陽キャを滅する 〜ロックの歌声編〜

花野りら

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第五章 AIシャットダウン

3 4月6日 16:45──

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 白亜の建造物、陰陽館高校。
 校舎の南側には、緑色が美しい芝生のサッカーコートが広がっていた。さわやかに照らす太陽。青空の下、ヘイ! こっち! と男子生徒たちの掛け声が、元気よく校庭じゅうに響いている。
 
 蓮池の咲く美しい池のほとりでヨシカは、風になびくボブヘアをかきあげると、ショルダーバッグから黒い箱を取り出した。蓋を開けると望遠鏡が入っており、むんずと取り出すとレンズを回して微調整する。ひらひらと蝶が舞うなかで、「おー!」と歓喜の声をあげた。

「見える、見えるわぁぁ!」

 望遠鏡をのぞくヨシカは、たったひとつの白いボールを全力で追いかける男子生徒たちを観察していた。いや、違う。探偵の仕事を忘れ、完全にサッカー観戦を楽しんでいた。
 
「いけー! そこだー! ディフェンスラインあげてっ!」

 ヨシカは、腕を振りあげてヤジを飛ばしていた。
 サッカーが大好きなのである。日本代表戦はかならずチェックするし、地元のサッカークラブが負けたときは、バカヤローと選手に向かって喝を入れるほど、サッカーバカであった。
 下校する男子生徒たちから、
 
「あれが転校生?」
「かわいいー」
「名前、たまちゃんだって」
「スタイル抜群じゃん……」

 なんていわれたり、くすくすと笑われていたが、ヨシカはかまうことなく、
 
「クリアしてー!」

 と、大きな声をあげた。さらに、男子生徒たちから、ゲラゲラと笑われていたが、ヨシカの大きな瞳は、ひとりの男子生徒ばかり追いかけていた。
 
「男子、三日会わざれば刮目して見よ……」

 ヨシカは、三国志の武将がいった言葉を紡いだ。
 なぜなら、ぬこくんは別人だった。真剣な眼差しでボールに視線を向けつつも、つねに首を降って見まわし、周辺の状況を確認している。鳥のような目線でもってサッカーコートを俯瞰しているのだろう。彼はいつも教室で、ヘラヘラ笑って頼りなく見えるが、
 
「か、かっこいい……」

 と、ヨシカが頬を赤く染めるほど、今の彼は戦士だった。
 緑のなかに描かれた白いサッカーコートという名の闘技場が、走りまわる男子生徒たちを本能を剥き出しにした戦士に変貌させていた。そして、誇り高き英雄になれるかどうかは、ボールを持った瞬間に決まる。
 
「クリアー!」

 背の高い、坊主頭の選手から大きな声があがり、左サイドから放物線を描いて飛んでくるセンタリングを、坊主頭が弾いた。ふわりと浮いたボール。その落下地点の誰よりも近くにいたのが、ぬこくんだった。
 
「え? セカンドボールに走り込んでいるなんて……あらかじめ予想していた?」

 だが敵もボールを取られたくないので、さっとぬこくんに詰め寄る。
 その瞬間、ぬこくんは空中にあるボールを、ぽむんとあつい胸板で勢いを殺したあと身体を反転、ザッ! と右足のアウトサイドでボールを蹴りあげた。
 その瞬間、ぬこくんはまえを向いて、敵を抜き去る。
 ボールは吸いつくように足もとにおさまっていた。それが攻撃に転ずるタイミングだとばかりに、左右にはっていた選手らがいっせいに走りだす。だが、ぬこくんの目線は中央いるフォワードと呼ばれる選手、通称『点取屋』をとらえていた。
 
 ガッ! ぬこくんの鋭い蹴りがボールを穿つ。
 敵のあいだを抜く、針の糸を通すようなキラーパスが緑の芝をつらぬく。ボールはまえに出てきたゴールキーパーとフォワードの、ちょうどあいだに転がっていた。
 絶妙な距離だった。
 あと数メートルでもズレたらゴールキーパーに取られていたであろうそのボールを、フォワードの足がさきにタッチする。素早く判断しなければならない。すぐ背後から敵が追いかけているからだ。

──ゴールキーパーを抜くか?
──うしろにボールを戻すか?
──それとも?

