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1.北方の半獣使い
ルナと傷ついた半獣、生存確率9%
しおりを挟むRuna(ルナ)は、早朝のいつもの巡回コースの途中でそれをみつけた。
浅い谷を臨む尾根道。谷の両側は背の高い針葉樹の森。その谷の底で、怪我をした大きなトカゲのようなイキモノがうめき声を上げているのが見えた。雪解けの冷たい渓流の水に体の下肢以降と尾部が浸っている。手足、胴体、頭から漏れる赤い液体を渓流に流しながら息も絶え絶えの様子だ。
「赤いフルード?ってことは血?これって生体?!、の、ドラゴン?」
そのイキモノは野生の大型爬虫類ペニンシュラドラゴンの成獣に見える。体長は尾の部分を除くと1m。尾は1.5mほどか。
半獣半機化した獣が多いこの世界では、戦闘以外ではそうした獣もめったに怪我をしたりしないので、こうした手負いの”獣”が見つかることは非常に稀だ。
「その戦闘も最近、ここ500年ほどは稀なんだけどね…」と、ルナは独り言。
怪我の理由が外敵によるものなら、強力な、少なくともペニンシュラドラゴンよりも強いイキモノや機械が近くにいるのかもしれない。
ルナは周囲を警戒して見渡しながら、基地の監視本部に無線通信で連絡した。
「こちらルナ。いつものルート沿いで手負いの大型のイキモノを発見。ペニンシュラドラゴンのように見える。調査に入る。位置情報を送る。念のため回収班のスタンバイを要請する」
通信は暗号化された上で、上空を対空する飛行半獣を中継機として基地に届けられる。
「こちら監視本部。承知した。位置把握。回収班を準備させる。Goはそちらでかけてくれ。周囲に十分警戒せよ」
監視本部からキレのいい声。今日の朝の当番はラルフだ。
ルナは連絡後、肩にかけた銃の弾倉をチェックし、いつでも撃てる状態であることを確認。
先週降った今年の初雪がまだ残る斜面を滑らないように慎重に降り始めた。
谷底の渓流の雪の積もった河原に降り立つと、そのイキモノに銃を向けながら、慎重に近づく。
あと10mといったところで銃を構えて片膝立ち。
自分の左目の機械眼を調節し様々な波長で辺りを観測する。
同様にその耳の聴覚センサーも帯域をフルに使ってスキャン。
すべての結果はネガティブ。
せせらぎとかすかな風の音に混じって、手負いの半獣の体温と動きの反応、ぜえぜえと呻く苦しそうな息遣い以外に生体、機械体ともに反応なし。
周囲の雪の上にも獣同士が争ったような痕跡はない。
その代わり、対岸の斜面の上の方からそのイキモノがいるところまで、一筋の痕跡が見られる。
ところどころ赤い筋も見える。
「滑落?」
まだ油断せず、銃を構えたままさらに半獣に近づく。
ドラゴン型はその鋭い歯、強い顎、強力な前足とその鈎爪が主な自衛手段だが、その尾も強力な武器だ。
こいつは弱っていそうだが、最後の力を振り絞った尾の一振りでも当てられたらひとたまりもない。
ルナは尾から最も遠いポジションを確保すべく、イキモノの頭を正面に見据える位置からじりじりと近づく。
イキモノまで約2m。そこから観察すると、遠くからでは血に濡れてよく見えなかった細部も見ることができた。
このイキモノは確かに半獣、半獣半機だ。純生体ではない。
しかしまだ体の置換の進行はそれほど進んでおらず、多眼化がある程度完了した段階というところか。
手足はまだ爬虫類の生身のそれで、機械部品はほとんどない。
基地の飛行半獣なんかはその手足が翼型になり、腹部には分厚い装甲板とロケットエンジンのスラスターまで創生されている。
それと比べるとこいつはまだまだ「獣」だ。
