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青年時代
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しおりを挟むアルティーク伯爵家の外壁が赤い夕日に照らされている。
飛び交うカラスの歌とともに、ただよう茜雲が泳ぐ……。
そんななか、館への一本道を軽快な足取りで歩く女がいた。
ロゼッタ・アルティーク、伯爵家次女。
彼女は満面の笑みを浮かべ、
「やった、やった、やった……」
と、独りごちている。
心に秘めるのは独占欲、それとあふれる達成感。
ついに念願の男を籠絡させたのだ。
夕日に照らされたロゼッタは、ふと自分の手のひらを眺めた。
「この手で、ラムス王子を落とした……」
省みると、なんでもっと早くやらなかったのだろうか?
と疑問を抱くほど、いとも簡単にラムス王子は快楽に溺れた。
ロゼッタは自画自賛する。自分の力を、魅了という魔性の力を。
──あたしの魅力は素晴らしいものがある!
王子は別れ際に、あたしに懇願した。
『また、やってくれないか? ロゼッタ』
あのとき、爆笑しそうになった。
けど、なんとか堪えた。可愛く微笑む演技で返した。
──だってさ……。
ずっと姉のことが好きだったラムスが、あたしを求めているなんて!
きゃははは、ものすごく楽しい。
だからあたしは、ラムスの耳元でこうささやいてやった。
『うちに来てくれたら、あたしを好きにしていいわよ……』
きゃああ!
自分でいっておいてなんだけど、あたしはやばい。
もう止めらない。
どちゃくそに男を犯したい願望がある。
男の身体を縄で縛って、かたくなった肉棒でいっぱい遊びたい。
ん? 逝きたいの?
なんて、耳元でささやいてやりたい。
「うふふふ……」
ニヤニヤと小悪魔的に笑うロゼッタは、頬を赤く染めながら歩く。
しだいにお腹の底が疼いてきて、
「ああ、濡れてきた……ああん」
と喘ぐ。しだいに股間が敏感になってきて、何だか歩きづらい。これだから女の身体は困る。
「ふぅ、帰ったら慰めよう……」
やがて、ぎこちなく歩くロゼッタは館にたどり着いた。
玄関を開けてくれた使用人のメイドがいたので、
「お姉様の様子はどう?」
と訊いてみる。
一応、心配をしている演技を振る舞いておいたほうがいいだろう。
毒薬が身体を蝕み、急変することだってある。
どうか、どうかお姉様、死んでいてほしい……。
「ルージュ様なら部屋で安静にしておられますよ」
メイドの返答に胸をなでおろす。
そう……よかった、とロゼッタは返答し、駆け足で姉の部屋に向かった。
「チッ! 死んでなかったか……」
ロゼッタは舌打ちを連発しながらスカートの裾を摘み、二階にあがる。赤い絨毯の廊下を駆け、ガチャリ、と開けたくもない部屋の扉を開け、
「お姉様ぁ! 大丈夫ですか?」
と叫んだ。もちろん半泣きの演技は欠かせない。
部屋のなかでスツールに座る姉ルージュは、優雅に筆を走らせていた。見覚えのある風景が描かれていた。それは丘の神殿から望める王都セピア。
──ああ、美しい……。
ロゼッタは感心した、悔しいが、やはり姉は天才芸術家だ。
「あら、ロゼ、おかえり」
「……お姉様、もう大丈夫なのですか?」
「ええ、生理だったみたい」
あ、そうですか、といったロゼッタは胸をなでおろした。
ルージュは筆を走らせつつ、
「ねえ、ロゼ……」
といって赤い唇を動かす。しかし目線は絵画のまま、真剣な眼差しを向けている。
はあ? 絵を描きながら人と話すの?
あたしに興味があるようには見えない。
いや、人間そのものに、というべきか?
なんとも姉らしい、とロゼッタは思った。人形のような無表情の顔が口を開く。
「ラムス様に伝えてくれた?」
「はい、伝えましたが……」
ん? とルージュは鼻を鳴らす。
ロゼッタはルージュを見つめ、いや、睨んでいた。狂ったように感情がふつふつと湧きあがってくる。姉の緻密で洗練された筆の動きに合わせるように、強い憎悪があふれる。
──ああ、憎い、憎い!
