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幼少時代
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しおりを挟むルージュ・アルティーク伯爵令嬢、五歳。
彼女は健やかに成長していた。
光沢のある金糸のような長い髪、伸びやかな白い肢体、大きな青い瞳は知性を宿し、令嬢たるに相応しい風格があった。
ところで、アルティーク伯爵家は広大な麦畑や家畜などの農場を保有しており、王都セピアの貴族のなかでも群を抜いた名家である。小作人や従者、いわゆる執事やメイドといった使用人の多くは領地のなかに家があり、よく働いていた。
どこまでも、のどかな農場が広がっている。
黄金色した麦畑、家畜たちが餌をむしゃむしゃと食べていた。そんな領地のなかをアイゼン伯爵と、その妻エミリーが歩く。仲睦まじく手を繋いで、楽しそうに微笑みながら、まるで恋人のように口遊む。
ふと、アイゼンが小作人に話しかける内容は、今年の麦のでき、家畜の成長と出荷の具合、それに、なにか問題があればすぐいうように、ということ。そして、彼らの肩を叩いて労う。
小作人の夫婦は笑顔でアイゼンと話をしていたが、かたわらで掃除をする銀髪の少年の肩を叩いた。頭を下げろと促しているのだろう。
すると少年は、ぺこり、と頭を下げつつ伯爵夫婦の背中を見送った。
そのような光景を、ルージュは遠くの花壇から見ていた。ゆらゆらと戯れる蝶の舞。甘い蜜の香り。赤い花を摘んでいた彼女は、微笑みながらささやく。
「さて、今日はこの薔薇の花を描こう」
薔薇の花束を抱えたルージュは館に戻ってきた。
そこで彼女は、ふと立ち止まる。
エントランスホールに綺麗に磨かれた大きな鏡があったのだ。アルティーク伯爵家で一番大きな鏡。金の装飾が施された美しい鏡よ、鏡……。
きらきらと、金髪をなびかせる可憐な少女が反射する光りの世界にいた。手には赤い薔薇。その美しい赤にも負ていないルージュの唇が動く。
「こ、これが私なの? やだ……美少女に転生してるっ!」
くるくると陽気に舞うルージュは、にっこりと微笑む。
そんな彼女に向かって、館に戻ってきた両親のアイゼンとエミリーが、
「そろそろ学校にいこうか? ルージュ」
「お友達がたくさんできますよ」
などと、親なりの世話を焼いてくるが、
「学校にはいきません。私は絵を描きたいので……」
と、ルージュは秒で断った。
ドレスの裾をつまみ、満面の笑みを浮かべている。転生者の彼女は、大人顔負けの説得力を持ち合わせていたのだ。
目を丸くして、きょとんとするアイゼンとエミリーは顔を見合わせて困惑したが、ルージュが本当に筆を持って絵を描き始めたので、そのまま娘を学校には行かせず、しばらく様子を見守ることにした。
すると数日後……。
ルージュの手から数枚の絵画が生まれた。
その絵画のなんと素晴らしいこと。
風景を描けば、まるで切り取ってそこに貼りつけたように美しく、また人物を描けば、ぬるぬると動き出しそうなほど迫真だ。それに、花瓶に生けられた赤い薔薇を描いた絵画が数枚、部屋じゅうに並べられていた。
「私にこんな才能が……これがチートってやつ?」
五歳のルージュはさらに新作を描きながらつぶやく。
才能を大いに発揮し、何枚も、何枚も、自信がつくまで描き続け、やがて彼女は、『天才芸術家』として王都セピアの民にあがめられることになった。神がかった芸術を世に生み出し続ける彼女の作品のなかで、最後の晩餐っぽく、とある公爵家の食事シーンを描いていたのだが、
「私の前前前世はレオナルド・ダヴィンチかもっ!」
といって自惚れた。
「いやいや、私はただの、オーエルだったわ、うふふ」
なんて自分にツッコミをいれつつ、ルージュは筆を走らせる。
彼女はそんな幼少期を過ごした。
やがて、ルージュの描いた絵画には莫大な価値がつき始めた。一枚の絵画で豪邸が建ってしまうほどだ。実際、いくつか建てて売り、ルージュは五歳にして大金持ちとなった。
かたや……。
妹のロゼッタは、なんの才能にも恵まれなかった。
すると使用人から陰で、
天才のルージュ様。
凡人のロゼッタ様。
と、呼ばれるようになった。
しかし妹はそんなことは知らずに、すくすく育っている。
真実はなにも知らずに、このアルティーク伯爵家の次女として不自由なく暮らしている。よって、ルージュは妹の出生が気になっていた。
――ロゼッタはいったい誰の子どもなのだろうか?
「……」
ある日の昼下がり、ルージュは無言で歩いていた。手には数枚の金貨を握りしめ、領地で働く使用人たちの顔をのぞいている。財力を手に入れたルージュは、ゆるりと動きだしていたのだ。
「さて、妹の出生を調べよう……」
五歳になった彼女の行動範囲は広い。
アルティーク伯爵家の領地をしらみ潰しに歩きまわり、使用人に話しかけている。彼女の地位は高く使用人から慕われていたので、みんな気持ちよく話をしてくれた。
そんななかで口の軽そうな使用人をピックアップし、金貨を握らせた。ロゼッタの出生の秘密を吐かせるためだ。
その使用人の話によると、妹のロゼッタはアルティーク伯爵家の領地に放置されていたのだという。もっと正確にいうと、収穫間近の麦畑に捨てられていたもよう。
ひとり納得するルージュだったが、そのような調査などしなくてもよかったな、と思える事件が起きた。
ロゼッタが、誰の子どもなのか判明したのだ。
実にあっけなく、突然に……。
それは一年後、ロゼッタが五歳になる誕生日の月日。
ロゼッタが捨てられた月日。
美しい女性が突然、アルティーク家に尋ねてきたのである。
雨の日だった。
遠雷の響きとともに、ルージュは大人たちの会話に聞き耳を立てることにした。重厚な扉の向こうで、ひっそりと片耳をあてて。
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