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青年時代
エピローグ
しおりを挟む王都セピアは色鮮やかな花びらが舞っていた。
王子ラムスとロゼッタの結婚式が盛大に始まっている。屋根のない華やかな馬車に乗り込んだ花婿と花嫁が、都民の熱視線をいっせいに浴びていた。
きらきらと輝くライスシャワー、ゆらゆらと浮遊する赤い薔薇の花びら。その一片の花びらを手にとったルージュは、ふっと息を吹きかけ、また飛ばした。
だから、青い空を仰ぐのかもしれない。
だから、お祭り騒ぎの大通りを、陽気に歩くのかもしれない。
だから、いつになく大胆な笑顔を見せるのかもしれない。
彼女は優雅でエレガントな、誰もが見惚れる、お嬢様……。
──ああ、かわいい。
シオンは執事としてではなく、一人の男としてルージュを見つめていた。
ふいに頭のなかをよぎるのは師匠の言葉。
『好きな女は何があろうと、守ってやれ』
でも、師匠。
お嬢様が結婚してしまったら、守りようがないのでは?
という悩みがあったのだが、とりあえすそんな悩みは解消されたようだ。お嬢様の婚約者であるラムス王子は妹のロゼッタと結婚した。つまり、ラムスとお嬢様の婚約は破棄されたのだ。
──よっしゃ!
どうしたって頬が緩み、笑顔があふれる。
というのも、天変地異があってノワール王子が落石事故にあって崩御した。
──神が味方したのか?
でも、神様。
こんなにも綺麗なお嬢様が一生独り身であるはずがない。妻に欲しいと思う貴族の紳士たちは、きっと大勢いるだろう。
と、なればどうなるか。
しばらくすれば、またお嬢様に婚約者が現れるのは確実。なぜならアルティーク伯爵家を存続するためには、子孫を残さなればならないからだ。思わずシオンは、お腹の大きくなったルージュを空想した。お母さんになったルージュを。
「はあ……」
深いため息をつくシオンの悩みは尽きない。
かたや、笑顔を振りまくルージュは、ふとシオンを見つめ口を開いた。
「ふぅ、これで自由だわー!」
自由? とシオンは訊き返した。
ええ、と答えたルージュは腕を伸ばし、人差し指で次期国王を示した。
「ラムスと妹をくっつけたから、私はアルティーク家でぬくぬくスローライフできる。これこそが自由よっ!」
「……でも、新しい婿がお嬢様にあてがわれるのでは?」
チッチッチ、と舌を弾いたルージュは伸ばしていた指先を口元に持ってくると、メトロノームのように振った。
「その時はまた、その殿方との婚約を破棄するだけよ」
え? シオンは首を傾げた。
「なぜそこまで結婚したくないのですか?」
「……それは」
ルージュは口ごもった。いつになく、顔が赤い。こんなお嬢様を初めて見た。
「だって、だって……」
もじもじと身体をよじらせたルージュは、じっと上目使いでシオンを見つめる。
目の前の彼女が可愛すぎて、シオンの頬が赤く染まった。
するとふいに、二人の頭上に薔薇の花びらの旋風が飛んできた。心も赤く染まっていく。熱い思いが、ルージュを今すぐ抱きしめたい衝動に駆られる。胸が痛い。胸が苦しい。心臓が爆発しそうだ。シオンは思わず残された手で胸を押さえた。
──神様、どうか味方してくれ。
ルージュの赤い唇が開く。恋愛の答え合わせが紡がれていく。
「好きな人がいるから……」
それは誰かと、訊け!
と、心のなかで自分の分身が叫んでいた。だがそのとき、騒ぎ立てる都民の間から見覚えるのある顔が、ぴょこんと飛び出した。
「ルージュさん、おめでとうございます!」
笑顔でそう告げる男は、ヴァンだった。
その隣には綺麗な女がいた。エレンヌだ。だが、髪の色がピンクから茶色に染められいる。一瞬、別人と思ったほど、大人しくなった印象を受けた。
「あら、すてきな髪の色ね……そのほうが似合うわ」
ルージュは目を細め、エレンヌを褒める。
朗らかに笑うエレンヌは、ふわりと髪をかきあげた。
「もともと髪の色は茶色なんです。ピンクの髪は染められていました」
なるほど、といってルージュは頷いた。
エレンヌの心中を察したらしく、ルージュは彼女の肩に右手を乗せた。安心感と信頼感が伝ったのか、二人の間に笑顔が交わされる。
「あなたたちもお幸せに」
ルージュがそう告げると、二人は楽しそうに微笑みを返した。
やがて手を繋ぎ、去っていくカップルの姿を、ルージュは手を振りながら眺め続ける。ヴァンとエレンヌは困難を乗り越え、これからは幸せな家庭を築くことだろう。いっぱい、いっぱい、イチャイチャするのだろう。そんな空想をすると、何とも言えない羨ましさが滲みでて、シオンは目の前にいる好きな人の手をつかみたい衝動に駆られた。
だが、執事としてそんなことをしてはダメだ。
緊急事態ならともかく、今はなんでもない平常時。今、いきなり手を繋いだら、きっと怒られるだろう。いや、怒られるだけならまだいい。もしもまた休みを取れ、なんて言われたら、ぜったいに嫌だ。もう、お嬢様と離れたくはない。
「どうしたの? シオン」
ぶつぶつと独りごちていたシオンは、ルージュに見つめられ我に返った。
「……あ、お嬢様」
「シオンにもお礼を言わなきゃね」
「え?」
「ありがとう、騎士に捕まりそうになっているところを守ってくれて」
「いえ、逆にすみません。山にこもっていられなくて」
「……指名手配になっていたので、隠れていたほうが良いと判断したのですが、まさか私が野次馬根性で落石現場に行ったのがいけなかった……」
「あの、やはりお嬢様が落石を?」
シオンの問いに、ルージュはこくりと頷いた。
「ヴァンさんに手伝ってもらって落としました。すごいでしょ?」
「すごい、を通り越して怖いですよ」
「えっへん! ですが、あまりにも上手くいったので心が踊ってしまいました。現場の惨劇をこの目で見たい。その衝動を抑えられなかったのです。または、その光景を絵画を描きたい、そんな思いもあったので、つい……ごめんなさい」
「いや、もういいんですよ。でも、自分が起こした殺害の現場に行くなんてお嬢様らしいや、あはは」
んもう、笑わないで、といったルージュはシオンの胸を、ぽんと叩いた。
ぜんぜん痛くないし、むしろ優しさにあふれていて、シオンの胸のうちは踊り、笑いが止まらない。
「俺が助けなかったら、やばかったですね」
「それなぁ……不覚です」
「では、これからはお嬢様から離れません、ずっと一緖にてもいいですか?」
「……うん」
頬を赤く染めたルージュはうなずく。視線はシオンのままで、よそ見することはなかった。都民の雑踏のなか、二人の空間だけが、きらきらとした光りに包まれているような、そんな錯覚がシオンにはあった。
──物語のヒロインがいるとしたら、それはルージュお嬢様で、もしかしたら、ヒーローは俺なのかもしれない。
シオンは大きく息を吸い込み、吐きだすときには「お嬢様!」と叫んでいた。
「はいっ!」
「あの、あの……好きな人って誰ですか?」
「……シオン、それを訊いてどうするの?」
「執事としてではく、一人の男として祝福したいです」
まだ、気づかないのですか? と訊くルージュは、はあ、とため息を吐いた。鈍感な男はこれだから、ダメね、と言わんばかりの顔を浮かべて、じわじわとシオンの顔に自分の顔を肉薄させていく。
「お、お嬢様?」
「まだ気づかないの? シオン、私の好きな人が誰かって……」
ルージュの急接近、上目使いに、シオンはあたふたと焦る。
二人の距離は、もう主と執事としてではなくなっていた。男と女の近距離だ。それは、息使いまでも、甘くて熱い桃色の吐息へと変えていく。
やがて、ルージュの赤い唇がシオンの頬で弾ける。
キス、されていたのだ。
「気づいた?」
好きな人の問いに、シオンはキスで返した。
「はい、お嬢様」
「んもう、バカっ! お嬢様はやめて!」
「……なんて呼べば?」
「ルージュ」
ルージュ、と言葉を紡ぐシオンの唇は震えていた。
「ルージュ、好きだ」
「私も、シオンのことがずっと好きだった」
微笑み合う二人は手を繋いで歩きだす。
婚礼の祭典は続く。世界は華やかに祝福をあげていた。
happy end
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