ピアニストの転生〜コンクールで優勝した美人女子大生はおじいちゃんの転生体でした〜

花野りら

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第4章 クラブ編

6 男と女が一緒にいるだけでカップルにみられる現象

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  ジャズバー兼クラブのオーナーであるブラッドは、今夜はステージにあがらないのだろうか?
  
  着ているTシャツはマーベルのキャラクターペイントがされている。
  
  擦り切れたダメージジーンズを履き、こなれたリラックスタイムを事務所で満喫しているような格好をしていた。
  
「おお!  ミサオ!  なかなか来ないからどうしたのかと思ってたぞ」

「すいません。連れがいたので……」

  俺はソフィアを見た。

「そうかー、まさか可愛いお連れ様がいたとはな」

  ブラッドは人懐っこい笑みで歩み寄ると正面のソファに座った。
  
  この犬ような笑顔は父親であるアランの血を受け継いでいる。
  
  コンクールで審査員長をしていたアランの息子であるブラッドは、果たしてソフィアを知っているのだろうか。
 
「はじめまして、ソフィアと申します」

  可愛いお連れ様であるソフィアは丁寧に立ち上がると、ここはまるで社交会場かのような立ち振る舞いでお辞儀をした。
  
  ブラッドは、若干恐縮しながらソフィアの顔をじっと覗き込んだ。
  
  そして、気づいたようだ。
  
  俺がどっかの若い娘を連れてきたと思っていたみたいだ。
  
  たしかに、ぴちっとしたデニムにへそ出しピンクフリルの格好をしたソフィアは、その辺の若い娘となんらそん色はない。
  
  だが、その辺の娘ではなかった。
  
  よく見ると目の前にいるのは、コンクールで優勝した美人ピアニストなのだ。
  
  だからブラッドの驚愕ぶりは、
  
「え!  うそ!  まじかよ、ソフィアちゃんじゃないか!」

  と、まるでアイドルに会ったファンのように喜ぶほどだった。
  
「会えて嬉しいぜ!  ソフィアちゃんコンクール優勝おめでとう。俺は観に行けなかったけど、あとで親父から聞いたぜ」

  俺はブラッドはちょっとミーハーなところがあるのかなと思った。
  
  たしかブラッドはケリーと音大で同級生だった。
  
  よって年齢は37才、男として脂ののった時期だ。
  
  だが、それは今後いい男になるかどうかの分かれ道でもある。
  
  いつまでも若い男か、おっさん一直線の男かだ。
  
  それは残酷なくらい差がつく。
  
  ブラッドは中肉中背ではあるもののお洒落で清潔感もあり割と前者だ。
  
  トレードマークのドレッドヘアを揺らしながらジャズピアニストの腕前を披露すれば女にモテるであろう。
  
  さらにクラブのオーナーだから経済力もある。
  
  だが、なぜだかいまだ未婚だ。
  
  それはなぜなのか?  大人の男は何を考えてるのかわからない。
  
  と、思考する俺の脳内で閃きのスパークがはじける。
  
  あ、そういえば!
  
  ケリーとブラッドは大学で一緒だった。ということは、もしや……。
  
  俺はブラッドの顔をまじまじと見てから質問した。
  
「ねえ、ブラッドはソフィアのこと知ってるの?」

「ああ、知っているよ。モルガン先生のお孫さんだろ?」

  ソフィアは、こっくりとうなずく。
  
  その目は、はて?  どこかでお会いしましたかしら?  と疑念を宿していた。
  
  だが、問いかける勇気はないのだろう。変わりに俺がたずねる。
  
「なんで知ってるの?」

「なんでって、俺が大学生だったころモルガン先生には色々お世話になったからな。ソフィアちゃんのことはモルガン先生の追悼式のときに見かけて知ってるんだ。俺の親父はよく言っていたよ。ソフィアちゃんはモルガン先生の生き写しだってな」