 次の瞬間、フォワードの足がムチのようにしなりシュートを放つ。
 だが、ゴールキーパーの伸ばす手に当たってしまう。
 ふわり、と弾かれたボールは空中を舞い、きらきらと太陽の光りに包まれた。
 ヨシカは息を飲んだ。
 ボールの落下地点に、英雄が走り込んでいた。
 ドン! という激しい音が響く。
 ぬこくんが放ったダイレクトシュートが、無人のゴールネットを揺らした。得点が入ったところで、ピーと笛が響く。よろこぶ生徒たちの歓喜の声が、青空に飛びかった。
 
──笛はどこから鳴ったのだろう?

 ヨシカは、望遠鏡をのぞきながら首を振った。
 しかし、サッカーコートのなかには選手の姿だけで、審判はいなかった。ベンチにも控えがいるだけで監督の姿はない。つまり、大人がどこにもいない。
 
「そうか! 陰陽館はAIが部活を教えているのか!」

 ヨシカは、ニヤッと笑った。
 よくサッカーコートを観察すると、四方八方にポールが建っており、そこにカメラとスピーカーが設置されてあった。かたや、ベンチには液晶パネルがあり、そこにはやはり例のAI教師が映っている?
 
──いや、教師というより監督か。

 黒いジャージを着た角刈りの男性CGが腕を組んでいる。見るからに怖そう。熱血指導者の貫禄がうかがえた。
 
「この学校、やっぱり変わってる……」

 苦笑いを浮かべたヨシカは、スカートのポケットに手を入れた。スマホが震えていたからだ。望遠鏡を取り出してみると、メールが一通受信されていた。
 
「りゅ先生?」

 開いてみると、このような内容だった。

りゅ先生
『ちょっと頼みたいことがある』

 ヨシカは、『なに』と打って送信した。
 すると、秒で返信がきたので、そのままチャットする。

りゅ先生
『教頭先生から連絡があった』
ヨシカ
『おお! で、監視カメラは見れました?』
りゅ先生
『それが……見たけどわからなくて……』
ヨシカ
『はい?』
りゅ先生
『いっしょに見てくれないか?』
ヨシカ
『いいけど、私が見てもいいの? 学校の極秘データでは?』
りゅ先生
『大丈夫だ、なんとかなる』
『いまから中央監視室に来れないか?』
ヨシカ
『おけまる』
 
 と、送信したものの、ヨシカはその場所がわからない。そのままスマホで検索をかけようと指を動かしたが、はっと閃いた。もっと簡単に目的地を見つけられる方法があったからだ。
 
「先生ー!」

 ヨシカは、大きな声で叫んだ。
 ピコン、どこからともなく電子音が響く。振り返ると、校舎の壁面にCGが映し出されていた。その姿に見覚えがあった。昨日の朝、受付をしてくれた美しい女性型の人工知能アイだった。
 
『ヨシカ様、どちらの先生をお呼びですか?』
「あ……別にあなたでもいいわ。ちょっと教えて欲しいことがあるの」
『なんでしょう?』
「中央監視室に案内して欲しいんだけど」
『かしこまりました。こちらです……』

 すると、校舎の壁面に青色の矢印が映し出された。
 等間隔で液晶パネルが設置されており、それらがAIによってコントロール制御されているのだろう。ヨシカは、その矢印をたどって生徒用の玄関に入った。下校する男子生徒たちがヨシカの姿を見て、さようなら、と挨拶をしてくれた。手を振るヨシカは、下駄箱のまえで目を開く。ここも例によって顔認証で扉が開くシステムなのだ。ガチャリ施錠が外れた。
 
──陰陽館には上靴を隠されるなんていじめは、ないだろうなぁ。

 ヨシカは、急いで靴を上履きに替え、廊下を歩いた。
 
『二階にあがってください。エレベーターを降ろしておきます』

 人工知能の声とともに、チン、という電子音が響く。
 先にあるエレベーターが開いた。ヨシカは、迷わず乗り込んだ。
 上昇する密室。機械に誘導される無機質な感覚。ヨシカは嫌な予感がして、思わず口を開いた。
 
「ねえ、アイ」
『はい、ヨシカ様」
「この学校にいじめはある?」

 ピコン、と電子音が鳴ったが、少しだけ強い主張に聞こえた。
 
『ありません』
「本当? 天宮凛がいじめを苦に自殺をしたという情報があるんだけど、何か知らない?」
『知りません。雨宮凛がいじめられている情報は見つかりませんでした』

