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   第三章  勇者パーティの没落

 26  わたしのヒーロー

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 火の女神はおもむろに、左手を掲げる。
 握っていたのは、見覚えるのある銀の筒。はっとしたわたしの顔を見据えたリクシスは、やおら口を開いた。
  
「お手紙ありがとう。ノエルさん」
「……あ、はい」
「ラクトくんは、この手紙を読んだ瞬間、号泣しました」
「え?」
「そして、すぐに助けに行くと言ったのです」
「ラクトくんが……」

 はい、と言ったリクシスは肩を落とす。
 
「でも、この筒を飛ばす位置が悪かった」
「え?」
「わたしの部屋の屋根が壊れたんです」
「本当ですか?」

 こくり、とうなずいたリクシスは、涙ながらに語った。
 
「んもう、せっかくラクトくんと “お試し” しようとしたのに、いきなりこれが屋根を突き破って落ちて来たので中断しましたよ……ううう」
「お、お、 “お試し” って?」
「恋人になる儀式みたいなものです」
「……えっ? 恋人になるのに儀式なんているの?」
「は? いらないのですか?」
「考えたこともないけど……」
「うそ? じゃあ、ぶちゃけ、人間の女はエッチしてないのに付き合うのですか?」
「うん、むしろ付き合ってから、エッチするかも」

( わたしはどっちでもいいが…… )

 リクシスは目を丸くして首を振った。

「信じられない……人間の女は何を考えているかわかりません……そんな適当に付き合うのですか?」
「とりあえず付き合って嫌なら別れている女子もいますよ」
「なっ!? そんな薄情なっ!? 男子がかわいそう」
「まあ、男と女の間には恋愛がすべてではないですから……」
「ふ、深い……あの、ノエルさん、また今度、私に恋愛のことを教えてくれませんか?」
「いいけど……」

 ありがとうございます、と言ってリクシスは、ぽいっと筒を投げた。
 すると、筒はわたしの手もとに収まった。ひんやりとした銀の筒は、どうやらリクシスとラクトくんの邪魔をしてしまったようだ。
 
「とにかく、この手紙を読んで、私たちはここまで転移してきました。フルール王国の西の砦なんて辺鄙なエリア、測位するのに時間が少々かかりましたが……」
「あ、すいません。ご迷惑をおかけしました……」
「本当ですよ……まったく、ラクトくんは私のことよりも、あなたたちを助けるほうを選んだのですから……」
「え?」

 わたしの心臓は飛び跳ねた。

( ラクトくんは、わたしたちのことを見捨ててなかった……  )
 
 ふふ、と鼻で笑ったリクシスは、握る竜槍を一振りすると、ラクトくんのほうを向いて、
 
「では、ラクトくん。上空にいる黒竜を倒してください」

 と、告げた。
 わかりました、と言ったラクトくんは親指を立てる。
 そのとたん、彼の足下に緑色の魔法陣が描かれていく。
 ふわり、風魔法を使って飛びあがる。
 向かう先は、崩壊された砦の開いた口。
 そこから、嘘みたいに澄み渡る青空がのぞいていた。
 賢者になったラクトくんは、まさに……。
 
( わたしのヒーローだ )
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