姉はいつもそうだ。他人に対して興味のかけらもない。
無感情の冷徹な人形。
前世の知識があるらしく、子どもの頃から大人顔負けに話した。
意味不明な単語を使うが、人を楽しませるユーモアもある。
まさに完璧な才色兼備の美少女。
だから、みんなから愛されているのは理解できる。だけど、あたしはぜんぜん気に入らない。姉の本性は素っ気ないし、滅多に笑わない。話しているのに、こちらを見ないで絵を描く。こんな無愛想な姉のくせに、なんでアルティーク家のみんなだけじゃなく、王都じゅうが姉に夢中なのだ?
なぜだ? なぜだ? なぜだ?
やはり姉は天才芸術家だから?
お金を生みだす絵を描くから?
それに比べてあたしは凡人、なんの取り柄もない。才能もない。
どうしようもない、能力の差。
それは、わかるが……。
なぜ、父親は姉ばかり特別に扱う?
第三者から見れば、あたしに対しても愛情があるものと思うだろう。
だが、あたしにはわかる。
母がドラゴンに殺され、アルティーク家が喪に服したとき、父は姉のルージュばかり見ていた。あたしのことを、これっぽちも見なかった。
父にとって本当に頼れるのは、姉なのだ。
──あたしは……本当に父の娘なのか?
という疑問が生まれてから、あたしは親に頼らなくても独自で生きるすべを見つけるため、あらゆる努力をした。書物を読み、人間の心理を学んだ。そして、ひとつの答えを導きだした。
それは、魅了だ。
男を落とす、魅惑的な武器。これがあたしの最強の武器になった。
しかし……。
ノワール王子に嫁ぐことが決まったあたしは、果たして幸せになれるのだろうか。子を宿し、平穏な人生を歩めるのだろうか。それが本当にあたしの幸せなのだろうか。
「……お姉様」
そうつぶやくロゼッタは内心で自問自答を繰り返しつつ、自分のことを未だに見ない姉に向かって、
「ラムス王子とあたしは一緒にバラを見て歩きました……」
と告げた。
じっと姉を見つめ、その反応をうかがう。
姉の顔は平常心を装った詐欺師そのもの。
あたしの本性を見抜いているのだろうか?
いや、見抜けるわけがない。
見抜いていたとしても、すでにあたしはラムスを籠絡しているのだ。姉を追い出す計画は、ちゃくちゃくと進行中である。ラムスがあたしを選べば、アルティーク家を継ぐのはこのあたしだ。姉がノワールのもとに嫁げばいい、そしてどちゃくそに犯され、乱交の餌食になればいい。
──あたしは、暴君ノワールのもとに嫁ぐ気はない。絶対に嫌だ!
そうロゼッタは心に誓った。
すると、姉は微笑みを浮かべる。
この状況でなぜ? とロゼッタは思った。
「ロゼ……あなたラムス様のことが好きなの?」
え? 姉の質問に、ドキリと心臓が飛び跳ねた。
うまい言葉が見つからず、下を向く。
ルージュは、やっと筆を机に置き、やおら口を開く。
「あらあら、ロゼ、顔が真っ赤よ」
「え?」
「ロゼ、心配しなくてもいいわ」
「……!?」
「あなたをノワールにもとになんかに嫁がせないから!」
「お、お姉様?」
まあ、まかせなさい、そういって不敵に笑う姉は、くるりと椅子の上でお尻を動かすと絵画に向き直った。また筆を持ちあげ、るんるんと鼻歌を歌いながら絵を描く。
丘の神殿から望む景色の絵画。
赤と深い緑のバラ園。それに遠くに広がる王都セピアの白亜の街並みと青い空。それらの奥行きが広がる迫真の絵画は、まるで自然を切り取ったようだ。
素晴らしいと、ロゼッタは感動した。
流石に芸術に関しては姉に対して脱帽する。だがそれと同時に、哀れな姉だ、とも思った。心のなかで悪魔の声がささやくような、ククク、という笑いが、どうしたって込みあげてきてしまう。
ロゼッタは勝利を確信した。
ラムスを手にいれたあたしの勝ちだ、そう思いながら、強く拳を握った。
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