6 / 40
青年時代
1
しおりを挟むあんあん、と妖艶な女にふさわしい喘ぎ声が響く。
ルージュは金糸のような髪をかきわけ、青い双眸をいったん閉じ、ぱちくりっと右目だけ開いた。その目の前の壁には小さな穴が空いている。彼女はゆっくりと顔を近づけると、そっと穴をのぞいた。
「あっ、すごくエチエチ……」
思わず、こちらも甘い声が漏れる。
壁の向こうには、裸体の男が立っていた。
“ セピア王国第一王子・ノワール ”
眉目秀麗な顔立ちに、漆黒の髪と瞳が鈍い光りを放っている。
そんな彼の裸体は、芸術家によって彫刻された石像のようで、その美しい筋肉を指先でなぞるように女たちの肢体がまるで獣のように絡まり、時に噛みついて痛みを与えて……。
「嗚呼、いいぞ……もっとだ、もっと……」
と、彼はささやく。
その恍惚とする表情は、快楽に溺れているようだ。しばらくすると女たちは、自らの手で黒いレースのドレスを脱ぎはじめる。
ぬぎぬぎと淫らに、妖艶に……。
はらりと落ちるドレス、それに黒い下着の数々。その布の面積は小さい。彼女たちの肌色の艶かしい肢体が、くねりくねりと狂喜乱舞している。女の人数は見えるがぎりで三人。みな容姿端麗な美女で、華奢なのに巨乳といった女体を惜しげもなく、王子ノワールに捧げていた。
──女とは、このようにして男に身体を開くのか……。
ルージュは生まれて初めて男女の性行為を見た。
爆発するような、高鳴る胸が抑えられない。
乾いた口のなかで、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
すると、ふと突然、頭のなかに遺伝子の螺旋がめぐる。
人間とはなにか?
男と女とはなにか?
生命を繋ぐために燃える肉体、ほとばしる汗、ぽたりぽたりとあふれる液体が床を汚している。じわじわと動物の本能が目覚めていくルージュは、はっと心臓が飛び跳ねた。
視線がどうしてもひとりの女だけに釘づけとなってしまう。
彼女はピンク色の髪をボブヘアにカットした女だった。妹の容姿と似ていて重なるものがあったためか、なぜか女が、妹のロゼッタのような、そんな幻覚があった。思わず、ルージュの口が滑る。
「ロゼッタ……」
女は妖艶に身をよじり、男の指をくわえ、物欲しそうな視線を流す。ルージュは目を疑った。それらすべてが、ロゼッタに見えて、
「乱れた王宮ね……こんなところに妹を嫁がせたくないわ……」
と、また口が滑る。
そうですね、と横から男にしては美しすぎる中性的な声が聞こえた。彼の名は、
“ アルティーク伯爵家執事 シオン ”
銀色の髪に甘いマスク。身長はルージュより頭二つ分高い。いつのまに私は、彼のことを見上げるようになったのだろう、とルージュは思う。
シオンはルージュの肩に優しく触れた。
しなやかで大きな手、幼い頃から知っている手のはずなのに、いつからかこの手が男っぽくなってきて、甘い香りが立つようになってきた。ルージュはなんだか悔しくなり、彼の顔を見ることもなく。さっと肩に置かれた唯一の手を払う。
「ダメです、シオン」
「ええ!? そろそろ交代してもらえないでしょうか? ルージュお嬢様」
「あなたは見てはいけません」
「えっ、なぜですか? 俺が穴を空けたんですよ、よなよな王宮に忍び込んでっ!」
「ちょっと、声が大きい……今、エチエチのいいところなんですから……」
「あのぉ、エチエチとは何ですか? また例の前世の知識ですか?」
ルージュは小さく頷いた。
「ええ、私の前世は、オーエルという職についており、ときにエチエチと呼ばれる性的なことを男性からされたり、または自分で慰めたりするほうが、ホルモンのバランスを整えるには効果的だと知っているのです」
「ホルモン? どういうことですか?」
「たまには気持ちいいことをしたほうが、健康によき、ということです」
ふぅん、といったシオンは右手の指先を頭に当てた。
「お嬢様は前世の知識があって素晴らしいですね……俺なんか頭空っぽですよ、あはは」
「そう? シオンにも前知はあると思うけど」
「え?」
シオンは首を傾げた。
ルージュは、クスッと笑った。
「うふふ、きっと忘れちゃったのね」
「笑わないでくださいよ……お嬢様はいじわるだ」
「ごめん、でも私にはわかるの」
「なにがですか?」
「シオンの前世はおそらく剣豪よ、宮本武蔵かも」
「ケンゴウ? ミヤモトムサシ? 何ですかそれは?」
「最強の剣士のことよ……」
「おお、それは嬉しいかも」
ルージュは微笑むシオンをチラッと見つめる。
彼は右の拳を力強く握っていた。
そうだ、右手ならできる、過酷な修行をした右手なら……。
ルージュは視線をのぞき穴に戻す。
王子ノワールがどうやって女を犯すのか、この目で確かめたい。なぜならこの光景を脳裏に焼きつけ、絵を描きたいからだ。王子が従者の娘たちを無理矢理に愛妾にしている姿を……。
──ん? いや、本当にそうだろうか?
快楽に溺れ、喘いでいる女たちを見れば見るほど、ルージュは困惑した。
──嘘、でしょ? もしかして、女のほうもノワールの歪んだ愛を受け入れている? いや、まさか、そんなことが……。
しかし百歩譲って女も男を求めているとしても、妹のロゼッタがノワールに身体を開くなど、到底想像できないし、そうなって欲しくもない。
今、目の前で乱れる女たちは別格、彼女たちは獣なのだ。
ノワールの下半身についている硬くなった肉棒をめちゃくちゃに、入れられたり出されたり、入れられたり出されたり……されている女たちは恍惚とし、もっともっと、と懇願し、なんとも言えない快楽を貪っている。この状況は、とてもじゃないが、
「正気の沙汰ではない……」
──女たちの頭がイカれてる? いや、そうでなく、女たちは弱みを握られている? よって籠絡され、冷静な判断ができないのでは?
ふぅー、といろいろな推理を展開していたルージュは深いため息をつき、ゆっくりと顔をあげた。
「シオン、そろそろ行きましょう」
「え? どこに行かれるのですか、お嬢様?」
「ノワール王子と謁見します」
「……まだ、俺、のぞいてないんですが」
「いきますよ」
「……」
「シオンっ!」
ルージュに注意されたシオンは肩を落とす。
さらに彼女に右手を引っぱられ、薄暗い部屋を歩きだした。やがてルージュの手が扉につき開かれる。すると、さんさんと太陽の光が目に飛び込んできた。思わず目がくらみ、彼女は手のひらを掲げて日傘をつくる。背後からシオンが、
「大丈夫ですか、お嬢様?」
と心配してくれたので、
「ええ、大丈夫よ」
と答えたルージュは微笑みを浮かべた。
雪のように肌が白いルージュのことを、シオンはいつも気にかけている。
「お嬢様……」
左手のない執事がささやく。中身のない袖が揺れていた。
1
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる