太夫→傾国の娼妓からの、やり手爺→今世は悪妃の称号ご拝命〜数打ち妃は悪女の巣窟(後宮)を謳歌する

嵐華子

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3.

60.赤い雪の追憶〜小雪side

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兄様あにさま
兄様!
もういいよ!
何もしなくていいから!
手を離して逃げて!」

 泣き叫ぶ私の体は今よりもずっと小さい。

 けれど崖にぶら下がっている私の手を掴んで必死に耐える兄様の体もまた、少年と呼べるほど幼い。
眼下にはこごえる河が流れている。

 兄と呼ぶ彼の体は火傷だらけで、特に私を庇って炎に曝された右半身は特に酷い。
古い血が色濃く出ていると爺様が言っていた褐色の肌は赤く爛れて見ているだけで痛々しい。

 額から瞼にかけての3本爪の痕といい、兄様はいつも私のせいで大怪我をする。

「いたぞ!
将軍!
いました!」

 突然やってきて細々と過ごしてきた私達の集落を襲った男達の声が聞こえた。

 兄様の手がビクリと震える。

「兄様!
逃げて!
早く!」
『……渺々たる雪……すま、な……ど、か……生きて……』

 私達の集落だけで時々使う言葉。
おまじないの時に使う事が多い。

 炎に照らされた赤い雪の中で、彼の体はズルリと崖に向かって滑り落ち、私になけなしの魔力を纏わせながら空で私を抱えこみ、共に落ちていく。

 ふと崖の上に人影が見えた。

 そう思った瞬間、体を冷たい氷に打ちつけられたかのように水に沈んだ。
目も開けていられず、息もできない。
けれどその時はまだ兄様の温かさは感じた。

 手を離しちゃダメ!

 濁流に飲みこまれ、もみくちゃにされる感覚に意識が遠のく中、必死に兄様から離れまいと服を掴んだ。

 なのに……。

「めがさめまちたか、ももたろこちゃん。
かわかりゃ、ろんぶりゃ……どんぶらこっことにゃが……ながれてきちゃ……きたのれしゅ……ですよ」

 体の痛みを感じてゆっくりと目を開ければ、私を覗きこむ銀髪に淡赤桃色の瞳をした女児。
随分と可愛らしいその子に舌足らずな言葉を頑張って言い直しながら話しかけられて……。

 ももたろこちゃんとやらも、どんぶらこっこもその時は意味がわからないまま兄様を求めた。

 この女児がたまたま旅行中に立ち寄った山中で拾われたのだと、休憩をしていると川上から流れて来たのだと、拙い言葉で説明を受けた。

 どうして手を離したのかとただ自分を責めて、ずっとつきっきりで看病してくれていたという、自分よりもずっと小さな女児に八つ当たりをするかのように泣き叫んだ。

 連れ立って旅をしていた者の1人で、今はもう引退したこの女児の世話役兼護衛役だった女性が泣き声に気づいて天幕に乱入し、威圧されるまで泣き続けた。

 当時共にいた護衛は未だにこの女児の護衛をしていて、当時の話をされては時折からかわれる。

 あの後何とかして村に戻ろうとしたけど全身の骨が軋んで体は熱く、意識も朦朧としたせいで自力では動こうにも動けず、生まれ育ったあの村に辿り着く事はその時叶わなかった。
そのまま女児に、滴雫ディーシャお嬢様に拾われる形で身を寄せた。

 お嬢様は何故か私の村の言葉を知っていて、名を伝えると私を小雪シャオシュエと呼んだ。

 あれからずっと探し続けている兄は未だに見つからない。
あの日村を襲撃した男達の足取りもわからないままに、気づけばあれから10年余り。

 小さな村で生きてきた私には想像もつかない程に年齢にそぐわない破天荒ぶりを発揮するお嬢様の元で、いつしか忠誠を誓い、つかず離れずで過ごしてきた。
あの日共にいた専属の護衛達もそうだ。

 私達はそれぞれの諸事情を抱えて拾われ、衣食住以外に望む教育をも与えられ、連れ回され、むしろ振り回されている内に気づけば救われていた。
これからもお嬢様と共に生きていくのだと信じていた。

 しかし現実とは酷いもので、お嬢様はよりによってこの稠基チョウジ帝国が四夫人の1人として後宮入りしてしまう。

 余談だがお嬢様の父親を恨んだのは言うまでもない。
お嬢様の側付きである私達だけでなく、何ならあの方の人柄に触れる事の数少ない使用人達からもかなりの恨みを買っている。

 しかしお嬢様の予想では私達側付きをその内呼ぶ事となると言われ、無理矢理ついて行くのは見合わせた。

 そして予想以上に早くお呼びがかかり、お嬢様が入宮して3日目の夕方。
男達は私の目から見て首にとんでもなく雑な誓約紋をつけられて後宮へと、そしてお嬢様のいるはずの宮の門でまずは足を止める。
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