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54.勧誘と仮採用決定

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「それにわたくしがそこそこお金持ちなのは、聞き耳覗き見していたのですから知っているでしょう。
給金を補償するという話はおいしいのでは?
どこの馬の骨ともわからない、一目で異国の者だとわかるその外見でまともな働き口を見つけられるかという観点から考えても」
「そ、れは……」

 一瞬真顔になってから、項垂れてしまいましたね。

「そちらの世界から足を洗うなら今だと思います。
そして私もあなたのそうした弱味があるからこそ安心して雇えます。
この後宮や朝廷から遣わされた者は女官という役職を持っているらしい破落戸ばかりで、身近に置く気にはなれませんからね」

 チラリと目線だけ殿方達に投げてみれば、バツが悪そうな顔と苦笑した顔になってらっしゃいました。

「それはこの小屋の目と鼻の先でどすこい乱闘を繰り広げていた様を見たなら推察できるでしょう」
「どすこい……あー、まあ、な」

 やはり直接あのような乱闘場面を見ると説得力があるようで、しかしその責任者がそこにいるからか言葉を濁すに留めました。

「そして私は私の雇い入れた者を自分の宮に置く許可は既に得ております。
お互い利点しかないと思いませんか?
それでも嫌だと思うようでしたら、せめて2日は私の護衛についていただきたいですね。
身のこなしからして我流でしょうが武には秀でているようですし、私の直属の使用人達が来るまでここで守って欲しいと考えておりますが、難しいでしょうか?」

 素直に利点を話してから反応を待てば、決心したようですね。
顔がキリリとしました。

「いや、正直助かる。
だが俺がいる事であんたに迷惑がかかるかもしれないが、良いのか?」

 恐らくは誓約魔法を強いたどなたかが何かしらの危害を与えようとするかもしれないと言いたいのでしょう。

「少なくとも私の貴妃としての後ろ盾は条件つきですが、そちらの皇帝と丞相です。
多少の事は考慮してくれるでしょう。
それにそもそも私個人の後ろ盾はそれなりに大きく、その上いくつかあるので問題ありませんよ」

 安心して頂く為、朗らかに微笑んでみます。
既にご存知のそこのお2人は渋い顔をなさいましたね。
後宮という魔窟に望んでもいないのに妻として入るのですから、事前に準備くらいはするに決まっているでしょうに。

「帝国の最上位の権力者がそんな顔するなんて、あんた一体何者だよ。
雇われる方は心強いけどな。
じゃあ、まずは仮採用って事で頼む」

 おや、心なしか引いてしまったようですね。
そちらのお2人の反応に頬がヒクリと軽く引きつっております。

「ふふふ、持つべきものは人とのご縁ですから。
もちろん喜んで」

 もちろん私としても仮採用中の者に全て話すわけにはまいりませんが、そこのお2人が知る範囲までなら教えて差し上げますよ。

「それでそなたは誰に頼まれて諜報などしておった?」
「頼んできたのは2人だ。
丞相、あんたの生家のフォン家とそれから……皇貴妃の父親である林傑明リン ジェミン司空」

 陛下が皇貴妃を寵愛しているのは周知の事実ですからね。
質問に答える彼の方が今度はバツが悪そうです。

 何かを言いかけた陛下を丞相が制して口を開きます。

 ちなみに私はそろそろ鳥肉を食べるのに専念しても良いですよね。
そうしましょう、そうしましょう。

「あなたは二重諜報員だったという事ですか?」
「ああ、そうなる」
「しかしあなたに誓約紋を刻んだのは、林傑明リン ジェミン司空ですね?」
「……何でわかった」
「腐っても今の私はフォン家の息子です。
あの家の者が私に秘密で隷属の紋を奴隷でもない者に刻んでいれば私がわかりますよ。
その紋を他者に刻める者を囲っているという事ですから」

 丞相は本家の当主が思惑をもって分家筋から迎え入れた養子です。
義理の親子は互いに信用していないのでしょう。

 パクパクしつつ、次を催促する子猫ちゃんにも食べさせつつ耳だけ話に傾けます。
陛下の呆れたような視線は無視です。

「はっ、なるほどな」
「どことなく恨みが見て取れますね?」
「そりゃな。
あんたの義妹で梅花メイファ宮の凜汐《リンシー》貴妃。
あの癇癪持ちには手を焼いたんだよ。
今回は俺の新しい雇い主の弱味を握ってこいとさ」
「それはお気の毒でしたね」

 梅花メイファ宮は東にある宮です。
主は先程のどすこいな破落戸の1人が仕える丞相の義妹にあたる方ですよ。

 丞相はいくらか気の毒そうな視線を向けていますが、思い当たる何かがあるのでしょう。
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