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第4章 クラブ編
8 少女ソフィアの思い出
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ソフィアの記憶の中で、ずっとおじいちゃんと二人でピアノを弾いていたい気持ちがあふれているときがあった。
あれは子どものころだっただろうか……。
ベヒシュタインコンサートピアノが月の雫のような光に照らされている。
熱気を帯びたピアノの内部に張り巡らされた弦の振動を感じた。
耳の奥底では残響音が渦を巻いてる。体も熱い。
頬をつたう一粒の汗が結晶のように輝く。喉が焼けるように乾いている。
ソフィアは、はっと、思い出すように楽譜台の上に置かれたスマートフォンの録音停止ボタンに触れた。
身が震え、気持ちを整理する時間が必要だった。
なぜなら演奏をした覚えがまったくないからだ。
そして、恐る恐る、再生ボタンに触れた。
録音されたピアノの音を聴いてまず思ったことは一つ。
「この演奏ならコンクールで優勝できるかも……」
なんとも野心的なことであった。
ラフマニノフのピアノ独奏曲、なんて美しい旋律、誰にも真似できない。
いや、一人だけいた。自分の身近な人だ。
いつもどんなときも味方でいてくれた優しいおじいちゃんだ。
母やピアノ講師から厳しいレッスンを受けて、何度もピアノなんかやめてやると思った。
だが、そんな塞ぎ込んだ気持ちのとき、いつもおじいちゃんは言ってくれた。
そうだ、たしかそうだった。
「ソフィアよ。おまえは特別な子どもだ。わたしにはわかる。さあ、一緒にピアノを弾こう。隣に座って。さあ……」
モルガンの指先がピアノに触れる。
その指先には生命力が漲り若々しい。鍵盤が弾かれて和音が響きわたる。
そして、次の瞬間!
ワンオクターブ上がった音階のまったく同じ和音が響く。
隣に座っているのは少女ソフィアだ。
円らな青い瞳は、真剣な眼差しで鍵盤を見つめていた。
モルガンは不敵に微笑んだ。
少女ソフィアはモルガンの打ち鳴らす連弾を寸分の狂いなく真似している。
速かった運指が、急激に滑らかなレガート奏法に切り替わる。
当然のように少女ソフィアもついてくる。世界が変わりはじめる。
お花畑にいるようなメロディが空間を振動させる。
もう二人は部屋にはいなかった。
チューリップ、ひまわり、コスモス、季節の花々が一面の咲き乱れる花畑に一本のなだらかな道が黄土色に伸びている。
ポツンと広がった緑園深い丘の上に鎮座したベヒシュタインコンサートピアノを二人は楽しそうに弾いている。
青い空には雄大な山々の大地が白い雲を捕まえて遊んでいるかのようだ。
少女ソフィアは笑った。
天使かのような笑い声はピアノの音に負けないくらい可愛らしいものだった。
この曲はモーツァルト、いや、ショパン、それとも、おじいちゃんのオリジナルかな?
