嫌われていた竜は、人間として生きていきたい

黒胡鴨

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第一章

第五話 記憶と力

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 魔物たちが、柵を踏み倒しながらこちらに向かってくる。村全体に叫び声が響き渡り、人々は逃げ出す。その声は恐怖に満ちていた。
 リオはベイジに腕を掴まれ、引っ張られる。ベイジの手は汗で濡れていた。

「早く、逃げるぞ!」

 ベイジに引っ張られながら家のある方向に逃げ出す。背後からは、何かが潰れるような鈍い音、それに続くように叫び声が耳に響いていた。だが、リオ達には振り向く余裕はなかった。
 家の扉が視界に入る。扉まで大した距離は無いのに遠く感じる。更に、リオの背後からはいくつもの吐息と足音が間近に迫っていた。背筋が凍る。呼吸が乱れ、足が重く感じる。止まったら確実な死が待っている。だから、足を止める訳にはいかなかった。

「あと、もう少しでーー」

 ベイジが玄関の扉に手をかけて、扉を開ける。二人は飛び込む形で中に入る。振り向くと、魔物たちが血走った目をこちらに向けながら目と鼻の先まで迫っていた。ベイジが咄嗟に扉を締める。

「リオ!扉を——」

 ベイジが言い終わる前にリオは動いていた。扉のそばにある木の板をカンヌキのように引っ掛ける。その瞬間——扉に大きな衝撃が走る。魔物たちが扉に突進しているようだ。扉が軋む。衝撃によって家の中の空気が揺れる。ベイジとリオは息を殺し、時が過ぎるのを待った。
 どれだけ待ったのだろう。ようやく音が止むと、扉の外から、唸り声がしたかと思うと、複数の足音が遠ざかって行くような音が聞こえてくる。諦めてくれたのだろう、そう思いながら、リオは胸をなで下ろす。気がつくと体中が汗で濡れてぐしょぐしょになっていた。視線をベイジの方に向けると、ベイジは扉の近くに背中を預け座り込んでいた。体は汗で濡れ、見ただけで分かるほど肩が震えていた。

「大丈夫か、リオ」

 自身のことよりもリオのことを心配するような声をかけてくる。しかし、ベイジの声は震えていた。

「うん。大丈夫だよ」

 無理やりにでも笑顔をつくり、ベイジに見せる。少しでもベイジを安心させるためのできる限りの笑顔だった。
 リオは少し落ち着きを取り戻すと、立ち上がる。おぼつかない足取りで、小さな窓から外の様子をうかがう。家の外はあまりにも悲惨だった。大量の死体、血液の水たまり。それに群がり食べている魔物たち。更に、窓越しだというのに感じる、生臭い鉄の匂い。その臭いに喉の奥が刺激され、吐き気を催し、口を手で抑える。リオはその景色を理解したくなかった。理解してしまったら、死にたいと思ってしまうほどだった。
 しばらくすると、ベイジも落ち着きを取り戻したのか、立ち上がり、リオに声を掛ける。

「ここは俺に任せて、レインを見てきてくれないか」

 ベイジも不安でいっぱいということはリオは理解していたが、小さく頷くことしかできなかった。
 階段を一段、一段と音を出来るだけ鳴らさないように、時間をかけながら慎重に登っていく。軋むような音がするたびに息が一瞬止まる。ようやく二階まで登り切り、レインの部屋の扉の前で止まる。
 扉に手をかけ、音が鳴らないようにゆっくり開けていく。扉を半分開けた辺りで部屋を覗き込む。部屋の中を覗き込んだリオは、一気に開ける。その部屋の中には、誰もいなかった。
 落ち着いていたリオの息が荒くなっていく、先程まで保っていた平静が崩れていく。その場に座り込む。
 そして、何度も部屋の中を見渡す。何度も、何度も。何度見渡しても、レインの姿は見当たらない。頭が全く働かない。なぜ、姿が見えないのか、考えることができなかった。
 ふと、窓が空いていることに気がつく。リオは体を乗り出す勢いで、窓の外を見る。外を歩いている人影が見える。——レインの姿だった。
 レインは、しっかりとした足取りで、三人のとっておきと呼んでいた場所の方に向かっていた。

「レイ——」

 レインの名前を呼ぼうとした。
 その時——、下から大きな音が聞こえてくる。

「ベイジ!?」

 振り向き、下に向かおうとする。だが、リオの足が止まる。窓の方を見て悩む素振りをするが、すぐに振り返り、下に向かう。
 一階に降りてくると、土煙が舞っており、玄関の扉が破壊されていた。咳き込みながらも辺りを見渡すと、魔物が侵入してきたことは確実だということが分かった。床には人間のものとは思えない血の足跡が玄関から物置まで続いていたからだ。再び、恐怖と不安が込み上げてくる。けれど、リオは足音がしないように足跡を辿っていく。物置の目の前まで来ると、魔物の吐息が聞こえてきた。心臓の音が大きくなっていく。覗くことを躊躇していると、中から魔物の吐息とは別に、人の唸り声が混ざっていた。リオは物置を覗く。そこには、自分と同じくらいの背丈を持ったゴブリンが立っていた。体の至る所に血が付着しており、手に持っていた棍棒は真っ赤に染まっていた。
 丁度その時、ゴブリンの持つ棍棒が、奥で倒れているベイジに振り下ろされそうになっていた。

「や、やめて!」

 リオは、ゴブリンの首に飛びつく。ゴブリンは突然のことにパニックになる。体を揺らし、棍棒を振り回し、リオを引き剥がそうとする。ついに、リオはゴブリンから引き剥がされ、吹き飛び、物置の棚に背中を打ち付けられ、肺の空気が叩き出される。気を失いそうになりそうだったが、なんとか意識を保ち、ゴブリンに視線を向ける。ゴブリンを見ると、ゴブリンは追撃をしようとはせず、ニヤリと笑みを浮かべると、再び、棍棒を振り上げ、ベイジに向かって振り下ろそうとしていた。 

「いや、やめて。お願い……」

 リオの指先に、何かが当たる。ーーナイフだ。
 そのナイフを力強く握りしめると、ゴブリンに突進し、首元に突き刺す。ナイフはゴブリンの皮膚を貫通し、そこから血が溢れ出す。ゴブリンは、棍棒を床に落とすと首元を抑える。だが、血は止まることなく、ゴブリンはその場に倒れる。痙攣しながら血を口からも吹き出し、次第に痙攣は止まり、ゴブリンは動かなくなった。リオはゴブリンが動かなくなったことを確認すると、ベイジに近寄っていく。しかし、途中で止まる。頭を抱え。

(なん、で、頭が、割れるように痛いーー)

 リオの頭に膨大な記憶が流れる。刺されて殺された時のこと、、それは、すべて本当に自分に起きた事実という事を疑問に思うことなく受け入れた。そして、自分が何者なのかを思い出していく。

「そ、そうだ。私は……」

 その時、物置の外から、足音が聞こえてくる。ゴブリンだった。鼻息は荒く、目の前のゴブリンと同じように棍棒を持ち、体は生臭い血で染まっていた。獲物を見つけて、ご機嫌なのか笑みを浮かべるが、目線をリオの後ろの方に向ける。リオの後ろにはゴブリンの死体。仲間意識があるのか、それを見ると、怒ったのか。

「グギャァァァ!」

 醜悪さのある唸り声を上げ、リオに襲いかかってくる。リオは避けようとはせず、座り込んでいた。しかし、心の奥は不安や恐怖で染まっていなかった。その間も、ゴブリンの棍棒が、リオの頭を狙って迫ってくる。直撃すると思われた瞬間——
 ゴブリンが炎に包まれる。炎はゴブリンの体と棍棒だけを燃やし、棍棒は一瞬で燃え尽きる。ゴブリンは炎を消そうともがくが、あっという間に体は燃え尽き、ボロボロに崩れていく。それは、普通の炎ではなく、リオが放った魔法だった。
 
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