその腕を一旦解く。少しかがんで視線の高さを合わせ込む。
「だけどね、考えるの辞めるだなんて、生きることを放棄するみたいな哀しいことしないで欲しいの。それじゃまるで死んでいると同じじゃない。考え抜いた末に訪れるのが本当の幸せなのよ」
18歳なり立ての女子の暖かな言葉が年齢不詳の占い師の空虚な心を埋めてゆく。アビニシャンは運命の輪の正位置を蒼き目の内に見つけた。
「ほ、欲しいよ私……本当の幸せが…欲しい」
ファウナの言葉に心打たれ、顔を皺くちゃにするアビニシャン。我慢の堤防が決壊する。
その刹那、アビニシャンの白眼に瞳孔の色が戻り始めた。泣きじゃくる涙と共に。そして意識を失い身体をファウナへと預けた。
「あ、アビニシャン!?」
慌てたファウナの代わりにラディアンヌに還った武術家が脈拍と胸の上下を確認した。
「大丈夫ですファウナ様、意識を保てなくなっただけの様です」
ラディアンヌが気を失ったその小さな身体を優しく抱えながら諭した。
「──しょ、勝負はどうした!? これで終わりで良いんだよなァッ!?」
オルティスタが22枚のタロットを無造作に捨て本物のファウナに迫る。ようやく自分はこの地獄から解放されるのか。彼女に取って一番の気掛かりはそこだ。
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張り詰めてた緊張を全て解放し満面の笑みを湛えるファウナが、ラディアンヌの手の甲に不意打ちのキスをした。
ボッ。
「ふぁ!? ファウナ様ァッ……」
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「す、凄いですね。何がって、もぅラディアンヌ様のファウナ様への献身と愛です。例え呼吸術による他人との同調が出来るとは言え、これは絶対愛の成せる業に決まってます」
リイナの弾ける様な笑顔を見て、ファウナとオルティスタも釣られて笑う。
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彼女は武術の戦いに於いて、味方と意識を合わせ戦う術を体得している。これを最大限まで活かしきりファウナとの同化を図った。
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但しその長髪を触られたら終い。船上にて『多大なる代償…』と言ったのはそのことなのだ。銀髪しか知らないリイナに取って、ファウナの長く美しい金髪を切らせたくはなかった。
後はファウナ自身の仕掛け。
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それですら第2戦まで通じなかった。アビニシャンが迷いなど微塵なく目の前のファウナを本物だと確定出来た為、蜘蛛の糸による操りでさえ敗北したのだ。
「──処でどうするつもりだソイツ?」
未だ意識を失っているアビニシャンのことである。それはあくまで敵。そういう目でオルティスタは未だ見ている。
「このまま放って置けないでしょ? 私達は現人神の使いなのよ。──それにね、この人の本当の思いが超感覚とやらを操れる未来を私信じたい」
この穏やかな女神候補生の言葉を聞いたリイナとオルティスタの顔が緩む。きっとこの魔法少女は初めから相手を殺す気なんてなかったのだと知り、その優しさに救われた気がした。
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