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26.アンジェに求めるものと、
しおりを挟む「わたし、あしたから、何のれんしゅう、したらいい?」
ピアノばかりじゃなくて他のことも出来るようになって欲しいと思ってるから、アンジェ自身がそう聞いてくれるのは嬉しかった。
「いつもは昼間、何してる?」
「ピアノ」
「ピアノだけ?」
「うん」
「ピアノ以外にして欲しいことは、とりあえず歩く練習な」
「うん、わかってる。ちゃんと、やる」
少し抱き寄せて髪を撫でると、嬉しそうに微笑んでくれた。
「他には、言葉の練習と、計算もある程度出来るようになって欲しいかな」
「やること、いっぱい。がんばる。」
「計算は少し後回しでもいいから、あんまり無理しなくていいよ。
アンジェは部屋でじっとしていることが多かっただろ?急に動いて無理をしたら、身体を壊すから」
「だいじょうぶだよ!
セトスさまが、してほしいこと、ちゃんと、するから」
「うん、ありがとう。
アンジェがそうやって頑張ってくれてるのが、凄く嬉しいんだけれど。
アンジェがこの家に来てすぐに、熱を出してしまっただろ?
あれは、俺がちゃんとアンジェのこと考えてなかったせいだから、だいぶ反省したんだ」
「……しんぱい、してる?」
「そうだよ。俺にとっては、アンジェの健康が一番大事だ。
色々してほしいとか言ってるけど、アンジェの身体を大事にしたい」
「わかった。セトスさまは、わたしのこと、しんぱい、してる。むりは、だめ!」
納得いったようで、力強く頷いてくれた。
アンジェの肩に腕をまわして抱き寄せてあげると、子猫のように擦り寄ってくる。
「とりあえずは、食事の練習と、歩く練習。これは絶対しよう。俺も一緒に出来るように、なんとか時間を合わせるから。
他の時間でピアノをしたらいいと思うけど、そのうち先生が見つかったら計算だとか、社会制度とかも勉強してほしい」
「しゃかいせいど?」
「今の世の中がどうなってるか、ってこと」
「……それで、なにするの?」
貴族としての基礎教養だと思っていたんだが、アンジェにとってはそうでもないのか……
「アンジェは、お母さんやお姉さんが何してるか、知ってる?」
「パーティーと、おちゃかい」
「そう。アンジェにも、それをしてほしい」
「おちゃかいは、できるよ!」
母さんとお茶したって言ってたな。
でも、アンジェに求められるのは、そんな生温い会じゃない。
貴族家同士の、ドロドロの腹の探り合い。
今のアンジェには過酷なことだが、訓練したら誰よりもそれが上手くなると思うから。
相手の息づかいや鼓動、本来なら聞こえない距離での会話。
それら全てを聞き分けることが出来たら、誰よりも強くなれると思う。
「お茶会の時、母さんと何を話した?」
「うーん……わたしの、からだのこと?ピアノのこと?」
「アンジェと母さんは関わりがあって、話すことがあるからいいけど、全然知らない人と話すこともある。
そんな時には、相手がどんな立場の人で、その人の周りで今何が起こってるのか、知らないと困るだろ?」
「しらないひとと、はなす……??」
とりあえず相槌を打ってるものの、なんとなくふわっと同意してる程度だ。
たぶんアンジェには遠すぎる世界の話で、イマイチ話の内容が掴めてない。
「アンジェがいつか困らないために、勉強するんだよ」
「それは、わかる。しらないと、こまるから」
兄や父にもよく指摘されるが、俺は他人に説明する、ということがヘタだから、アンジェに上手く説明できてないんだろう。
無意識に、相手の脳みそに自分と同じ知識があると思って会話をしてしまう、らしい。
アンジェと俺は全然違うんだから、ちゃんと考えて話さないと。
アンジェの髪を撫でながらぼんやりと考えていると、腕の中から小さな寝息が聞こえてきた。
体力のない彼女は、少し動いただけで眠ってしまう。
このか弱い生き物を守るのが俺の役目だと思う。
それと同時に、彼女をひとりの人間として、伯爵家の夫人として生きていけるようにしてあげたい。
身体にハンデを持っていても、それが出来る人だと思う。
いつか、俺の隣に立ってもらうために、アンジェに努力を求めるだけじゃなく、俺もしなければならないことがたくさんあるだろう。
腕の中の愛しい体温を感じながら、頭のなかでは次の計画を考えていた。
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