”機械のタネ”に”感染”して2か月というところか。
そんなある意味”初期半獣”が見つかることは本当に稀だ。
この状態で捕獲できれば、ヒトの思うままの機能を有した個体へと成長させられる可能性がある。
ここ200年ほど、そんな機会は訪れず、観測隊では1000年の昔からいるカイと、リクがずっとヒトのチームと一緒に働いている。
傷ついているとは言え、この半獣はそうした戦力を増強できる千載一遇のチャンスだ。
「これはもしかして、機械脳酔い、ってやつでふらついたのかしらね」
彼女はそいつが滑り落ちてきたであろう方向を見上げながらつぶやく。
サイバー外科医の一般講習で聞いたが、タネによる機械化初期、特に生体脳インターフェース創生途上では、生体とでき始めたばかりの機械化脳、機械化部分の通信の同期に不具合が発生しやすく、強い”目眩”のような症状に襲われるとのこと。
ヒトならその時期は家でじっとしていればいいのだが、野生のイキモノの場合はそうもいかないだろう。
銃は降ろさずさらに近寄る。体色はほの紅い。
彼女が知っているドラゴン型はみんな雪のように白い。
これは機械置換途上の一時的な現象か。
彼女もこのぐらいの初期置換状態の半獣はあまり見たことがなく、判断はしかねた。
このあと強制環境適合が進み、白くなっていくのか。
腹部、背中ともに装甲板の成長もまだのようで、生体本来の鱗に覆われている。
しかしその鱗は滑落中に多くが剥がれ、そこから赤い血が流れている。
また、途中の岩棚で打ち付けたのか、腹部には骨が見えるほどの怪我をしておりそこからたくさんの血が流れている。
生体反応の一つである鼓動は1%/時程度で弱まりつつあり、さっきは谷の上からもかすかに聞こえたぜえぜえという荒い呼吸も弱まっているように感じる。
「かなり危険な状態ね。早く運ばなきゃ」
彼女は無線通信を入れる。
「本部、ラルフへ。こちらルナ。先程のイキモノはドラゴン型の初期半獣。怪我をして瀕死の状態。回収班の出動を。尾も含めて体長約2.5m」
「こちらラルフ。了解。回収班としてゲルトを呼び戻している。そちらには13分で現着。念のためビーコンの設置を。初期半獣のドラゴンとはスゴイな!」
「了解。ビーコン設置する。急いでね!」
といって、長目のライフルの薬莢のような金属の筒を雪の中に突き刺して起動させる。
通信を終えると彼女はさらに半獣に近づき、その大きな頭の横に腰掛けた。
頭部に手をかけ語りかける。
「もう少しだからね。頑張って。」
もう片手はしっかりと銃を握っている。警戒は怠ってはならない。辺りには血の匂いが色濃く漂っている。こうした瀕死のイキモノは他のイキモノの格好の獲物だ。
半獣の赤い多眼の目の一つが彼女を捉える。その眼にはまだ微かな光がある。
半獣は鋭い歯の間から血を流しながらも苦しそうな呼吸を続けていたが、突然、ゴボゴボと言う音ともに泡を吹き出し、その息が止まった。
「いけない!」
彼女は銃も置き、両手で半獣の頭を抱え下を向かせる。
爬虫類タイプとはいえここで暮らすイキモノは恒温性のはずだが、この半獣はすでに大量の出血と冷たい渓流の水で冷やされ、冷たくなりかけている。
ダババッと大量の血がその口から流れ、渓流の水と周囲の雪、そしてルナの隊支給の野戦服を真っ赤に染める。
血にはまだ温かさが残る。
「頑張って!」
鼓動も呼吸も絶え絶えだ。
彼女は大急ぎで自分の携帯バッグから応急処置キットを取り出して地面に広げる。
そこから何本かの注射器を取り出し、半獣の鱗の隙間から打ち込む。
しかしなかなか針が通らない。
生体の皮と筋肉の間に薄い金属の膜ができつつあるのだ。
