17 / 40
青年時代
11
しおりを挟む「ねえ、肩をもんでくれないかしら、シオン」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ちょっと疲れちゃった……」
「かしこまりました」
「……敬礼はしなくていいわよ」
ビシッ、とおでこに手を当てていたシオンは、すっと腕を下ろした。
ふぅ、と息を吐くルージュは、目を細めると首を左右にコキコキと動かす。
「少しでいいから、お願い……」
「はい、お嬢様」
ドキドキしながらシオンは美しい背中に歩みよる。
手を伸ばし、やわらかい金髪を手櫛で整えると、左肩のほうに垂らす。彼女の妖艶なうなじを見つめながら、優しく包みこむような手で、ルージュの右肩のマッサージを始めた。
「んん、きもちいぃ……」
「絵画、完成したんですね、お嬢様」
「ええ……」
「素晴らしいです」
「ありがとう……ところで、例の男の素性は、何かわかりましたか?」
「はい」
シオンはルージュの肩をもみながら報告を始めた。
王宮を襲撃した男の名前はヴァン、年齢は二十一歳。
王都のレストラン街にある店で料理人として働いているらしい。
そこの店主の話によると、ヴァンはエレンヌという女性店員と付き合っており、いずれ結婚するのではないか、と従業員の間ではもっぱらの噂さだった。
しかし数週間前、エレンヌのもとに聖騎士たちが現れた。
なんとエレンヌに王宮で働かないかと声がかかったのだ。たまたまレストラン街にお忍びで食事に来ていたノワール王子の目に止まったようだ。たしかに、エレンヌの美貌は周知の事実。ただの料理人であるヴァンには勿体ないほどの娘であったと、目を細くした店主は、話をまとめかかった。
王都セピアの民にとって王宮で働くというのは光栄なこと。その給料は、王都セピアで仕事をして稼ぐ一般的な給料の十倍はくだらない。店主は笑いながら、おっちゃんだって王宮の料理人なりたかった、といって話を終えた。
「なるほど、エレンヌは変態王子に目をつけられたってわけね」
「はい、エレンヌの両親とも話をしましたが、王宮のメイドさんといったら巷では花形の職業だから問題ない、といっています」
「そう、呑気なものね」
「はい……ですが、エレンヌが帰省しなければ、彼女の両親も暴徒化するのでしょうか?」
たぶん、といったルージュはこくりと頷いた。
「ところでシオン、エレンヌの両親に真実は伝えていないわよね?」
「まさか俺の口から、娘さんが王子に犯されているなんて、そんなこと言えませんよ」
「それでいいわ」
「……それにしても真実はどうなのでしょうか?」
「どういうこと?」
「変態王子のいったことが、俺の頭に引っかかっています」
うふふ、とルージュは笑った。
「童貞って言われたこと、まだ根に持ってるのね?」
違いますっ! といってシオンはルージュの肩を強くもんだ。
あんっ、とルージュは喘ぐ。
「痛いわ……」
「ごめんなさい。お嬢様が変なこと言うから……」
「じゃあ、何が引っかかっているというの? シオン」
「娘たちは本当に監禁されているのでしょうか?」
「そこですか……」
「はい。変態王子は、娘たちは自ら志願している、などといっていました。デタラメとは思いますが、そこが引っかかるのです。お嬢様、前世の知識で何かわかりませんか?」
ルージュは首を小さく振った。
「わかりません。オーエルの知識でも、淫乱な女の気持ちというのは謎です。彼女たちはいったい何を考えているのやら……」
「そうですか……オーエルでもわからないことがあるんですね」
「あたりまえですっ! オーエルはふつうの女性ですから、まったく……」
「すいません……」
わかればよろしい、といったルージュは腕を組んだ。
シオンはルージュの髪を持ちあげると、今度は反対の右肩に垂らし、左肩のマッサージに移る。片方ずつしかできないことに、シオンは自嘲気味に笑った。
「でも、もしもエレンヌが自ら志願して、あのようなことをしていたらと思うと悲劇ですね……」
「そうね」
「俺がヴァンだったら……」
だったら? とルージュは訊き返した。
「死ぬほど悔しいと思います」
ぐっとシオンは力を入れてルージュの肩をもんだ。
「あんっ、ちょっとぉ、シオン?」
「好きな人が別の男と、あんなことや、こんなことを……」
「ちょっ、もみすぎ……あんっ」
「ヴァンの気持ちが痛いほどわかります……」
「はあ、ああん、シオン痛いわ、もういいよありがとう」
「……あ、はい」
ルージュは火照った顔を、パタパタと手であおぎなら、
「あつい……」
と吐息を漏らしつつ、ティカップを持ちあげて紅茶を飲んだ。香りを楽しみながら、うーん、と鼻を鳴らす。
「シオン、ひとつだけまたお願いしてもいい?」
「はい、何なりと」
「明日はヴァンの監視をしてください」
「え? 明日ですか? それは嫌です」
「どうして?」
「明日、お嬢様はラムス王子とお出かけですよね。俺、お嬢様の護衛をしたいのです」
「それなら大丈夫よ」
「え? 嫌です、嫌です、ラムス王子がお嬢様に何かするかもしれませんし」
「……何を?」
「いや、お嬢様に何か変なこととか……」
うふふ、とルージュは笑った。
「シオン、バカね」
「ですが、心配なのです」
「あたしはラムスとデートなんかしないわ」
「え? どういうことですか?」
うふふ、微笑を浮かべたルージュは、ちらっと窓の外を見つめた。横殴りの雨が窓ガラスを叩いている。
「明日はオフトゥンから出ません」
は? と首を傾けるシオン。
「オフトゥン、とはなんですか? 何かの呪文ですか?」
「オフトゥンとは寝具のことです。明日、私はずっとベッドで寝て仮病を使います」
「え? なぜそんなことを?」
「ロゼッタにラムスとデートさせるため、ひと芝居します」
「ほう」
「なので、シオンはヴァンの監視をしてください。私はロゼッタの監視をしますから」
「わかりました……でも」
と言葉を切ったシオンは訊いた。
「なぜ、ヴァンの監視を? また王宮へ襲撃するのを俺が防ぐためですか?」
「それもあります。ですが……」
ん? と首を傾けるシオンは、ルージュが腕を組んで考える眼差しを見つめた。長いまつ毛が美しい開いたり、閉じたり、そして彼女の唇が動く。
「胸騒ぎがするのです……」
「え?」
「ノワール王子は、ヴァンについてこういっていました。エレンヌの恋人が現れたおかげで楽しみが増えた……と」
「はあ、それが何か?」
「前世、オーエルの知識からすると、これは何か変態なことを企んでいる、と推測できます」
「何を?」
私の口からは言えません、とルージュは口籠もってから続けた。
「とにかく、シオンはヴァンの監視をしてください。そして、何かあったら私に報告すること、いいですか、決して自分で判断して行動しないでくださいね。シオンはアルティーク公爵家の執事なのですから」
わかりました、と答えたシオンは頭を下げた後、窓の外を眺めた。舞い散る葉、吹き荒れる風、木々がごうごうと揺れている。アルティーク家の領地にある畑に雨が降り注ぎ、きらめく稲妻が走っていた。ルージュは闇に向かって言葉を放つ。
「今年は豊作かもね」
1
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる