転生したら妹の婚約者は暴君でした

花野りら

文字の大きさ
16 / 40
 青年時代

 10

しおりを挟む

 ルージュの夜は、絵を描くためにある。
 といっても過言ではない。
 凄まじい集中力、費やす時間、努力の結晶が絵画に表現されていた。
 王都セピアを流れる川の情景。石の桟橋、風になびく木々、蒼穹の泳ぐ白い雲……。
 
「描けたわ、セピアの川が……」

 ふぅ、とため息をついたルージュは、筆を置くと窓の外を眺めた。
 相変わらず横殴りの雨粒が窓を叩いていた。ざーざーと大地に降り注ぐ雨、ガタガタと揺れる窓、不吉な嵐が夜を駆ける。

「朝にはやむといいけど……」
 
 暗闇の窓に映る金髪の娘はつぶやく。
 十七歳のルージュは少女から大人へと成長していた。容姿端麗な顔立ち、雪のように白い肌、まつ毛の長い赤銅色の瞳には、遠くに光る稲妻を映していた。ゴゴゴゴゴゴ、とどろく遠雷の音。それに呼応するように、トントントン、と扉をノックする音が響く。
 
「お姉様、ちょっといい?」

 妹、ロゼッタの声。
 いいわよ、とルージュが返事をすると扉が開かれる。
 可愛いピンク髪をした少女が部屋のなかに入ってきた。
 
「クッキー、食べない?」

 ロゼッタは白い皿を持っていた。そこにはハートの形をしたクッキーが、ころんと一口サイズに並べられていた。なんとも美味しそうで、はしゃぐルージュの胸は踊った。

「わぁ! メルシーカフェのクッキーやん」
「お姉様に好きでしょ、これ?」
「うんうん、スコスコのスコだよぉ、あざーすっ!」
「うふふ、なにそれ? ありがとうってこと?」
「そうよ、ちょうど小腹が空いていたの、ロゼッタってよきよき」
「よきよき?」
「ロゼッタはいい子ってことよ」
「……まぁね」

 ゆっくりとロゼッタは歩くと、ルージュの目の前に皿を持ってきた。
 
「おひとつどうぞ、お姉様」
「いただきまーす」

 といったルージュは、満面の笑みでクッキーに手を伸ばす。
 ロゼッタはにやりと笑った。
 そのとき。
 トントントン、と扉が叩かれた。
 
「お嬢様、シオンです。開けてください」

 どうしたの? とルージュは訊いた。
 
「紅茶を持ってきました。一緒に飲みながら話しませんか?」
「よき」

 ルージュはクッキーを食べるのをやめた。
 ふんふーん、と鼻歌を鳴らして椅子から立ちあがる。
 
「チッ!」

 舌打ちをするロゼッタは、顔を横に向けた。
 ガチャリとルージュが扉を開けると、シオンはお盆を右手に持っていた。どうりで扉が開けられないわけだ。皮肉なほど、紅茶のいい香りが漂っている。
 
「シオン、ちょうどロゼッタがクッキーを持ってきたの」

 テーブルにお盆を置いたシオンは、チラッとロゼッタを見据え、
 
「ロゼッタ様も飲まれますか? 茶葉はもちろん最高級ですので、ご安心してください」

 いらない、とロゼッタは即答した。

「誰が人殺しが淹れた紅茶を飲むものですかっ!」
「……」
 
 シオンは視線をティポットに移す。
 
「そうですか……残念です」

 こぽぽ、とティカップに紅茶を注ぐシオンの横顔は、心なしか泣きそうに見えた。
 ルージュはロゼッタに微笑みかけ、
 
「そろそろ許してあげても……」

 といったが、ロゼッタは大きく首を横に振った。

「許す? こいつはお母様を殺したのよ!」
「ロゼ、あなた、なんてことをいうの?」
「だって、こいつが調子こいてドラゴンに立ち向かうからいけないんだ。あたしはこの目で見た。お母様が犠牲になったところを……くそっ」
「……ロゼ、お母様は正義感が強いの。だからシオンの命が助けられた、とも言えるわ」
「はあ? あたしはそれが気に入らないのっ! こいつが……こいつがっ……」

 言葉を切ったロゼッタは、
 
「こいつが死ねばよかったんだっ!」

 と叫んでシオンを睨んだ。まるで鬼の形相だった。
 
「ロゼ……」
「お姉様って、頭おかしいんじゃない?」
「え?」
「なんで、こんな人殺しと仲良くできるのよ?」
「シオンの命は、お母様が助けた命、大切にしなきゃ」
「はああ? 馬鹿馬鹿しい……」
「ねぇロゼ、もうシオンを許してあげて」
「無理よ」
 
 ロゼッタは肩をすくめた。
 
「あーあ~、お姉様は天才だから人殺しでも許せちゃうんだね~、すごいすごい。どうせ、凡人のあたしは人を恨むことしかできないわ」
「ロゼ……私はそんなつもりは」
「お姉様は前世の記憶があるみたいだけど、あたしにとっては気持ち悪いわ」
「え?」
「お姉様って人形みたい。子どもの皮を被った冷徹な大人」
「……な、なんでそんなことを?」
「だって、お姉様は……」

 言葉を切ったロゼッタの目から涙がこぼれた。
 
「お母様が死んでも泣かなかった。一滴の涙すら流れていなかった! ずっと泣いていたあたしの隣で、泣かないで、泣かないで、人は必ず死ぬ運命なのよ、っていってた」
「……」
「あのときあたしは六歳なのよ、そんなこと言われたってわかるわけないじゃないっ! あたしは……あたしは……」
「ロゼ……」
「お姉様も一緒に泣いて欲しかった!」

 泣き叫ぶロゼッタは、突然、持っていた皿をテーブルに置いた。ガシャ、と大きな音が響くと、ロゼッタは扉に向かって駆けだしていく。扉を開けて部屋からでるとき、

「人はいつか死ぬと言うのなら、お姉様だって死ぬわよね……」

 と吐き捨てると、バタン、と扉が閉めて出ていった。
 
「……」

 沈黙するルージュとシオン。
 走る雨音、それに風にゆれる窓の衝撃が響く。おもむろに動きだしたルージュはテーブルに向かうと、冷たい目で皿を見つめ、持ちあげた。皿の上には美味しそうなクッキーが並んでいる。だが、口をつけることはなく、ルージュは、すすっーと歩くと壁際に置いてあるゴミ箱の前で立ち尽くす。
 
「誰が怨恨を抱く人が持ってきたクッキーを食べるものですか……」

 そう吐き捨てたルージュは、クッキーを皿ごとゴミ箱に捨てた。
 
「あっ、クッキーがもったいないっ! なぜ捨てるのですか?」

 びっくりするシオンは訊いた。
 
「このクッキーは嫌な予感がします」
「え?」
「毒が入っているかも……」
「え!? まさか……」

 訝しむシオンは、じっとゴミ箱を眺める。
 ゴミ箱のなかにはクッキーが粉々になっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...