295 / 491
7―2
294.元戸籍上の娘への葛藤〜ヒュイルグ国宰相side
しおりを挟む
『そして宰相。
私はあなたの憎しみにも疑念にも不信にも応えるつもりはありません。
最も近くにいて、救えなかったのは他ならぬあなた。
あなたの中の未消化なあらゆる感情はあなたの物であって私の物ではありませんし、あなたの過去を慮る必要性も、興味も私にはありませんもの。
それにご自分で消化なさらなければ、恐らくあなたの人生において全てが形骸と化しましょう。
あなたがかつて感じた愛情も、正道を尊ぶ心も含めて』
令嬢の苦言が進むにつれ、心が冷たくなっていく感覚を覚えていきました。
そうです。
結局最愛の婚約者を救えなかったのは、あの人を救えなかったのは私です。
思い詰めて死を選ぶ前に、私に頼って欲しかった。
けれど縋る事すらさせてあげられなかったのも私です。
何故、どうして、あの時ああしていれば····愛している、愛されていたはず、なのにどうして私ではなく死を選んだのか····何度も考え、後悔したところで既にあの人がいないのです。
消化されるはずがない。
想いを誰にぶつけても終わらない。
憎しみが増し、しかし同時に増すのは虚無感。
自分を赦せないのに、赦してほしいと誰にともなく願ってしまうあの人への冒涜。
だからこそあの人の死に関わる者だけでなく、その親類縁者である陛下やビアンカをも憎むしかないと思い続けていました。
それこそが正しいのだと····。
『いつまでつまらない確執を後生大事に抱えて動こうとなさらないのです?
せっかくの復讐の機会をまた先延ばしにする間に、相手も自分も年を取って怒りと憎しみを風化させたいならそうなさいませ。
あなたの愛するどなたかは、それこそを望まれていたでしょう。
そして時間と共に何の罪もなかった咎人の子供が自ら咎を負い、いつか禊を受けるのでしょうね。
ああ、それがあなたの復讐かしら?
咎人達は何一つ罪の意識を持たず、その子供にすら価値を置いていないのに子供へ復讐するとは』
1度言葉を区切ってクスリと笑う。
『何とも滑稽ですこと』
最後は痛烈に皮肉られ、令嬢への殺意が膨れます。
いいえ、違います。
図星を刺され、自分を恥じたのを隠したかったから。
わかっています。
結局のところ、私は権力に屈して最愛の人を手放してあの女を妻にした。
ただの貴族令息に何もできないと諦めた。
あの人の身に起きた事を知って私のした事は、あの女と白い結婚を続けながら今更ながらにあの人の身に起きた事を裏づける証拠を集めようとしただけ。
自分よりもずっと若く、力のない王子だった陛下に味方する事もなく、父王を、国を相手に戦う双子の兄弟を近くで見ながら、それは自分の復讐に関係ないと無視した。
所詮はあの王太子も含めた腐った王族だと一括にして憎んだ。
大して味方もいない状況でお荷物でしかない飢えて病んだ領民を抱えながら、父王から忌み嫌われた王子だった陛下が国に立ち向かい、王太子だった兄を排除し、父王の力を削いだ。
対して私はそれに便乗し、情勢が陛下に味方するのを確信して身内を切り捨て、のし上がっただけに過ぎない。
恥ずかしいと思いながらも、たかぎ貴族令息の私が良くやったと矮小な心を慰める。
もっと確実に仕留める事もできたタイミングはあったはずなのに。
そして私の唯一の婚約者の死にビアンカは関係ない。
けれどあの2人を両親に持つから大事にもしてやれない。
ビアンカの為に我慢するには、長く慕われ続けたせいで生まれた情のような憐れみでは足りません。
私の中の暗く時間をかけた分だけ歪みに歪んだ憎悪の炎は消えずに鈍く燻り続けているのです。
お父様、と何度も呼ばれましたが、まともに返事をした事もない、血の繋がらない····娘。
根は素直な子です。
私がもう少し父親の真似事でもしていれば、あの子の傲慢さは鳴りを潜めていたのでしょうか。
周りへもっと配慮のできる子供に育っていたのでしょうか。
しかしもう手遅れだと思う自分が言います。
愛しいあの人を殺した者達の子供など親共々罰を受けろ、子供も生きているだけで罪人だと。
しかし自分がどんな者達の子供かも知らない、あの人の死に関わったわけではない罪の無いあの子を、冷たくあしらう私を父と呼んで慕う愚かな子供までもを断罪する事をあの人が本当に望むでしょうか。
しかしそう思う事も私にとっては復讐から逃げるようで、あの人に申し訳ない。
私は荒れ狂い始めた胸の内を誤魔化すように、言うだけ言って部屋を出る令嬢に殺意を向け続けるしかありませんでした。
時間が経っても令嬢の最後の言葉だけがずっと耳に残り、消えず····令嬢を見かける度に何度も苛立ち、憎々しく感じていました。
しかしその言葉が無ければこれまで独自に調べ上げた元王太子と元王女に関わる全ての資料を、信用しきれないまま陛下へと渡す事はなかったでしょう。
交換条件として然るべき時が来た時の尋問の権限を得ました。
もちろん宰相の仕事ではありません。
憎悪するあの者達を尋問にかこつけて拷問し、死んだ方がマシだと絶望させる為です。
必然的に傲慢な態度で城の者達に接し続けたビアンカへの不当な拷問等を用いた尋問が防げたのは、ただの偶然です。
あの時、ビアンカが尋問の場に来た時点で自分の出生の真実を知っていたのは、陛下が自ら先に伝えていたようです。
私から伝えるよりは、実の叔父である陛下からいくらかの情をかけた伝え方をされた方が良かったのでしょう。
顔面蒼白ながらも、幸いにも私の口頭尋問には素直に答えていました。
尋問に関わる言葉以外は話していません。
元戸籍上の娘の今後をどうするべきか。
この時はまだ人知れず葛藤し続けていましたから。
私はあなたの憎しみにも疑念にも不信にも応えるつもりはありません。
最も近くにいて、救えなかったのは他ならぬあなた。
あなたの中の未消化なあらゆる感情はあなたの物であって私の物ではありませんし、あなたの過去を慮る必要性も、興味も私にはありませんもの。
それにご自分で消化なさらなければ、恐らくあなたの人生において全てが形骸と化しましょう。
あなたがかつて感じた愛情も、正道を尊ぶ心も含めて』
令嬢の苦言が進むにつれ、心が冷たくなっていく感覚を覚えていきました。
そうです。
結局最愛の婚約者を救えなかったのは、あの人を救えなかったのは私です。
思い詰めて死を選ぶ前に、私に頼って欲しかった。
けれど縋る事すらさせてあげられなかったのも私です。
何故、どうして、あの時ああしていれば····愛している、愛されていたはず、なのにどうして私ではなく死を選んだのか····何度も考え、後悔したところで既にあの人がいないのです。
消化されるはずがない。
想いを誰にぶつけても終わらない。
憎しみが増し、しかし同時に増すのは虚無感。
自分を赦せないのに、赦してほしいと誰にともなく願ってしまうあの人への冒涜。
だからこそあの人の死に関わる者だけでなく、その親類縁者である陛下やビアンカをも憎むしかないと思い続けていました。
それこそが正しいのだと····。
『いつまでつまらない確執を後生大事に抱えて動こうとなさらないのです?
せっかくの復讐の機会をまた先延ばしにする間に、相手も自分も年を取って怒りと憎しみを風化させたいならそうなさいませ。
あなたの愛するどなたかは、それこそを望まれていたでしょう。
そして時間と共に何の罪もなかった咎人の子供が自ら咎を負い、いつか禊を受けるのでしょうね。
ああ、それがあなたの復讐かしら?
