新月を追って

響 あうる

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第2章

【22話】降る雨に

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梅雨に入ったのだろうか、ここのところの天気はほぼ毎日が雨だった。暗く淀んだ雨雲が呼び寄せる雨は敦志の心情にはお似合いだった。
 あれから部活のほうが忙しくなってきたせいか誰かに抱かれることはなかったが、まだ消えない手首を一周する赤い痣が男に陵辱されたことを忘れさせない。
 まだ長袖を着ることの出来る季節で良かったと敦志はシャツの袖口を引っ張って痣が見えないようにした。
 そして机にうつ伏せ、そのまま横目で窓の外を見た





―――このまま雨だったらいいのに


 敦志の願いが叶ったのか、雨は帰りまで降り続いていた。
 鞄に入っていたはずの折りたたみ傘が今日に限って見当たらず、敦志は玄関を出たところで途方にくれていた 。

 雨脚は激しい。無防備に出て行ったらあっという間にズブ濡れだ。家が近いわけでもないのにさすがにそれはマズイだろう。
 それでもしばらく迷って立ち尽くしていたが仕舞いにあきらめて邪魔にならないようにと、端っこの柱に寄りかかって座り込んで雨が地面を叩きつけるのを見ていた

 どのくらいそうしていたかはわからない。雨で下がった気温に身震いしたような頃、声をかけられた


「中西?」

直哉だった。



「傘、忘れたのか?」

 整った顔に笑いかけられ、ドギマギしながら「あ、はい」と答えた。
 直哉は雨の降るさまに目を向けて一寸考えてから口を開いた。

「入ってくか?」

と自分の傘に視線を落とし、つられて傘に視線を向け敦志は意味を理解した。
 驚いて言葉の返せない敦志を見て直哉は少し慌てて


「いや、誰か迎えに来るとかなら良いんだ」
「…誰も来ないですよ、親共働きだから」
「…同じだ」
「良いんですか?入れてもらって」
「良いよ」

 敦志は重い腰を上げ、ポンポンッと尻についた埃を払った。それを見届けた直哉が傘を広げる。
 ボタン一つでバッと広がった傘の下に直哉と並んで入ることがなんだか照れくさかった。


「今日は残念だったな」

 歩きながら直哉が口を開く。今日、というのはサッカー部の練習が中止になったことだろう。
 多少の雨くらいだったら練習するサッカー部だったが、最近降り続ける雨のせいでグラウンドが浸水してしまったのだ。さすがにそんな状態で練習したらぬかるんだところに足をとられて怪我するかもしれない、ということで雨が落ち着くまでしばらく練習を見合わせるということだった。


「俺は…ずっとこのままでも良いです」

 直哉は敦志の言葉に敦志に目を向ける。直哉よりもだいぶ小さい彼は前を向いたまま、それでいて何処となく悲しげだった 。


「なんか……あった?」

 直哉は喉の奥がひっつくんじゃないかってくらい口の中を乾かせて言いづらそうに尋ねた


「…なにも……なにもありません」

 敦志は消え入りそうな声で言った。その表情や態度は言葉とは裏腹はなにかあったと言っているようなものだった。直哉はそのことに胸を痛めた。


「そっか…まぁ、なんかあったらいつでも相談しろよ?中西の力になりたいんだ」

 何故直哉がそんなことを言い出すのか、敦志は理解できないという顔で見つめかえした。
 本当のこと言ったら直哉はどうするのだろう?今みたいにやさしい言葉は掛けてくれなくなるんじゃないだろうか、そう思うと敦志は胸が締め付けられるほど切なくなった。
 敦志がなにも答えなかったのでこの小さな空間は傘を雨が打ちつける音だけになった。



「なんか…腹減らないか?」

 
気まずいような張り詰めた雰囲気を打ち破るように直哉が突然口を開く


「あ…はい微妙に」
「じゃあ、どっかで食ってかない?」
「え、でも…」
「奢るから、いいだろ」

 戸惑いもにっこり笑う直哉に打ち消され、敦志は直哉について行くことにした。次第に敦志の家とは反対方向に歩いていっているのに気づいたが敦志は直哉と少しでも一緒にすごしたくて言い出せずにいた。
 その内、二人はファーストフード店の前に辿り着き


「ここでいいよな?」
「ぁ…はい」

 直哉が振り返って確認する。敦志は精一杯笑顔を作って答えた。
 答えを得ると直哉は入ってすぐのところに置かれた濡れた傘を入れるビニール袋を手に取り、濡れた自分の傘をそれに入れた 。

「なに食う?」
「んー…どうしよう…」

 レジの頭上にあるパネルに目は釘付けになりながら悩む敦志。だが、なかなか決めることが出来ない。
 そうこうしている内にレジに並んでる人がどんどん減っていって焦るばかり


「な、直哉さん先に注文しててください」

 敦志はそう言って直哉を置いて壁のボードに張られているメニューの書かれた大きなポスターの前に行って、そこでまた悩み始めた。
 そんな敦志の後ろ姿に小さく笑いながら直哉は注文を済ませ、紙袋と紙カップをトレイに乗せ敦志の隣に行く

「直哉さんもう終わったんですか?」
「あぁ…中西も早く決めろよ?俺席座ってるから」

 となんだか機嫌よさそうに笑いながら禁煙席のひとつに腰掛ける。
 その後姿を見届けた敦志はなんだか言いようの無い嬉しさを感じてその気分のままレジに向かった
 

 敦志がトレイを持って席に行くとコーラを飲んでいた直哉はギョッとした顔をした


「どうしたんですか?」
「どうしたってお前、それ…」

 ハンバーガーにポテトにコーラというごくありふれたセットが乗っている直哉のトレイの向かいには、アップルパイにアイスにシェイクという甘味しか見当たらないトレイが置かれた。

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