  生き写しか……。
  
  今まさに、転生という生き写しが俺とソフィアの関係を邪魔しようとしていた。
  
  そうか、やはりだ。
  
  ブラッドはモルガンを知っていた。
  
  もしかすると、モルガンのピアノの演奏も聴いたことがあるかもしれない。
  
  そうすれば、ソフィアの録音したピアノをブラッドが聴けば、ひょっとしたら何かわかるかもしれない。
  
  そこで俺は一つ作戦を思いついた。ソフィアの協力がいるので様子をうかがう。
  
  ソフィアは、作ったような笑顔でこの場をやり過ごそうとしていた。
  
  わたしは臆病なところがあります……。
  
  と言っていた通り、あまり知らない人への対応は苦手のようだ。
  
  ブラッドが俺たちをじろじろ見て茶化す。
  
「にしても、ミサオも隅に置けないなー、コンクールで優勝を争うライバルだったはずのソフィアちゃんともうカップルになっているとは、まったく大した男だよ」

  カップルという言葉に反応して頬を赤く染めるソフィアは、両手で顔を覆った。

  俺は照れ笑いを浮かべながら、言い訳をする。
  
「あはは、今夜はソフィアに俺の曲を聴いてもらおうと思って連れてきたんだ。ソフィアはゲスト扱いとして無料でいいでしょ、ブラッド?」
  
「ああ、もちろん。ソフィアちゃん楽しんでってね」

「あ、はい」

  ソフィアはうなずいて下を向く。
  
  ブラッドはミサオに向けて満面の笑みを浮かべて耳もとでささやいた。
  
「聴かせたい女を見つけてよかったな、ミサオ!」

  俺はさらに照れるしかなかった。
  
  こういう時はどんな反応をするべきなのだろうか。
  
  第三者から見ればカップルに見られるのかと思うとなんだか幸せな気持ちになる。
  
  下を向いているソフィアの顔を覗き込んだ。
  
  果たしてソフィアは俺の作った曲を聴いて楽しんでくれるかな?
  
  恥ずかしがり屋のソフィアのために、曲の出始めは静かなゆったりとした旋律を奏でるようにした。
  
  俺はクラシックしか弾いたことがなかった
  だが、色々なジャンルの音楽を表現してみたらどうかとブラッドに教えられて作曲をしてみた。
  
  俺は正直言って驚いた。
  
  どうやら俺は音楽を作り出すことに喜びを感じるタイプらしい。
  
  俺はあの日、ジャスミン先生と面談したのあとブラッドの経営するクラブ、つまりこの店に立寄った。
  
  ブラッドは路地裏にいた。重そうなビール瓶の入ったケースを運んでいた。
  
  声をかけると手伝えと言われた。持ち上げると重量は20キロはありそうだった。
  
  クラブのオーナーであるブラッドが、なぜこんな下働きをしているのか尋ねると、何食わぬ顔をして筋トレだ、と答えた。
  
  なるほどなと感心した。そして、この人なら悩みを相談できると思った。
  
  さらに、作った曲を披露できる場所を提供してくれた。
  
  そんなブラッドには感恩報謝をしっかりとしておきたいところだ。
  
  俺はブラッドに頭を下げる。
  
「ブラッド、今日は出演させてくれてありがとう」

  ブラッドは照れ臭そうに指で鼻をさわった。

「いいってことよ。おれもミサオの作った曲がどんなものか気になってるからな。期待してるよ。DJ MISA!」

  ブラッドは、陽気に立ち上がった。パーテンションの奥に移動する。
  
  姿が隠れる。
  
  冷蔵庫が開けられる音がした。
  
  喉でも乾いたのだろう。プシュッと炭酸の抜ける音が響く。
  
  事務所の中は防音壁がしっかりとしておりクラブからの重低音だけは壁から漏れて聞こえてくるものの、こうやって会話をしたり人の生活する音を聞くこともできた。
  
  よし!  ここならソフィアの録音したピアノの音もブラッドの耳に届くだろう。
  
  俺は作戦を実行に移した。
  
  ブラッドに先入観を持たせないで聴かせようとしたのだ。
  
  俺はソフィアに小さく指示をだす。
  
「ソフィア、ソフィア、いまスマホに録音したピアノの音を聴かせてくれないか?」

「え!  いまですか?」

「ああ、さっきブラッドの話を聞いただろう。モルガン先生にお世話になったって」

「あ、はい」

「ということは、もしかしたらおじいちゃんの演奏を聴いたことがあるかもしれないよ!  だから、それとなく聴かせてみようよ」

「わ、わかりました」

  ソフィアは、ポーチからスマートフォンを取り出すと画面に顔を近づけた。
  
  顔認証システムによってパスコードのロックが解除される。
  
  そして、録音アプリを起動させ、
  
「じゃあ、いきますよ……」

  とささやいた。
  
  神妙に指先で再生ボタンを押す。
  
  だが、しばらくしても何も聞こえてこない。
  
  俺たちは目を合わせる。
  
  本当に録音できているのか?
  
  と、疑った瞬間!
  
  クラブから漏れている重低音とは異世界のピアノの音が響いた。
  
  まるで、大きな鐘が木槌で打ち鳴らされ、鳥が青空の彼方へと羽ばたいているかのような情景が浮かんでくるようだった。
  
  事務所の殺風景な空間が一変して、上質なクラシック音楽の世界に包まれていく。
  
  伸びのある甲高い和音の響きが奏でられると、さすがにブラッドが声をあげた。
  
「ん?  なんだ?」

  ブラッドの表情はパーテションで隠されていて見ることができない。
  
  だが、何やら首を傾げる影が見える。
  
  俺はブラッドが何か感じてくれることに期待した。
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