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286.邸で大公が倒れた日〜ヘルトside
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「私の可愛いアリー」
娘の部屋をノックしてから開ければ、泣き疲れて寝てしまったらしい大公の子供達を自分の寝室のベッドに寝かしつけていた。
大公が倒れた時に能面のような顔をして静観していた娘は、直後にそこの2人に泣きつかれた。
能面のような顔がほんの数秒何かを胸の内で逡巡したと思うとため息を吐き、すぐにその場から走り去り、またすぐに戻って来た。
実は昔ミレーネが発作を起こした時に飲ませていた薬がまだ1粒だけ残っていたと知ったのはこの時だ。
薬を口の中に押し込まれ、持ち直した大公は別室で静かに休ませている。
「父様、どうかしたの?」
2人に布団を掛けてからドアを開けて待つ私の元に来た。
後ろに控えていた専属侍女のニーアに軽く目配せし、羽根のように軽い体を抱き上げて執務室へと転移する。
いつものソファに座っていつも通りに膝に乗せた。
「ヒュイルグ国王の元にしばらく行ってみないかい?
もちろん婚約も婚姻もしたくないならしなくて良い」
「····どうして?」
紫暗の目が私の真意を確かめるように怪訝そうに覗きこむ。
「そうだね····お前はエヴィン国王に嫁ぎたいかな?」
「え、それは嫌」
「でも今回の彼は本気なようだ」
顰めた顔と即答に気分を良くしながらも、続ける。
この子が数年前に王族誘拐事件に巻きこまれたのをロリコン野郎が知り、体調が安定するのを待って内密にだが婚姻を打診してきた。
周りは婚約だと思っているが、燃やしたあの書類には婚姻の打診を示す内容が書かれてあった。
あのロリコン野郎、うちの子が拐われたのがそんなにショックだったのか。
婚約を飛ばして婚姻とは、随分焦っている。
「うーん····わかった」
ふいっ、と目線を外して首から下げた巾着型のマジックバックを片手でギュッと握る。
時々イタチに变化する妹の為にレイヤードが作った力作で、認識阻害効果がある。
もし拐われた場合、イタチになって背中に背負って蹲っていれば見つかりにくいらしい。
うちの息子の才能が留まることを知らない。
「でも····大公は助けたくない」
ミレーネの時のように助けられないとは言わない。
やはり今ならその巾着に入れて肌身離さず持ち歩く懐中時計型の魔具で助けられるんだろう。
大公が倒れた時に静観していたのは、助ける事を迷っていたからか?
「私の可愛いアリー。
お前の心のままに決めればいいんだ」
頭をそっと撫でると艶のある指通りのよい髪の感触がする。
体も小さく、成熟するにはまだしばらくかかりそうな小さな体も、この子なりに少しずつ成長しているのを感じて嬉しく思う。
もう幼い子供のような柔らかな髪質ではなくなっている。
「····父様は····その、嫌じゃ····ううん、何でもない」
「····そうか」
この子が何を言いたいのか、何を恐れて口ごもったかはわかる。
けれど今は追求はしない。
だが、嫌なはずもない。
もちろん最愛の妻が帰ってくるなら何でもする。
妻が生きていて、大公と天秤にかけるなら間違いなく妻を選ぶ。
だが現実はそうではない。
それにあの日、ミレーネが倒れ、最期の時を迎えるかのように眠りについた時に早々に諦めたのは私だ。
この子だけが最後の最期まで助けようと抵抗し続けた。
ボロボロになって、泣き叫んで、虚弱な体に鞭打って何とかしようと足掻き続けていた。
助けられるのなら母親を助けたいと未だに心から願い続けているのは、ミレーネにとっても間違いなく特別な存在だったこのアリアチェリーナに他ならない。
「アリアチェリーナ」
名前を呼ぶと、やっと私を見る。
その表情はどこか寄る辺のない幼子のようで、苦笑してしまう。
何も心配しなくて良いんだ。
「血が繋がらなくてもお前は私とミレーネの愛する娘だ。
お前が何を選択しても、何があってもそれは変わらない。
だから自由に、心のままに選択して欲しい。
私もバルトスもレイヤードも、家族としてお前を信じ、これからも支えていくから」
そっと抱き寄せ、少しでも心が伝わる事を願いながら温もりを分け与える。
「だから不安にならなくて良い。
私の愛する可愛い娘」
ややあって、華奢な腕が背中にそっと回され、ギュッとしがみつく。
「僕の父様。
アリアチェリーナでいさせてくれてありがとう。
僕ね、エヴィンも側近達も皆大嫌いなんだ。
何度も同じ事言わされるのも面倒だから、直接行って断ってくる」
笑顔で清々しいほどにエグい事をさらっと宣言する娘は心底頼もしい。
ロリコン野郎、ざまあみろ。
私もまだ娘を嫁にはやりたくない。
心からのエールを送ろう。
その後はレイヤードが改良した通信用魔具で毎日娘と連絡を取り合いながら過ごす日々。
長兄のバルトスとも毎日連絡しているらしい。
息子よ、父は負けない。
可愛いアリーと話す時間は私の方が長いはずだ。
娘はもちろんだが、次男レイヤードからからも数日に1度は定期連絡がある。
こちらは明らかに私との連絡頻度が多い。
ふっ、勝ったな、バルトス。
バルトスは喧嘩をしても兄なりに弟を大切にしているし、何かあっても弟を本気で打ち負かした事はない。
兄として弟を常に気にかけてもいる。
レイヤードの定期連絡によれば少しずつ苛立ちは積もっているものの、自分とのスキンシップを増やして事なきを得ているようだ。
連中によって苛立ちを爆発させれば、ココの死から細く、長く鬱屈させていった感情を吐き出してくれるかもしれないと思っていた。
娘を歪ませる大きな原因の1つが当時から燻る怒りの感情を抑える所にあったから。
が、うちの娘は存外、我慢強かった。
恐らく母を助けられなかった事で自分が関わって命を救う事に対しては、いくらか罪悪感を覚えるようになっていたのだろう。
怒りを罪悪感で押さえつけていたふしがある。
娘の部屋をノックしてから開ければ、泣き疲れて寝てしまったらしい大公の子供達を自分の寝室のベッドに寝かしつけていた。
大公が倒れた時に能面のような顔をして静観していた娘は、直後にそこの2人に泣きつかれた。
能面のような顔がほんの数秒何かを胸の内で逡巡したと思うとため息を吐き、すぐにその場から走り去り、またすぐに戻って来た。
実は昔ミレーネが発作を起こした時に飲ませていた薬がまだ1粒だけ残っていたと知ったのはこの時だ。
薬を口の中に押し込まれ、持ち直した大公は別室で静かに休ませている。
「父様、どうかしたの?」
2人に布団を掛けてからドアを開けて待つ私の元に来た。
後ろに控えていた専属侍女のニーアに軽く目配せし、羽根のように軽い体を抱き上げて執務室へと転移する。
いつものソファに座っていつも通りに膝に乗せた。
「ヒュイルグ国王の元にしばらく行ってみないかい?
もちろん婚約も婚姻もしたくないならしなくて良い」
「····どうして?」
紫暗の目が私の真意を確かめるように怪訝そうに覗きこむ。
「そうだね····お前はエヴィン国王に嫁ぎたいかな?」
「え、それは嫌」
「でも今回の彼は本気なようだ」
顰めた顔と即答に気分を良くしながらも、続ける。
この子が数年前に王族誘拐事件に巻きこまれたのをロリコン野郎が知り、体調が安定するのを待って内密にだが婚姻を打診してきた。
周りは婚約だと思っているが、燃やしたあの書類には婚姻の打診を示す内容が書かれてあった。
あのロリコン野郎、うちの子が拐われたのがそんなにショックだったのか。
婚約を飛ばして婚姻とは、随分焦っている。
「うーん····わかった」
ふいっ、と目線を外して首から下げた巾着型のマジックバックを片手でギュッと握る。
時々イタチに变化する妹の為にレイヤードが作った力作で、認識阻害効果がある。
もし拐われた場合、イタチになって背中に背負って蹲っていれば見つかりにくいらしい。
うちの息子の才能が留まることを知らない。
「でも····大公は助けたくない」
ミレーネの時のように助けられないとは言わない。
やはり今ならその巾着に入れて肌身離さず持ち歩く懐中時計型の魔具で助けられるんだろう。
大公が倒れた時に静観していたのは、助ける事を迷っていたからか?
「私の可愛いアリー。
お前の心のままに決めればいいんだ」
頭をそっと撫でると艶のある指通りのよい髪の感触がする。
体も小さく、成熟するにはまだしばらくかかりそうな小さな体も、この子なりに少しずつ成長しているのを感じて嬉しく思う。
もう幼い子供のような柔らかな髪質ではなくなっている。
「····父様は····その、嫌じゃ····ううん、何でもない」
「····そうか」
この子が何を言いたいのか、何を恐れて口ごもったかはわかる。
けれど今は追求はしない。
だが、嫌なはずもない。
もちろん最愛の妻が帰ってくるなら何でもする。
妻が生きていて、大公と天秤にかけるなら間違いなく妻を選ぶ。
だが現実はそうではない。
それにあの日、ミレーネが倒れ、最期の時を迎えるかのように眠りについた時に早々に諦めたのは私だ。
この子だけが最後の最期まで助けようと抵抗し続けた。
ボロボロになって、泣き叫んで、虚弱な体に鞭打って何とかしようと足掻き続けていた。
助けられるのなら母親を助けたいと未だに心から願い続けているのは、ミレーネにとっても間違いなく特別な存在だったこのアリアチェリーナに他ならない。
「アリアチェリーナ」
名前を呼ぶと、やっと私を見る。
その表情はどこか寄る辺のない幼子のようで、苦笑してしまう。
何も心配しなくて良いんだ。
「血が繋がらなくてもお前は私とミレーネの愛する娘だ。
お前が何を選択しても、何があってもそれは変わらない。
だから自由に、心のままに選択して欲しい。
私もバルトスもレイヤードも、家族としてお前を信じ、これからも支えていくから」
そっと抱き寄せ、少しでも心が伝わる事を願いながら温もりを分け与える。
「だから不安にならなくて良い。
私の愛する可愛い娘」
ややあって、華奢な腕が背中にそっと回され、ギュッとしがみつく。
「僕の父様。
アリアチェリーナでいさせてくれてありがとう。
僕ね、エヴィンも側近達も皆大嫌いなんだ。
何度も同じ事言わされるのも面倒だから、直接行って断ってくる」
笑顔で清々しいほどにエグい事をさらっと宣言する娘は心底頼もしい。
ロリコン野郎、ざまあみろ。
私もまだ娘を嫁にはやりたくない。
心からのエールを送ろう。
その後はレイヤードが改良した通信用魔具で毎日娘と連絡を取り合いながら過ごす日々。
長兄のバルトスとも毎日連絡しているらしい。
息子よ、父は負けない。
可愛いアリーと話す時間は私の方が長いはずだ。
娘はもちろんだが、次男レイヤードからからも数日に1度は定期連絡がある。
こちらは明らかに私との連絡頻度が多い。
ふっ、勝ったな、バルトス。
バルトスは喧嘩をしても兄なりに弟を大切にしているし、何かあっても弟を本気で打ち負かした事はない。
兄として弟を常に気にかけてもいる。
レイヤードの定期連絡によれば少しずつ苛立ちは積もっているものの、自分とのスキンシップを増やして事なきを得ているようだ。
連中によって苛立ちを爆発させれば、ココの死から細く、長く鬱屈させていった感情を吐き出してくれるかもしれないと思っていた。
娘を歪ませる大きな原因の1つが当時から燻る怒りの感情を抑える所にあったから。
が、うちの娘は存外、我慢強かった。
恐らく母を助けられなかった事で自分が関わって命を救う事に対しては、いくらか罪悪感を覚えるようになっていたのだろう。
怒りを罪悪感で押さえつけていたふしがある。
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