転生したら妹の婚約者は暴君でした

花野りら

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 幼少時代

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 アルティーク家に不思議な女性が訪ねてきた。
 年齢は二十二歳。
 話を聞けば、どうやらジプシーをしているらしい。つまり、仕事は踊り子だ。その口調はのびやかで、甘ったるさが鼻にかかっている。
 そんな彼女が語ることは、五年前に子どもを宿したが、経済的に余裕がなかったので、由緒あるアルティーク家に育ててもらおうと考えた結果。身を削る思いで、赤ちゃんを領地に捨てたらしいのだが……。
 
 アイゼンとエミリーは目を丸くして絶句していた。
 すると、そこまで冷静に話していた彼女の様子が一変。わなわな、と身体を震わせ、
 
「いえ、違います……」

 そういって、泣きだした。
 訝しむアイゼンは彼女を問い正した。
 
「本当は、どうなんだ?」

 しばらくすると、呼吸を整えた彼女は、ぽつり、ぽつりと語りだした。
 じつは、ロゼッタは夜道で強姦されてできた子どもだったらしい。つまり、ロゼッタは誰の子どもか、わからない。自分を犯した男の人数さえも、わからない。と彼女は嗚咽まじりに語った。
 ルージュはゆっくりと少しだけ扉を開けて、部屋のなかをのぞく。
 ピンクの髪が大きく揺れていた。泥まみれの過去をふり払うかのように……。

 アイゼンとエミリーは顔を見合わせ驚愕している。
 しばらくして、すっとアイゼンは彼女にハンカチを渡した。父は誰に対しても優しい。
 妹の実母はありがたくハンカチを受け取り鼻をすする。そして、落ち着きを取り戻しハンカチをアイゼンに返した。
 アイゼンは視線をエミリーに移すと、にっこり優しく微笑みかける。二人はロゼッタの母親が今、どんな状況なのか飲み込めたようだ。
 領地に赤ちゃんを捨てた不幸な母親。
 赤ちゃんを育てる自信も勇気もなかった、可哀想な母親。
 それが、彼女の過去であり、憂うことは生まれてくる子が、強姦されてできた子だという、その事実……。

 いったい、誰がこの子を認めてくれる?
 いったい、誰がこの子と結婚してくれる?

 残酷な現実と向き合うロゼッタの母親は、彼女なりに娘が幸せになるように、尽くしたのだ。そのやり方は汚いかもしれない。不法かもしれない。狡猾で腹黒い戦略家かもしれない。だが、このような行動は動物の世界では意外とある。
 托卵たくらんと呼ばれるものだ。たとえば、カッコウという鳥は、産んだ卵の世話を他の鳥にやらせる。つまり、多種の鳥の巣にこっそりと卵を産みつけるわけだが、親の義務を逃れた母親は、その代償として子どもに愛情を捧げて育てる喜びを知ることができない。
 だから、彼女は泣いているのだ。
 現在、ロゼッタは穏やかに育っている、とアイゼンは伝えた。私たちはロゼッタを家族として迎え、愛しているとも、エミリーはいった。
 
「……」

 ルージュは扉の隙間から、その様子を見て、すべての話を理解した。
 泣いている女性の髪の色が、ロゼッタとよく似たピンク色だと気づく。

──とても綺麗な髪ね。

 エミリーは真剣な眼差しをすると彼女に訊いた。
 
「で、何が望みなのですか?」

 すると彼女は、

「ロゼッタを抱きたい……」

 といった。
 ルージュは、あっ! とあいた口を押さえる。
 
「踊り子のわたしは他国に売られました。もうセピアの地を踏むことはないでしょう」
 
──ああ、ロゼッタ!
 
 ルージュの目から涙がこぼれた。
 やがて、エミリーに手を引かれたロゼッタが奥の部屋から現れた。ピンク髪の可愛い女の子は、実母の前で立ち尽くしたまま、ぽかんとした顔をしつつ、
 
「だえ? おねえたん、だえ?」

 と、つたない言葉を放つ。
 それもそうだろう。ロゼッタの年齢はまだ五歳、とても状況がわかるはずがない。突然呼びだされ、事態がうまくつかめないまま、いきなり現れたお姉さんに抱きつかれた幼女は、大いに困惑した。

──ああ、神様は容赦なく現実を突きつける。

 そう思う姉のルージュは、妹のすべてを理解した。
 すると……。
 ギィ、とのぞきをしていた扉が開いた。エミリーの優しい顔がルージュを見下ろしている。

「部屋で絵を描いていなさい、ルージュ」

 そういわれ、はい、と答えたルージュは部屋に戻っていく。
 その足取りは重かった。
 ガチャリ、と閉まる扉の音が響く。その音がなんとも言えない孤独を感じて、ルージュは、しくしくと泣いた。

「ああ、捨て子のロゼッタ……」

──可哀想でならない。
 
 それからというもの、ルージュはロゼッタのことを優しくした。
 妹の人生が不憫でならないからだ。
 強姦されて生まれた子どもロゼッタ、それが現実だった。
 そしてロゼッタの母親は他国に売られて消えた。おそらく男たちの慰み者になるのだろう。その残酷な現実が、可愛らしいロゼッタを汚し、黒い影のように潜む。
 そんな妹に見つめられるルージュは、いてもたってもいられずロゼッタを抱きしめた。どこも汚れていない妹の柔らかくも白い身体。

──ああ、それなのになぜだろう。胸騒ぎがする。将来、ロゼッタが不幸にならないよう、私ができることはなんだ?

 抱きしめれば、抱きしめるほど、そう思わずにはいられない。
 私がロゼッタにしてやれることはなんだ? 
 姉としてではなくて、なぜか、ロゼッタのことが放っていけない。

──ん? まさか……。
 
 前世の自分に、ロゼッタを重ねている?
 前世の自分の出生は、
 
──孤児?
 
 そんな可能性のひとつが頭をよぎったとき、
 
「くるしいよぉ、おねえさま……」
 
 と、ロゼッタにいわれた。上目使いの可愛いらしい妹がそこにいた。それでもルージュはロゼッタを強く抱きしめる。

 それが、日常だった。
 
 食べたいお菓子はロゼッタを優先に。
 遊びたい場所を選ぶのもロゼッタを優先に。

「私のことはいいから、ロゼッタのほうを見てあげて……」

 とルージュは両親に頼んだ。
 しかし両親が本当に愛情を注いでいるのは、誰が見ても……。
 
 ルージュだった。
 
 ぶっちゃけ転生者のルージュからしたら、子ども扱いされることなど馬鹿馬鹿しくて反吐へどさえでる。まったくもって、両親やメイドから干渉されたくないのが本音。なぜならルージュの行動はすべて、大人とさして変わらないからである。
 たとえば挨拶にしても、食事にしても、歩く仕草にしても、ルージュはいつも優雅で品格があった。
 かたや、五歳のロゼッタの行動は自由奔放で、部屋のなかの物は壊すし、ペットの犬は虐待するし、おてんばな娘だった。
 しかしルージュはいつだって、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、幼稚なロゼッタのことを見つめていた。まるで、聖母のように、温もりを与えるように。
 本当は捨て子のロゼッタを、ルージュはずっと愛する。
 そう誓う、六歳の夜。
 妹を抱きしめて眠りにつく深い夜。
 窓から見える綺麗な星が、きらきらと輝いていた。
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