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21.同列の妻

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「ついでにこの宮への人の出入り権限もございます?
ああ、証文は?」
「ありますよ。
貴女の信を失した事への責任は後宮の責任者お2人の落ち度ですし、他の重鎮にも貴女からの持参金や現状については話を通して異例ですが認めていただきました。
この宮での裁量は従来より主たる貴妃の物。
それに加えて本来の後宮に認められる最低限の人員は外から雇い入れる事を正式に了承しております。
ただしその場合、その者達の責は貴女が負い、当然に正規の近衛や女官達からの不満は出るでしょう。
それをふまえてお考え下さい」
「…………確かに」

 丞相の静かな声を聞き流しながら証文の内容を確認して首筋に手をやり、かさぶたをカリ、と引っ掻いて血をつけます。
その指で印を押して、魔力をこめて定着させます。

「普通は指の血ではないか」

 破落戸を近衛兵に預けた陛下は憮然としてらっしゃいますね。

「必要なのは血と魔力。
何事も有効利用ですし、首も薄皮一枚とはいえ不快な痛みはございますもの。
指まで切りたくはございませんし、今の私の宮は不衛生ですから、傷を増やすのは悪手では?」
「……」

 にっこり微笑みましたが、無言になられてしまいました。
流石に今は皇帝陛下のお顔をあまり崩されませんね。

「そうそう、後ろの方々でもし出処のわからぬ貴金属をお持ちでしたり、そのような物をお持ちの方を見かけておりましたらお声掛かの上、明日の正午の鐘がなる前にまとめてここへお持ちになって下さいましね。
まとめて持ってくるなら、個別にどなたがどこでどのような経緯で手に入れたかを追跡調査するのは面倒になりますもの。
もし破損や紛失しているようなら、弁済の金子を入れておいてくださいな。
もちろん返却の際には、誤って手にした事についての謝罪を金子に乗せて頂き、一筆したためていただければ、私の気持ちもその方に対してだけはいくらか平穏になりましょう。
貴妃の金品を盗んだ罪に問われるよりはマシかと思います。
私はそれで不問に致します」
「待て、後宮での盗難であろう。
何故そなたが裁量する」

 まあ、責任を果たされていないのに、権利を主張なさるのね。

「私は構わないと申しましたが、後宮の責任者方がどのように判断なさるかまで言及はしておりませんよ?
それにそもそもが私が入宮する前に送ったのですから、監督不行き届きの責任者が残りを弁済されるのが本来は筋というものでは?」
「口が過ぎるぞ」

 あら、覇気がちらほらお体から出ておりますね?
後ろの女官達の顔色が悪くなりましたよ?
皇貴妃は……堪えるように表情が硬くなりました。

 これは……色々と難儀しそうですね。
しかし契約を結んだ以上、コレも解決事項の1つと覚えておかねばなりませんね。

「法に則ったお話しで、何故なにゆえ法をもって時に裁きを下す尊き御方が憤るのかわかりかねます。
これに関してはどなたが責任者か存じ上げませんが、調べた方がよろしいのかしら?
その場合、本格的に刑罰としての証拠も提出する必要が出てまいりますが?」
「いい加減になさい!
ディーシャ!」

 皇貴妃が美しい顔を赤く色づかせて叫びますが、何故なにゆえ彼女が興奮なさるのでしょう?
それに名を呼び捨てる仲になった覚えはありません。

「いかがなさいました、玉翠ユースイ殿?」

 あえて名前を呼び返せば、我に返ったようでようございました。
美女に睨まれるのも慣れておりますから気に致しません。
そもそも皇貴妃と貴妃の立場は後宮においては同じですもの。
微笑むのみです。

「そもそもその方々の負担を幾らかでも減らそうとしただけの事ですが、この後宮並びに国に責任ある方々が全て弁済下さるならそれでもよろしいのですよ?
もちろん本来なら責任ある者がそうすべきであるという道理の元に私を諭してらっしゃるのでしたら、新参者の貴妃ではありますが皇貴妃と同列の陛下の妻。
法ではなく、道理にそいましょう」

 まあ、ぎゅっと下唇を噛んでは傷がつきますよ?
後ろの方々も、厳しい眼光は私ではなく今、正に御身に傷がつきそうな主に向けなくてよろしいのかしら?
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