──鎌をかけてみたが、ダメか……。

 ヨシカは、腕を組んだ。胸が大きくて制服に皺がよる。
 
「じゃあ、もし学校でいじめがあったらどう対処するの?」
『その場面を撮影した動画をもとに校長へと報告します』
「ふぅん、じゃあ校長がそのいじめ動画を消去してたら、どうする?」
『すべての動画はアーカイブに保存されてあるので、校長が然るべき処置をしなかった場合はこちらで上層部へと報告します』
「上層部って?」
『それは部外者には答えられません』

 教えなさい! とヨシカは声を強めた。

『玉木ヨシカ様……あなたこそ何者ですか? データによると探偵業を営んでますね』
「なによ……」
『女子高生に変装をして、いったい何を考えているのですか? 特殊カメラで測定したので、肌年齢によって二十歳だってバレていますよ』
「いや、うそうそ! お肌はぷるぷるのはずっ!」
『おっぱいの張りだって、十代の女子と比べたら……うーん、なんと申していいやら……」

 うっせぇわ! ヨシカは怒鳴った。
 チン、と電子音が響く。扉が開き、密室だった空間にさわやかな空気が流れてきた。
 
『おすすみください、ヨシカ様』
「むぅ……」

 一歩、一歩、ヨシカは足を踏み出して扉を抜けたが、ぴたりと立ち止まった。
 
「……アイ、あなたって本当に人工知能なの?』
 
 ウィン、扉が閉まる。人影にない白い廊下のなかで、ピコンと電子音が鳴り響く。
 
『違うといったら? びっくりしますか?』

 答えになっていない! ヨシカは怒った。目線をどこに向けていいかわからず、とりあえず廊下をまっすぐ見つめた。
 
「で、中央監視室はどこ?」
『すすんで右手にあります、扉を光らせておきますね』

 アイがいったとおり、歩いていくと青い線が光る扉を見つけた。近づき、手を触れてみる。しかし扉は開かなかった。
 
──おかしい、なぜだ?

 りゅ先生が指定した場所はここだ。連絡をとろう思い、スカートのポケットからスマホを取り出したとき、
 
『中央監視室に入るには認証が必要です』

 と、アイの事務的な声があがる。
 開けてよ! とヨシカは食ってかかり、ガンガンと扉を叩く。
 
『認証が必要です』
「ちょっとぉ、開けてよ」
『認証が必要です』
「あけなさいっ!」
『認証が必要です』
「りゅ先生がなかにいるはずなんけど」
『大村隆平には、中央監視室に入る権限はありません』
「じゃあ、りゅ先生はどこに?」
『個人の居場所を特定する検索は、ストーカー規制法により無効です』
「んもう、とにかく開けさないよっ!」
『認証が必要です。ニンショウ……ガ……』

 突然、アイの美しい声が断末魔のごとく、こときれた。
 すると、ウィンと扉が開いた。
 
──え?

 なんと扉の向こうには、りゅ先生が立っていた。

「たまちゃん、入って……」
「りゅ先生! どうやって入ったの?」
 
 AIをシャットダウンした、とりゅ先生は答えた。
 はっとしたヨシカは、大きな瞳をさらに開いた。頭のなかによぎるのは、サッカーをしている男子生徒たちのことと、ボールを胸トラップするぬこくんの勇姿。
 
──試合中、レフリーが突然いなくなったらどうなるだろうか?

 想像すると恐ろしいものがあった。
 首を振って、窓の外を眺めてみる。緑のサッカーコートのなかに、ちょうど一本のパスが通った瞬間だった。得点にからむキラーパス。ボールを足もとにおさめたのは、ぬこくんだった。だが、ピタッと足裏でボールの勢いを殺した。明らかにオフサイドだったにもかかわらず、レフリーの笛が鳴らなかったからだろう。
 
 ……あれ? 
 
 きょとんとするぬこくんは、手のこうで額に流れる汗をぬぐった。
 さわやかな風が吹き、彼のショートヘアをゆらす。
 ベンチにいるはずのAI監督は、暗い影を落として、ふっと消えた。
 少年たちは、え? といぶかしんで首を傾けるほかになく、ただぼうぜんと立ち尽くしていた。
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