咎人達は何一つ罪の意識を持たず、その子供にすら価値を置いていないのに子供へ復讐するとは』
1度言葉を区切ってクスリと笑う。
『何とも滑稽ですこと』
最後は痛烈に皮肉られ、令嬢への殺意が膨れます。
いいえ、違います。
図星を刺され、自分を恥じたのを隠したかったから。
わかっています。
結局のところ、私は権力に屈して最愛の人を手放してあの女を妻にした。
ただの貴族令息に何もできないと諦めた。
あの人の身に起きた事を知って私のした事は、あの女と白い結婚を続けながら今更ながらにあの人の身に起きた事を裏づける証拠を集めようとしただけ。
自分よりもずっと若く、力のない王子だった陛下に味方する事もなく、父王を、国を相手に戦う双子の兄弟を近くで見ながら、それは自分の復讐に関係ないと無視した。
所詮はあの王太子も含めた腐った王族だと一括にして憎んだ。
大して味方もいない状況でお荷物でしかない飢えて病んだ領民を抱えながら、父王から忌み嫌われた王子だった陛下が国に立ち向かい、王太子だった兄を排除し、父王の力を削いだ。
対して私はそれに便乗し、情勢が陛下に味方するのを確信して身内を切り捨て、のし上がっただけに過ぎない。
恥ずかしいと思いながらも、たかぎ貴族令息の私が良くやったと矮小な心を慰める。
もっと確実に仕留める事もできたタイミングはあったはずなのに。
そして私の唯一の婚約者の死にビアンカは関係ない。
けれどあの2人を両親に持つから大事にもしてやれない。
ビアンカの為に我慢するには、長く慕われ続けたせいで生まれた情のような憐れみでは足りません。
私の中の暗く時間をかけた分だけ歪みに歪んだ憎悪の炎は消えずに鈍く燻り続けているのです。
お父様、と何度も呼ばれましたが、まともに返事をした事もない、血の繋がらない····娘。
根は素直な子です。
私がもう少し父親の真似事でもしていれば、あの子の傲慢さは鳴りを潜めていたのでしょうか。
周りへもっと配慮のできる子供に育っていたのでしょうか。
しかしもう手遅れだと思う自分が言います。
愛しいあの人を殺した者達の子供など親共々罰を受けろ、子供も生きているだけで罪人だと。
しかし自分がどんな者達の子供かも知らない、あの人の死に関わったわけではない罪の無いあの子を、冷たくあしらう私を父と呼んで慕う愚かな子供までもを断罪する事をあの人が本当に望むでしょうか。
しかしそう思う事も私にとっては復讐から逃げるようで、あの人に申し訳ない。
私は荒れ狂い始めた胸の内を誤魔化すように、言うだけ言って部屋を出る令嬢に殺意を向け続けるしかありませんでした。
時間が経っても令嬢の最後の言葉だけがずっと耳に残り、消えず····令嬢を見かける度に何度も苛立ち、憎々しく感じていました。
しかしその言葉が無ければこれまで独自に調べ上げた元王太子と元王女に関わる全ての資料を、信用しきれないまま陛下へと渡す事はなかったでしょう。
交換条件として然るべき時が来た時の尋問の権限を得ました。
もちろん宰相の仕事ではありません。
憎悪するあの者達を尋問にかこつけて拷問し、死んだ方がマシだと絶望させる為です。
必然的に傲慢な態度で城の者達に接し続けたビアンカへの不当な拷問等を用いた尋問が防げたのは、ただの偶然です。
あの時、ビアンカが尋問の場に来た時点で自分の出生の真実を知っていたのは、陛下が自ら先に伝えていたようです。
私から伝えるよりは、実の叔父である陛下からいくらかの情をかけた伝え方をされた方が良かったのでしょう。
顔面蒼白ながらも、幸いにも私の口頭尋問には素直に答えていました。
尋問に関わる言葉以外は話していません。
元戸籍上の娘の今後をどうするべきか。
この時はまだ人知れず葛藤し続けていましたから。
1
あなたにおすすめの小説
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
※他サイトでも掲載しています
※ちょいちょい手直ししていってます
2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる