転生したら妹の婚約者は暴君でした

花野りら

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 幼少時代

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 ルージュの幼少期は、絵を描いていれば幸せだった。
 しかも絵を描けば描くほど有名になり、お金を稼いでしまう。
 王都セピアの王族、貴族などは、ルージュに自画像を描いてもらうために、ぞろぞろと順番待ちをした。
 ルージュに自画像を描いてもらう。
 それは王都セピアにおいて、名家であるひとつのステータスになりつつあったのである。それこそセピアの街には名高い芸術家は腐るほどいたが、ルージュの才能には誰も足元にも及ばなかった。そのことを妬む者などのアンチもいたが、ルージュの可愛いらしいルックスは、すべてを許した。したがって、誰もルージュを脅そうとするものはおらず、彼女はみんなから愛されていた。
 いわゆる、ルージュは都民のアイドルなのだ。
 するとアルティーク伯爵家の使用人たちはアトリエを開いた。金を稼ぐためだ。夜な夜な、金貨を数える使用人たちの姿を見たルージュは、

──金があれば人の心さえも買えるのでは? 

 と思った。
 やがてルージュが生まれ落ちたアルティーク伯爵家は、ルージュの描いた絵画を売るだけで、莫大な財が築けるようになった。しかし伯爵のアイゼンと妻のエミリーは、娘の財にはまったく手を出さなかった。代々継承する麦や家畜を育てる領地の経営を、人に任せることはなく、自分たちですべてをやり続けた。

 金では買えられない小さな幸せを培う。
 アイゼンとエミリーは、そんな夫婦だった。
 ルージュが思い描く理想の夫婦像が、日常にあふれていた。きらきらと眩しいくらいに。二人の愛は永遠に変わらないものだと思った。

──いつか私もあんなふうに恋人と結婚したいなあ。

 なんて微笑むルージュは七歳になっていた。青い瞳に金糸のようなさらさらとした髪、それに雪のように白い肌、華奢な肢体。彼女は絶世の美少女に成長していた。そうすると周りの目が放っておかない。メイドや都民から、

『ルージュ様の婚約者は誰になるのだろう』

 ともっぱら噂されていた。だがルージュはいらぬお世話だと、澄ました顔で日常を過ごした。 
 そんなある日。悲劇は突然、起こった。
 アルティークの領地に獰猛なドラゴンの鋭い牙が襲いかかったのだ。
 ドラゴンは家畜を食べようと、下界に降りてきたようで、まず犠牲になったのは領地で働く小作人の夫婦だった。ドラゴンの爪によって裂かれた人間の体内から、

「……!?」
 
 ドクドク……と赤い血が流れる。
 そんな当たり前のことを、ルージュは知ることになった。
 銀髪の少年が膝をついて泣き叫ぶ、まるでこの世の終わりのように。もう何も語ることのない冷たくなった両親を、少年は細い腕のなかで、ぎゅっと強く抱きしめながら涙をこぼす。

──信じられない……。

 ルージュは戦慄が走った。
 狂ったように飛び散る鮮血がルージュの脳裏に焼きつく。
 妹のロゼッタの震える肩を抱きながら、ただ呆然と立ち尽くすのみ。
 ルージュは逃げることができない。
 ガクブルに足がすくみ、身体が動かない。呼吸が荒くなり、胸が苦しい。目の前で起きる残酷な光景を、美しい青色の大きな瞳で、じっと見つめていた。
 
 グォォォォォォン!
 
 天地を裂くようなドラゴンの咆哮が耳をつんざく。
 かたや銀髪の少年は、
 
「うぉぉぉ!」

 と叫び、ドラゴンを追い払おうと果敢に挑み続ける。
 その手には竹箒、武器のつもりだろう。
 
「無謀……だが、彼のエメラルドの瞳は美しい……」

 頬を赤く染めたルージュはつぶやく。
 少年の鋭い眼光は、勇敢でかっこいい。
 竹箒を剣のように構える少年、対するは鋭い牙を剥いたドラゴン。
 そのような光景を見て、ルージュは絶望した。
 勝てるわけがない。
 少年が死ぬのは時間の問題だった。
 すると母親のエミリーが駆けだした。
 獰猛なドラゴンの爪が少年の左手を襲う。
 血と肉が飛び散り、少年は左腕を失った。
 さらにドラゴンの爪が少年の頭を襲う。
 その瞬間、駆け出していたエミリーが少年を庇って大怪我をし、物言わぬ人となった。
 
「エミリーーー!」

 アイゼンの絶叫が、蒼穹に響く。
 そんなアイゼンもドラゴンの尻尾に叩き潰され足を負傷した。二度と走れないほどの重症だ。そう彼は瞬時に悟り、拳を作って大地を殴った。
 妹のロゼッタはずっと、わんわんと泣きわめいるばかり。
 そんな狂った世界において、何もできないルージュは自分の無力さを、呪った。
 
「ああ、神様……」

 私にいくら前世の知識があっても戦えなきゃ、ダメね……。
 とルージュは思い、ああ、と嘆く。
 それと同時に、転生したのに神様が現れないなんて、この異世界はラノベでもなければアニメでもないと思い知った。

──悔しい! 悔しい! 悔しい!
 
「なんで! なんで! 転生しているのにっ!」
 
 まったくもってこの世界は優しくない。
 
「神様、なぜ私の前に現れない……くそっ! この異世界はリアルすぎる、つら……」

 やがてドラゴンは、むしゃむしゃと家畜をすべて食べ尽くすと、カラスが歌う茜の空に飛んでいった。大きな黒い翼が、まるで地上にいる人間どもを嘲笑うかのように羽ばたいていく。
 雲は流れて消え、草木を揺らし吹き荒れる風が、ルージュの髪を乱し、心も乱す。
 泣きじゃくる妹ロゼッタを抱えたまま、ギリっと黒い翼をにらんでいた青い目線を、母親の死体、足を負傷した父親に移して、じっと見つめ、ささやく。
 
「神様、あなたはひどい……」

 やがて、夕日に照りつけられた赤い大地の上で、静まっていた使用人たちが息を吹き返した。すると、これらの元凶はすべて、無謀な少年がドラゴンに挑んだから起きた悲劇なのだ、とみなが口々に騒ぎ始めた。

 だが、アイゼン伯爵はその考えを断固として否定した。

 勇敢な少年はアルティーク家を守ったのだ。
 と、父は高らかに宣言した。
 夜の帳が降りつつある西の空には、一番星が光り輝いていた。
 
 かくして少年は、父の命令によって執事となり、その生涯をアルティーク家に捧ぐことを誓った。
 しかし妹のロゼッタだけは少年のことを執事として認めず、彼の顔を見ることはなく。母親を殺した元凶として、いつまでも恨み続けるのだった。
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