半獣半機化が完了すればこれが体表面を多い装甲の一部となるはずだ。
ルナは仕方なく深い開いた傷口の方から注射を打ち込んでいった。
これは痛み止めと鎮静剤だ。ヒト型サイボーグ用だがこれだけ生体部分が支配的な個体なら効くはずだ。
彼女の華奢な体(ボディ)ならこれ1本で卒倒する量だが、この半獣の大きさとこの怪我ではまるで足りないかもしれない…
しかし注射が効いたのか、さらに血を吐いたあと、半獣は呼吸を取り戻した。
しかし、口と腹部の傷からの出血はまだ止まらない。
このままだと危険なことには変わりない。
(早く来て…)
片手で半獣の頭を支えつつ、もう片方の手でもう一度銃を握りしめ周りを警戒する。
この辺りはあの手のつけられない半獣のクマのテリトリーでもある。
空気にも水にも血の匂いは染み込んでいる。
このままだと鼻の効く奴らに確実に獲物にされてしまう。
ジリジリとした時間がすぎる。半獣の浅い呼吸。彼女は上半身を血だらけにし、下半身は冷たい水に浸かりながら半獣が血で窒息しないように首を支える。
そしてとうとう、血まみれの半獣を抱えた彼女の脳に直接通信が届く。
「ビーコン確認。降下開始する。降下に注意」
回収班の鳥形ドローンがまず到着したようだ。周囲をそのドローンがブンブン飛び回りつつ着地点をスキャンする。
「さあ、来たわよ。頑張って!」
半獣は浅く荒い息をさせながらも、赤い目をぐるぐると巡らす。瀕死になりながらもイキモノとしての本能が、別なイキモノの接近を感知して警戒しているのか。
「大丈夫。みんなあなたを助けに来たのよ」
上空でロケットスラスターの聞き慣れた音がする。大型のドラゴン型飛行半獣がホバリングしながらゆっくりと下降してくるのが見えた。飛行半獣のリクで、ゲルトはその使い手だ。
「こちらゲルト。今から降りる。ルナ、スラスターの噴射に気をつけて」
「柔らかく降りてね、でも急いでね」
ルナはスラスターが舞い上げる雪や小石から半獣を守るように半獣に覆いかぶさり、さらにその身を寄せた。
「さあ、ゲルトとリクが来てくれた。もうあとほんの少しよ」
半獣の赤い眼には、自分と似た姿だが、遥かに大きく、高度に機械化された飛行半獣の腹部が見えていたはずだ。
しかし半獣はその眼の機能をシャットダウンした。
半獣の中で無機合成されてできかけていた機械脳が、出血と駐車された薬剤で朦朧となって判断能力を失っている生体脳を緊急オーバーライドしたのだ。
そして生体脳に代わって、機械脳が周囲の状況から自身の「救出」を認識。
エネルギー温存のため、周囲警戒機能をシャットダウンさせたのだ。
下降してきた飛行半獣のリクからゲルトが飛び降り、続いて大型ストレッチャーを汎用ロボットが担いで降ろす。
ゲルト、ルナとロボットが傷ついた半獣をストレッチャーに運び上げる。ストレッチャーもゲルトもロボットも血まみれになっていく。
「こちらゲルト。ルナと半獣を回収。7分で戻る。ハッチCを開けておいて」
「こちらルナ、生体獣用の血液フルードをありったけレディさせておいて。着いたらすぐに輸液を始める!」
白い飛行半獣は小さな鳥形ドローンを従え、ルナと瀕死の半獣を乗せ、ゲルトの「出ます!」の掛け声とともに再び、ふわりと浮き上がった。
傷ついた半獣はその多眼に続き、機械脳それ自体もスリープモードに入れて、眠りに入った…
次に目覚める時が来るのか?
半獣の機械脳は生体のバイタル値を読み込み、最大限の自己修復機能を働かせつつも、自身が救われる確率を9%と、悲観的に見積もっていた…
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