少女ソフィアの気持ちはピアノのレッスンをしているのではなく。
ピアノで遊んでいる心境だった。
少女ソフィアとモルガンの二人は、そんな情景の世界にいた。
自由奔放な旋律を奏でるモルガンの弾き語りを真似る少女ソフィアの脳内では、子どもながらにして恐ろしいほどの集中力を秘めていた。
モルガンの奏でた旋律が、少女ソフィアの耳の中を振動させる。
音の波は、渦を巻いて電気信号に変換され脳内神経へ伝達されていく。
そして、処理された音色がソフィアの指先からピアノの鍵盤を通して打ち鳴らされている。
その正確性、処理速度はコンピューターのコピーアンドペーストのようだった。
今、大人になったソフィアの脳裏で、モルガンの声が蘇る。
「さあ……。一緒に弾こう……」
眼を閉じていたソフィアは、ゆっくりと重そうな睫毛も持ち上げる。
青い瞳に光を宿した。
放置されたスマートフォンが暗くなりスリープ状態の眠りについた。
あれは子どものころだっただろうか……。
ベヒシュタインコンサートピアノが月の雫のような光に照らされている。
熱気を帯びたピアノの内部に張り巡らされた弦の振動を感じた。
耳の奥底では残響音が渦を巻いてる。体も熱い。
頬をつたう一粒の汗が結晶のように輝く。喉が焼けるように乾いている。
ソフィアは、はっと、思い出すように楽譜台の上に置かれたスマートフォンの録音停止ボタンに触れた。
身が震え、気持ちを整理する時間が必要だった。
なぜなら演奏をした覚えがまったくないからだ。
そして、恐る恐る、再生ボタンに触れた。
録音されたピアノの音を聴いてまず思ったことは一つ。
「この演奏ならコンクールで優勝できるかも……」
なんとも野心的なことであった。
ラフマニノフのピアノ独奏曲、なんて美しい旋律、誰にも真似できない。
いや、一人だけいた。自分の身近な人だ。
いつもどんなときも味方でいてくれた優しいおじいちゃんだ。
母やピアノ講師から厳しいレッスンを受けて、何度もピアノなんかやめてやると思った。
だが、そんな塞ぎ込んだ気持ちのとき、いつもおじいちゃんは言ってくれた。
そうだ、たしかそうだった。
「ソフィアよ。おまえは特別な子どもだ。わたしにはわかる。さあ、一緒にピアノを弾こう。隣に座って。さあ……」
モルガンの指先がピアノに触れる。
その指先には生命力が漲り若々しい。鍵盤が弾かれて和音が響きわたる。
そして、次の瞬間!
ワンオクターブ上がった音階のまったく同じ和音が響く。
隣に座っているのは少女ソフィアだ。
円らな青い瞳は、真剣な眼差しで鍵盤を見つめていた。
モルガンは不敵に微笑んだ。
少女ソフィアはモルガンの打ち鳴らす連弾を寸分の狂いなく真似している。
速かった運指が、急激に滑らかなレガート奏法に切り替わる。
当然のように少女ソフィアもついてくる。世界が変わりはじめる。
お花畑にいるようなメロディが空間を振動させる。
もう二人は部屋にはいなかった。
チューリップ、ひまわり、コスモス、季節の花々が一面の咲き乱れる花畑に一本のなだらかな道が黄土色に伸びている。
ポツンと広がった緑園深い丘の上に鎮座したベヒシュタインコンサートピアノを二人は楽しそうに弾いている。
青い空には雄大な山々の大地が白い雲を捕まえて遊んでいるかのようだ。
少女ソフィアは笑った。
天使かのような笑い声はピアノの音に負けないくらい可愛らしいものだった。
この曲はモーツァルト、いや、ショパン、それとも、おじいちゃんのオリジナルかな?
少女ソフィアの気持ちはピアノのレッスンをしているのではなく。
ピアノで遊んでいる心境だった。
少女ソフィアとモルガンの二人は、そんな情景の世界にいた。
自由奔放な旋律を奏でるモルガンの弾き語りを真似る少女ソフィアの脳内では、子どもながらにして恐ろしいほどの集中力を秘めていた。
モルガンの奏でた旋律が、少女ソフィアの耳の中を振動させる。
音の波は、渦を巻いて電気信号に変換され脳内神経へ伝達されていく。
そして、処理された音色がソフィアの指先からピアノの鍵盤を通して打ち鳴らされている。
その正確性、処理速度はコンピューターのコピーアンドペーストのようだった。
今、大人になったソフィアの脳裏で、モルガンの声が蘇る。
「さあ……。一緒に弾こう……」
眼を閉じていたソフィアは、ゆっくりと重そうな睫毛も持ち上げる。
青い瞳に光を宿した。
放置されたスマートフォンが暗くなりスリープ状態の眠りについた。
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