太夫→傾国の娼妓からの、やり手爺→今世は悪妃の称号ご拝命〜数打ち妃は悪女の巣窟（後宮）を謳歌する

３.

53.本能と理性と仮採用

「美味い……」
「なかなか……」
「ガウッ」

　皆様気に入っていただけたようでようございました。

　やはりあの調味料は解析せねばなりませんね。
子猫ちゃんのは素焼きですが、翼がバサバサしているので炭火で炙られて美味しいのでしょう。

「ところで何故あそこに一切れ置いたのですか？」
「私はこの宮の新参者ですからね。
新たな家に住まう時はそこにどなたがいようといまいと先人として敬意を払ってお供えするのは当然のことでは？」
「「……」」

　どうしたのでしょうね。
殿方達はお供えを見て黙りこみました。

「小娘……いる、のか？」
「何がです？」
「幽霊ですよ」
「いる、いないなど関係ありませんよ。
大事なのは気持ちですから」

　涼やかに微笑んでみますが、殿方達の質問に答えたのに腑に落ちない顔です。

　先人さんはニコニコとお供えに向かって手を伸ばして食べてらっしゃいます。
もっとも現物と酷似した幻影のようなそれを頬張っているので、幻影を全て食べたら現物は私のお腹に入る予定です。

「う……」

　あら、とりあえず奥の壁に寄りかからせていた本日雇い入れたばかりの彼が目を覚ましましたね。

「目が覚めましたか。
こちらに来て一緒にいかがです？」
「あ……はっ、紋は?!」

　食べながら声をかければすぐにハッとし、慌ててはだけさせたままの胸元を確認します。

「……ない、だと?!」
「ええ、こちらの方に解除していただきました」
「は?!
え、そいつは皇帝じゃ……解除師とすり代わって……」
「正真正銘の皇帝だ」

　陛下は心なしか得意気です。
やり方教えたの私ですからね。

「陛下の魔力量の多さは周知の事実でしょう。
力技で解除していただきました」
「力技って……だが俺は正気だし、体にも異常は……今の解除のやり方なら普通は……」

　今のやり方と言いましたね。

「やはり知っていましたか。
心配しなくとも本来の方法で解除致しましたから、問題ありませんよ」
「小娘、やはりとはどういう事だ？」

　陛下はお行儀よくモグモグし終わってから口を開きます。
食事の所作は丞相共々綺麗ですね。

「そもそも誓約の魔法発祥は既に絶えて歴史からも消えたジャオという一族です。
彼は肌色からしてジャンの特徴を色濃く受け継いであります」
「お、おい、何でそんな事を知ってんだ?!」
「ふふふ、その内わかりますよ。
それよりお肉食べますか？
いらないですか？
私が食べてしまって良いですか？」
「貴妃、むしろ食べるなと言っているように聞こえますよ」
「育ち盛りな食欲という本能と、雇用主として食の補償をすべきという理性の戦いが私を苛んでおり……」

　――キュルキュル……。

「……どうぞ」
「……何かすまん」

　彼のお腹の自己主張に思わず泣きそうな顔をしてしまったせいか、申し訳なさそうに受け取りましたね。
雇用主としては申し訳ないですが、理性を勝たせたので許して下さい。

「その……雇用主というのはどういう意味だ？」
「気を失う前に私が提案した事を覚えていますか？
隷属の紋があるから無理だと仰ったので、解除しました。
なので本日より私に雇われているのですよ。
ただし今はまだ仮採用の試用期間です。
よろしいですよね？
そうすれば後宮に忍びこんだ件も不問となりますし、知っている事を話してくれればこれまでに何かしらの犯罪行為があっても減刑されます。
雇っている間は私が給金も出しますし、互いに信用を得られて正式雇用となれば見合う給金を正式に設定致しましょう」
「破格、だな……。
だがアンタが俺を雇う利点なんかないだろう」

　疑り深く私を見ていまうのも仕方ありませんね。
彼の境遇はそれだけ過酷だった事は、体についた火傷以外の傷痕を見れば容易に推察できます。

「ありますよ。
少なくともあの紋はあなたの了承を得てつけた紋ではありませんよね。
恐らく最低限の衣食住だけ補償した強制タダ働きだったでしょうから、主と設定した者に寝返るとは考えづらい」

　こういう相手には感情に訴えかけるより、利益を教えて差し上げる方が効果的です。
しかし本当は会わせたい者がいるからなのですが、今はそこにいる２人が邪魔なので黙っておきます。