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「あ、ゆーゆー、良いタイミングで戻ってきたね~」
部屋に荷物を置いて、ベッドとテーブルがあることを確認して、さっさとリビングに戻ってきた。
「いいタイミング?」
……助けを求めるような目でこっちを見てる日和には悪いけど、俺からは何もできないので、日和と目を合わせないように、深鈴の方を見る。
「今日の晩ご飯、ひよりんがこの調子だから何か作るんだけど……ゆーゆーって料理できる?」
「……一応はできるよ。お店で出てくるようなのは作れないけど」
「お店って……そんなの私も無理無理。ひよりんなら作れそうだよね」
「夏姉のお店以外では嫌よ。面倒」
「夏姉のお店?」
「ひよりん、たまに夏姉のところでキッチンを手伝ってるからね」
「……すごいな、それ」
「それじゃあ今度、ゆーゆーへの紹介も兼ねて、ひよりんの本気料理のフルコースだね」
「はぁ……分かったわよ。分かったから、リクエストにも応えるから……ちょーっとだけ休憩してもいい……よね?」
「その冊子が終わったらいいよ~」
「……鬼」
昔から夏姉に料理を教えてもらってたのは知ってたけど、そのレベルだったとは……一応できるとか言った自分が恥ずかしい。
「それじゃあ、ゆーゆー、晩ご飯作るの手伝ってもらっていいかな?」
「ん、分かった」
深鈴とキッチンに並び、それぞれの作業をする。キッチンからは日和の背中が見えているので日和も黙々と宿題を進めていた。
不思議と、深鈴が今何をして、次に何をするのかが分かる。次に深鈴が使うものが俺の近くにあれば、深鈴の近くに置く。その逆もあったりで驚いてるけど、作る物が分かってるからなんだと思う。そう思い、いつもより包丁を持つ指先に集中した。
「──こうして一緒に何かをやってると、連弾、思い出さない?」
一段落し、少し待ち時間が出来た時、料理に目線を向けたまま、そう話しかけてきた。
「あぁ……だからか」
「だから?」
「次に何をしようとしてるとか、何となく分かったのって作る料理が決まってるからだと思ってた」
「あはは……それもあると思うけど、こんなにやりやすかったのは初めてかな~」
「だよな。一人の時よりも断然やりやすかったよ」
「まだ指動く?」
「さぁ、どうだろ。美風を離れてから一回も触ってないんだよな。深鈴はまだ続けてるのか?」
「んー、たまに学校のピアノを触らせてもらうくらいかな。弾いてる時は面倒なこととか忘れられるからね」
「…………」
面倒なこと……昔あったことを思い出して、言葉に詰まる。
「あ、ごめんね。昔みたいなことじゃないよ~。生徒会のことでたまに面倒なことが起きるんだよ~」
「生徒会?」
「って言っても二人しかいない生徒会だけどね」
「二人って……」
必死に宿題をする背中を見て、首を横にブンブンと振る。いくらなんでもこんなギリギリまで宿題をやってるやつが生徒会役員なんて……ないない。そうだよな、という感じで深鈴の方を見る。
「──ふふっ」
「……マジか」
「あんた、言っとくけど全部聞こえてるからね。宿題が終わったら覚悟しときなさいよ」
「ひよりーん。ギリギリまで宿題やってるんだから、何も言えないよ~。ちなみに、まだ言うなら晩ご飯をピーマン定食に変更するからね」
「あたしが悪かったです、宿題終わらせるので勘弁してください」
……あっさり。
というか、ピーマン苦手なのか。
「日和、ほんと弱いな……」
「しょーがないでしょ。全てこの宿題が悪いのよ」
「ひ、よ、り、ん?」
「と思ったけど、よくよく考えたらあたしが悪いかもしれない」
「というか、ひよりん……祭りの準備もあるんだから、勉強もちゃんとやってね~」
「はーい」
そんなこんな、料理を作り終え三人でテーブルを囲む。
「「「いただきます」」」
三人でご飯を食べ始め、とすぐに離れていた時の話題になった。とはいえ、俺は向こうで特に何もしていなかったせいで、俺の話というより、美風と穂泉以外の町はどんな町なのか、その辺の話題が主だったわけだけど。
「──やっぱり、向こうだとクラス替えってあるんだね~」
「それに、二十四時間営業とか……ありえないわ」
「穂泉にもないのか?」
「あるわけないじゃない。一番遅くても十時で閉まるわよ」
「……マジか」
「お野菜の無人販売所とか、まだ残ってたりするよ~」
「おぉぉ……あれも残ってたのか」
昔、おつかいで散々通ったけど、向こうに行ってからあれがないことには驚いた。
「まぁ、観光客増えてるし、防犯カメラ付けたりしてる人も増えてきたね~」
「あっ、観光客と言えば……ゆーゆー、美風祭のこと、覚えてる?」
「んー……覚えてるには覚えてるけど、ゲスト側だからな。運営側のことは知らないな」
「そりゃそうだよ~。私達も去年初めて運営側だったからね~」
「運営側……大変そうなイメージしかないんだけど」
「あはは……大変だよ~。ほんと……うん」
「鈴は特にね」
「特に?」
「実行委員長だもん。んで、あたしが副委員長」
「…………え?」
「鈴が生徒代表。学校側のリーダー。オッケー?」
「いやー、まぁ、そこはいい。深鈴はいい。その後だよその後。あたしが……の後だよ」
「だから、あたし……副委員長。簡単に言えば生徒運営側のナンバーツー」
「……深鈴?」
「うん、全部ほんとだよ~。学校の中のことはひよりんに任せるつもり」
二人しかいない生徒会なんて話も聞いてたから、まさか……と思ったけど、そのまさかだったようだ。
「優也。あんたの言いたいことは分かる、よーく分かる。でも今は何も言わないで……」
「……お、おう……自覚はあったんだな」
夏休みのギリギリまで宿題やってるナンバーツーがどこに……って自覚はあるみたいだ。自覚があるだけマシかもしれないけど。
「ちなみに、ゆーゆーが知ってる祭りよりも観光客が増えてて大変なことになってるからね~」
「そうなのか?」
「二倍か三倍……いや、もっとかな」
俺が知ってる祭りの時も、かなり人が多いイメージだったけど……向こうに居る時は、「一度は行って見たい観光地!」みたいな特集を組まれていたくらいだから、観光客が年々増えていくのも納得だ。
「まぁ、祭りなんだし、楽しまないと意味ないわよね」
「ひよりん……それはそうなんだけど、私達が頑張らないと、色んな意味で祭りが終わっちゃうからね~。そうなると私達には地獄が待ってるからね」
「鈴……あたしは今が一番地獄なんだけど」
「それはひよりんのせいだよ……」
そんな他愛もない話をしているうちにご飯を食べ終え、日和は宿題を始めた。
「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。明日の準備、まだ残ってるんだよね」
「明日?」
「祭りの打ち合わせ。学校であるんだけど、それに行かなきゃいけないんだよ~」
「鈴、悪いわね。ほんとはあたしも居なきゃいけないのに」
「まだ大まかな部分を決めてるだけだから大丈夫だよ~。何か決まったら伝えるよ」
「うん、ありがと」
「それじゃ、二人ともまたね~。それと、ゆーゆー、洗い物、残しちゃってごめんね」
「それくらい良いけど、家まで送るよ。日も暮れてるし」
「悪いよ……今日帰ってきたばっかりで、疲れてるだろうし」
「鈴……送ってもらいなさいよ」
「でも……」
「じゃあ、帰る深鈴の後ろを俺が散歩するってことで」
「もう……それじゃあ、お願いしようかな。ひよりん、ちゃんと宿題やるんだよ~」
「はーい。二人とも気を付けてね~。あと優也、帰り道迷わないように」
「はは……気を付けるよ」
深鈴と家を出て、街灯の少ない夜道を並んで歩く。昔ここに住んでた時は気付かなかったし、向こうでは空を見上げることもなかったけど……美風の夜空は星がよく見えて綺麗だと思った。空ばかり見ているわけにもいかず、前へと視線を戻す。
「ゆーゆー、寒くない?」
「寒くはないけど、向こうにいた時よりは涼しいな」
「風邪、気を付けてね。美風は夏でも日が暮れたら一気に冷えるからね」
「そういえばそうだったな……忘れてたよ」
昔は気を付けてたはずだったのに、すっかり忘れていた。観光案内にも、注意書きがされていたような気がする。
「寒くないなら良かった。それじゃあ……ちょっと、いいかな?」
「……ん?」
さっきよりも、低く落ち着いた声。リビングで正座していた時ほどじゃないけど、本能的に背筋が伸びた。
「ひよりんも、なっちゃんも、もしかしたら同じことを言うかもしれないけど……もう、勝手にいなくなるのはダメだよ?」
「深鈴……ごめん」
「分かってくれれば私はいいんだよ。でも、ひよりん達がこの話をしても、めんどくさがらずにちゃんと答えてあげてね」
「うん……もちろん」
「良かった。後は……そうだね、私達が知らないゆーゆーをもっと教えてね? 顔見るだけで考えてることが分かるくらいに」
「日和みたいな感じか」
まだ再会して数時間だけど、二人がどんな関係なのかは言うまでもない。お互いの言いたいことや考えてることは、顔を見なくても本当に分かるんだろう。
「そうそう。ひよりんのことなら、何でも分かるよ。今なら……宿題じゃなくて、ココア作ってると思うよ」
「これで日和がココア作ってたら本当に凄いな……」
「いつものことだからね……じゃなくて、それくらいになるまで、色々教えてね?」
「それを言うなら……深鈴達のことも知りたいな」
「私達のことはこれから色々教えてあげるよ~。そのために、祭りの実行委員を手伝ってくれると私としては嬉しいよ。一緒に過ごす時間も増えると思うし」
「今日帰ってきたばっかりで、まだ学校に行ったことないんだけど」
「あはは……だよね~。半分くらいは冗談だよ~」
「半分なんだな」
「まぁまぁ、頭の片隅にでも置いておいてよ」
「了解、覚えとくよ」
「うんっ」
会話が途切れ、辺りを見回してみると、深鈴の家の近くまで来ていた。
「道、ちゃんと覚えてるみたいだね~。帰り道、少し心配だったんだよ」
「日和の家、深鈴の家、夏姉の家、丘。この辺はちゃんと覚えてるよ」
「覚えているようで何より何より。なっちゃんの所にも近いうちに行かないとだね~」
「なぁ、昔から気になってたんだけどさ。深鈴は夏姉のこと、なっちゃんって呼ぶよな。理由でもあるのか?」
昔はそういうものくらいにしか思ってなかったけど、改めて聞くと少しだけ気になる。
「三人で遊ぶようになって少しして、なっちゃんの所に行ったの覚えてる?」
「……そんなことがあったようななかったような」
「その時、二人が夏姉って呼んでて、でも初めて会うお姉さんだし、夏菜お姉さんって呼んだの、覚えてない?」
「……覚えてない」
「はぁ……そしたら、なっちゃんって呼んでって言われて、なっちゃんさんとか色々試したんだけど、なっちゃんって言うまで口を聞いてくれなかったの」
「そんなことがあったのか」
「その場にゆーゆーもいたんだけどね」
「全然覚えてなかった」
「私と最初に出会った時のことは覚えてる?」
「それは覚えてる……というか、偶然みたいなもんだったよな」
「あはは……だね~」
昔、深鈴と出会った時のことを思い出す。
「あの時の第一印象、かなり失礼なこと思ってたんだよね~」
「悪い、俺も」
「私が言ったら、ゆーゆーも言ってくれる?」
「それはいいけど……今から失礼なことを言い合うんだよな?」
「そうなるね」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「ゆーゆーこそ」
失礼だったと思ってても、今になれば笑い話になったり、自分だったとしても子供の考えていることって不思議と面白い。
「私はね、こんなに走り回ってそうな子がピアノ……似合わないとか思ってたんだよね。ゆーゆーだけじゃなく、音楽をする男の子全員に謝りたいよ」
「俺もピアノを弾いてるこんなに大人しそうな子が走り回る姿とか想像できなかったし、関わることなんてないんだろうなって思ってた」
「私も大概だけど、ゆーゆーも結構ひどいこと思ってたね~」
「そのせいか、それより後も何もなかったよな」
「そうそう。それで、丘に向かう二人とたまたま出会って、ひよりんに半分強引に連れていかれて、それからだね」
「あの時、深鈴の運動神経が意外と良いことに驚いたんだよな」
「私はあの時、ひよりんに驚かされっぱなしだったんだよね。あんな女の子がいるんだって、びっくりしちゃった」
「今から思うと、深鈴が橘さんって呼んでたのも、結構変だよな」
「風見さん、橘さん……懐かしい呼び方だね~。なっちゃんと同じように、橘さん禁止令が出ちゃったけど」
「俺や日和のあだ名を考えたのも夏姉だったっけ」
「そうそう。禁止令を出されて少しして、なっちゃんのとこに集まって、そのあだ名が出て来たね」
「俺は気にしなかったけど、最初の方はひよりんも禁止令出てただろ」
「なっちゃんが言ったから、ってことで無視してたけどね~。鶴の一声みたいな感じで、なっちゃんの言うことってほぼ絶対だったし」
「今はどうなんだ?」
「今もあんまり変わらないかな。昔みたいに、なんでもイエスってわけじゃないけど……考えても納得しちゃうことの方が多いし」
昔話をこのまま続けたくはあるけど、いつに間にか深鈴の家の前に着いていた。
「あらら……もう着いちゃった。ひよりんの宿題、頼んだよ~」
「了解、頼まれた」
「あっ! そうだ、大事なこと言うの忘れてたよ」
「ん?」
「色々あってまだだったけど……おかえり、ゆーゆーっ」
「そういえば、深鈴にはまだ言えてなかったな……ただいま、深鈴。また色々よろしくお願いします」
「うん、こちらこそだよっ。それじゃ、またね~」
「あぁ、またな」
少し微笑んで、手を振った後、深鈴は家へと歩いて行く。そんな深鈴を家の中に入るまで見送ってから、俺も家へと帰った。
部屋に荷物を置いて、ベッドとテーブルがあることを確認して、さっさとリビングに戻ってきた。
「いいタイミング?」
……助けを求めるような目でこっちを見てる日和には悪いけど、俺からは何もできないので、日和と目を合わせないように、深鈴の方を見る。
「今日の晩ご飯、ひよりんがこの調子だから何か作るんだけど……ゆーゆーって料理できる?」
「……一応はできるよ。お店で出てくるようなのは作れないけど」
「お店って……そんなの私も無理無理。ひよりんなら作れそうだよね」
「夏姉のお店以外では嫌よ。面倒」
「夏姉のお店?」
「ひよりん、たまに夏姉のところでキッチンを手伝ってるからね」
「……すごいな、それ」
「それじゃあ今度、ゆーゆーへの紹介も兼ねて、ひよりんの本気料理のフルコースだね」
「はぁ……分かったわよ。分かったから、リクエストにも応えるから……ちょーっとだけ休憩してもいい……よね?」
「その冊子が終わったらいいよ~」
「……鬼」
昔から夏姉に料理を教えてもらってたのは知ってたけど、そのレベルだったとは……一応できるとか言った自分が恥ずかしい。
「それじゃあ、ゆーゆー、晩ご飯作るの手伝ってもらっていいかな?」
「ん、分かった」
深鈴とキッチンに並び、それぞれの作業をする。キッチンからは日和の背中が見えているので日和も黙々と宿題を進めていた。
不思議と、深鈴が今何をして、次に何をするのかが分かる。次に深鈴が使うものが俺の近くにあれば、深鈴の近くに置く。その逆もあったりで驚いてるけど、作る物が分かってるからなんだと思う。そう思い、いつもより包丁を持つ指先に集中した。
「──こうして一緒に何かをやってると、連弾、思い出さない?」
一段落し、少し待ち時間が出来た時、料理に目線を向けたまま、そう話しかけてきた。
「あぁ……だからか」
「だから?」
「次に何をしようとしてるとか、何となく分かったのって作る料理が決まってるからだと思ってた」
「あはは……それもあると思うけど、こんなにやりやすかったのは初めてかな~」
「だよな。一人の時よりも断然やりやすかったよ」
「まだ指動く?」
「さぁ、どうだろ。美風を離れてから一回も触ってないんだよな。深鈴はまだ続けてるのか?」
「んー、たまに学校のピアノを触らせてもらうくらいかな。弾いてる時は面倒なこととか忘れられるからね」
「…………」
面倒なこと……昔あったことを思い出して、言葉に詰まる。
「あ、ごめんね。昔みたいなことじゃないよ~。生徒会のことでたまに面倒なことが起きるんだよ~」
「生徒会?」
「って言っても二人しかいない生徒会だけどね」
「二人って……」
必死に宿題をする背中を見て、首を横にブンブンと振る。いくらなんでもこんなギリギリまで宿題をやってるやつが生徒会役員なんて……ないない。そうだよな、という感じで深鈴の方を見る。
「──ふふっ」
「……マジか」
「あんた、言っとくけど全部聞こえてるからね。宿題が終わったら覚悟しときなさいよ」
「ひよりーん。ギリギリまで宿題やってるんだから、何も言えないよ~。ちなみに、まだ言うなら晩ご飯をピーマン定食に変更するからね」
「あたしが悪かったです、宿題終わらせるので勘弁してください」
……あっさり。
というか、ピーマン苦手なのか。
「日和、ほんと弱いな……」
「しょーがないでしょ。全てこの宿題が悪いのよ」
「ひ、よ、り、ん?」
「と思ったけど、よくよく考えたらあたしが悪いかもしれない」
「というか、ひよりん……祭りの準備もあるんだから、勉強もちゃんとやってね~」
「はーい」
そんなこんな、料理を作り終え三人でテーブルを囲む。
「「「いただきます」」」
三人でご飯を食べ始め、とすぐに離れていた時の話題になった。とはいえ、俺は向こうで特に何もしていなかったせいで、俺の話というより、美風と穂泉以外の町はどんな町なのか、その辺の話題が主だったわけだけど。
「──やっぱり、向こうだとクラス替えってあるんだね~」
「それに、二十四時間営業とか……ありえないわ」
「穂泉にもないのか?」
「あるわけないじゃない。一番遅くても十時で閉まるわよ」
「……マジか」
「お野菜の無人販売所とか、まだ残ってたりするよ~」
「おぉぉ……あれも残ってたのか」
昔、おつかいで散々通ったけど、向こうに行ってからあれがないことには驚いた。
「まぁ、観光客増えてるし、防犯カメラ付けたりしてる人も増えてきたね~」
「あっ、観光客と言えば……ゆーゆー、美風祭のこと、覚えてる?」
「んー……覚えてるには覚えてるけど、ゲスト側だからな。運営側のことは知らないな」
「そりゃそうだよ~。私達も去年初めて運営側だったからね~」
「運営側……大変そうなイメージしかないんだけど」
「あはは……大変だよ~。ほんと……うん」
「鈴は特にね」
「特に?」
「実行委員長だもん。んで、あたしが副委員長」
「…………え?」
「鈴が生徒代表。学校側のリーダー。オッケー?」
「いやー、まぁ、そこはいい。深鈴はいい。その後だよその後。あたしが……の後だよ」
「だから、あたし……副委員長。簡単に言えば生徒運営側のナンバーツー」
「……深鈴?」
「うん、全部ほんとだよ~。学校の中のことはひよりんに任せるつもり」
二人しかいない生徒会なんて話も聞いてたから、まさか……と思ったけど、そのまさかだったようだ。
「優也。あんたの言いたいことは分かる、よーく分かる。でも今は何も言わないで……」
「……お、おう……自覚はあったんだな」
夏休みのギリギリまで宿題やってるナンバーツーがどこに……って自覚はあるみたいだ。自覚があるだけマシかもしれないけど。
「ちなみに、ゆーゆーが知ってる祭りよりも観光客が増えてて大変なことになってるからね~」
「そうなのか?」
「二倍か三倍……いや、もっとかな」
俺が知ってる祭りの時も、かなり人が多いイメージだったけど……向こうに居る時は、「一度は行って見たい観光地!」みたいな特集を組まれていたくらいだから、観光客が年々増えていくのも納得だ。
「まぁ、祭りなんだし、楽しまないと意味ないわよね」
「ひよりん……それはそうなんだけど、私達が頑張らないと、色んな意味で祭りが終わっちゃうからね~。そうなると私達には地獄が待ってるからね」
「鈴……あたしは今が一番地獄なんだけど」
「それはひよりんのせいだよ……」
そんな他愛もない話をしているうちにご飯を食べ終え、日和は宿題を始めた。
「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。明日の準備、まだ残ってるんだよね」
「明日?」
「祭りの打ち合わせ。学校であるんだけど、それに行かなきゃいけないんだよ~」
「鈴、悪いわね。ほんとはあたしも居なきゃいけないのに」
「まだ大まかな部分を決めてるだけだから大丈夫だよ~。何か決まったら伝えるよ」
「うん、ありがと」
「それじゃ、二人ともまたね~。それと、ゆーゆー、洗い物、残しちゃってごめんね」
「それくらい良いけど、家まで送るよ。日も暮れてるし」
「悪いよ……今日帰ってきたばっかりで、疲れてるだろうし」
「鈴……送ってもらいなさいよ」
「でも……」
「じゃあ、帰る深鈴の後ろを俺が散歩するってことで」
「もう……それじゃあ、お願いしようかな。ひよりん、ちゃんと宿題やるんだよ~」
「はーい。二人とも気を付けてね~。あと優也、帰り道迷わないように」
「はは……気を付けるよ」
深鈴と家を出て、街灯の少ない夜道を並んで歩く。昔ここに住んでた時は気付かなかったし、向こうでは空を見上げることもなかったけど……美風の夜空は星がよく見えて綺麗だと思った。空ばかり見ているわけにもいかず、前へと視線を戻す。
「ゆーゆー、寒くない?」
「寒くはないけど、向こうにいた時よりは涼しいな」
「風邪、気を付けてね。美風は夏でも日が暮れたら一気に冷えるからね」
「そういえばそうだったな……忘れてたよ」
昔は気を付けてたはずだったのに、すっかり忘れていた。観光案内にも、注意書きがされていたような気がする。
「寒くないなら良かった。それじゃあ……ちょっと、いいかな?」
「……ん?」
さっきよりも、低く落ち着いた声。リビングで正座していた時ほどじゃないけど、本能的に背筋が伸びた。
「ひよりんも、なっちゃんも、もしかしたら同じことを言うかもしれないけど……もう、勝手にいなくなるのはダメだよ?」
「深鈴……ごめん」
「分かってくれれば私はいいんだよ。でも、ひよりん達がこの話をしても、めんどくさがらずにちゃんと答えてあげてね」
「うん……もちろん」
「良かった。後は……そうだね、私達が知らないゆーゆーをもっと教えてね? 顔見るだけで考えてることが分かるくらいに」
「日和みたいな感じか」
まだ再会して数時間だけど、二人がどんな関係なのかは言うまでもない。お互いの言いたいことや考えてることは、顔を見なくても本当に分かるんだろう。
「そうそう。ひよりんのことなら、何でも分かるよ。今なら……宿題じゃなくて、ココア作ってると思うよ」
「これで日和がココア作ってたら本当に凄いな……」
「いつものことだからね……じゃなくて、それくらいになるまで、色々教えてね?」
「それを言うなら……深鈴達のことも知りたいな」
「私達のことはこれから色々教えてあげるよ~。そのために、祭りの実行委員を手伝ってくれると私としては嬉しいよ。一緒に過ごす時間も増えると思うし」
「今日帰ってきたばっかりで、まだ学校に行ったことないんだけど」
「あはは……だよね~。半分くらいは冗談だよ~」
「半分なんだな」
「まぁまぁ、頭の片隅にでも置いておいてよ」
「了解、覚えとくよ」
「うんっ」
会話が途切れ、辺りを見回してみると、深鈴の家の近くまで来ていた。
「道、ちゃんと覚えてるみたいだね~。帰り道、少し心配だったんだよ」
「日和の家、深鈴の家、夏姉の家、丘。この辺はちゃんと覚えてるよ」
「覚えているようで何より何より。なっちゃんの所にも近いうちに行かないとだね~」
「なぁ、昔から気になってたんだけどさ。深鈴は夏姉のこと、なっちゃんって呼ぶよな。理由でもあるのか?」
昔はそういうものくらいにしか思ってなかったけど、改めて聞くと少しだけ気になる。
「三人で遊ぶようになって少しして、なっちゃんの所に行ったの覚えてる?」
「……そんなことがあったようななかったような」
「その時、二人が夏姉って呼んでて、でも初めて会うお姉さんだし、夏菜お姉さんって呼んだの、覚えてない?」
「……覚えてない」
「はぁ……そしたら、なっちゃんって呼んでって言われて、なっちゃんさんとか色々試したんだけど、なっちゃんって言うまで口を聞いてくれなかったの」
「そんなことがあったのか」
「その場にゆーゆーもいたんだけどね」
「全然覚えてなかった」
「私と最初に出会った時のことは覚えてる?」
「それは覚えてる……というか、偶然みたいなもんだったよな」
「あはは……だね~」
昔、深鈴と出会った時のことを思い出す。
「あの時の第一印象、かなり失礼なこと思ってたんだよね~」
「悪い、俺も」
「私が言ったら、ゆーゆーも言ってくれる?」
「それはいいけど……今から失礼なことを言い合うんだよな?」
「そうなるね」
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「ゆーゆーこそ」
失礼だったと思ってても、今になれば笑い話になったり、自分だったとしても子供の考えていることって不思議と面白い。
「私はね、こんなに走り回ってそうな子がピアノ……似合わないとか思ってたんだよね。ゆーゆーだけじゃなく、音楽をする男の子全員に謝りたいよ」
「俺もピアノを弾いてるこんなに大人しそうな子が走り回る姿とか想像できなかったし、関わることなんてないんだろうなって思ってた」
「私も大概だけど、ゆーゆーも結構ひどいこと思ってたね~」
「そのせいか、それより後も何もなかったよな」
「そうそう。それで、丘に向かう二人とたまたま出会って、ひよりんに半分強引に連れていかれて、それからだね」
「あの時、深鈴の運動神経が意外と良いことに驚いたんだよな」
「私はあの時、ひよりんに驚かされっぱなしだったんだよね。あんな女の子がいるんだって、びっくりしちゃった」
「今から思うと、深鈴が橘さんって呼んでたのも、結構変だよな」
「風見さん、橘さん……懐かしい呼び方だね~。なっちゃんと同じように、橘さん禁止令が出ちゃったけど」
「俺や日和のあだ名を考えたのも夏姉だったっけ」
「そうそう。禁止令を出されて少しして、なっちゃんのとこに集まって、そのあだ名が出て来たね」
「俺は気にしなかったけど、最初の方はひよりんも禁止令出てただろ」
「なっちゃんが言ったから、ってことで無視してたけどね~。鶴の一声みたいな感じで、なっちゃんの言うことってほぼ絶対だったし」
「今はどうなんだ?」
「今もあんまり変わらないかな。昔みたいに、なんでもイエスってわけじゃないけど……考えても納得しちゃうことの方が多いし」
昔話をこのまま続けたくはあるけど、いつに間にか深鈴の家の前に着いていた。
「あらら……もう着いちゃった。ひよりんの宿題、頼んだよ~」
「了解、頼まれた」
「あっ! そうだ、大事なこと言うの忘れてたよ」
「ん?」
「色々あってまだだったけど……おかえり、ゆーゆーっ」
「そういえば、深鈴にはまだ言えてなかったな……ただいま、深鈴。また色々よろしくお願いします」
「うん、こちらこそだよっ。それじゃ、またね~」
「あぁ、またな」
少し微笑んで、手を振った後、深鈴は家へと歩いて行く。そんな深鈴を家の中に入るまで見送ってから、俺も家へと帰った。
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