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64.人間観察
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「滴雫の淹れた茶は格別と聞いた。
淹れてはくれぬか」
無駄に微笑んだ夫が私の方にズイッと茶盤を寄越しました。
「もちろんにございます」
心とは裏腹な、花が咲いたような微笑みを浮かべて2人分の用意を始めますが打ち合わせに無い言動ですね。
お茶を淹れるのはこの国の作法の1つなので、陛下も含めて皆迷いなく淹れられるはずなのですが……。
あら、私に向かって微笑むその頬がピク、としました。
ガッテン八百長というやつですね。
向こうの腹黒をそれとなく見やれば、氷が氷解して楽しそうなお顔になっておりますね。
氷の麗人とやらはどちらを散策中なのでしょう?
おや、風家側の女子2人が顔を赤らめた?
しかし丞相が私に向かって微笑むと途端に突き刺すような視線を投げましたね。
そうですか、わざとですね。
しっかり私を餌活用されているようで、ようございました。
後宮の西側にお住まいの方々は……お三方共に無ですね。
もちろん微笑んではいらっしゃいますが。
先程感じた大雪への青色の視線は気の所為でしょうか?
改めて2つの青を見比べてみますが、同じ色合い。
髪色は大尉が黒、貴妃が赤茶、嬪は灰とバラバラです。
確か貴妃と大尉の奥方が青い瞳でしたが、奥方は海の浅瀬のような澄んだ青。
しかしこちらは深い海の青。
何故辺境住まいの私が皇都住まいである四公の奥方の色を詳しく知っているのか?
色々あるのですよ。
縁戚関係だと聞いておりましたが、代々軍部を指揮してきた燕家は少し特殊な家柄です。
血筋の為に縁戚間で婚姻を繰り返しているので、大尉の赤や女子達の青が父母のどちらの縁者によるものか、厳密にはわかりません。
などと周囲を伺いつつも、手は動かしております。
こうした茶器を使ってのおもてなしは全ての人生において私にとって芸の1つですからね。
手元が狂う事もありません。
他に刺さる視線を感じてもです。
茶髪に黒灰色の瞳。
貴妃と嬪の座す側の1番末席で、皇貴妃の対面で厳しくこちらを見るのは呉静雲。
薄朱色の衣を身につける夏花《シャファ》宮の主で、皇貴妃とは姉妹のような良好な関係を築いていると聞いております。
当然、姉のように皇貴妃を慕うならば横恋慕しているかのような私の存在は目障りでしょう。
生家は私と同じく伯の爵位を賜っておりますが、歴史は古く、侯の爵位にも並ぶと言われる名家。
そうした意味からも、ぽっと出の伯家から嬪を飛び越えて貴妃となるのは許せないのかもしれません。
しかしあの視線は……。
太夫や娼妓として長い時を女子の世界で生きたからこそ働く勘がございます。
香りを嗅ぐための聞香杯をそっと手にします。
「陛下、さすが皇貴妃が選ぶ茶葉です。
とても良い香りが致します」
柔らかく微笑みながらそっと手を取り、杯を握らせてからその手を両手で包みます。
一瞬後ろに手を引こうとしましたね。
餌として興を乗せて差し上げたのですから、離しませんよ。
「皆様とは違い、拙い所作でお恥ずかしいわ。
若さ故とお目こぼし下さい。
なれど陛下も望まれたこの心だけは誰よりもこめたつもりです。
いかがかしら?」
この中で1番若いのは私よ、オバサン達。
陛下と私が1番互いを想い合っているんだから。
といった隠語を含んで徴発すれば、笑みを深める者から睨む者まで様々ですね。
「……香りにも甘みを感じるとは……」
本当に格別だったのか、と隣の私にしか聞こえない程度のぼやきが聞こえました。
初代の頃から長く茶の道を精進してまいりましたからね。
世界や年代が違っても通ずる所はあるのですよ。
「まあ、お気に召して頂けたなんて」
わざとはしたないと言われるように両手をパチンと叩いて音を出します。
「いつか夫となる方にお茶を淹れて差し上げるのが夢でしたから、嬉しい!
こちらも是非」
表に出すのは年相応の無垢な少女です。
心にも無い事を口にしているのは承知の上で演じます。
陛下はそれとなくドン引くの、やめて欲しいですね。
最初に仕掛けたのはそちらでしょう。
ブフッと真顔で吹き出すのはいかがなものかと思いますよ。
両隣の林父娘が互いの間を怪訝そうに見やりましたからね。
氷の麗人らしく笑い上戸はやめて欲しいものです。
淹れてはくれぬか」
無駄に微笑んだ夫が私の方にズイッと茶盤を寄越しました。
「もちろんにございます」
心とは裏腹な、花が咲いたような微笑みを浮かべて2人分の用意を始めますが打ち合わせに無い言動ですね。
お茶を淹れるのはこの国の作法の1つなので、陛下も含めて皆迷いなく淹れられるはずなのですが……。
あら、私に向かって微笑むその頬がピク、としました。
ガッテン八百長というやつですね。
向こうの腹黒をそれとなく見やれば、氷が氷解して楽しそうなお顔になっておりますね。
氷の麗人とやらはどちらを散策中なのでしょう?
おや、風家側の女子2人が顔を赤らめた?
しかし丞相が私に向かって微笑むと途端に突き刺すような視線を投げましたね。
そうですか、わざとですね。
しっかり私を餌活用されているようで、ようございました。
後宮の西側にお住まいの方々は……お三方共に無ですね。
もちろん微笑んではいらっしゃいますが。
先程感じた大雪への青色の視線は気の所為でしょうか?
改めて2つの青を見比べてみますが、同じ色合い。
髪色は大尉が黒、貴妃が赤茶、嬪は灰とバラバラです。
確か貴妃と大尉の奥方が青い瞳でしたが、奥方は海の浅瀬のような澄んだ青。
しかしこちらは深い海の青。
何故辺境住まいの私が皇都住まいである四公の奥方の色を詳しく知っているのか?
色々あるのですよ。
縁戚関係だと聞いておりましたが、代々軍部を指揮してきた燕家は少し特殊な家柄です。
血筋の為に縁戚間で婚姻を繰り返しているので、大尉の赤や女子達の青が父母のどちらの縁者によるものか、厳密にはわかりません。
などと周囲を伺いつつも、手は動かしております。
こうした茶器を使ってのおもてなしは全ての人生において私にとって芸の1つですからね。
手元が狂う事もありません。
他に刺さる視線を感じてもです。
茶髪に黒灰色の瞳。
貴妃と嬪の座す側の1番末席で、皇貴妃の対面で厳しくこちらを見るのは呉静雲。
薄朱色の衣を身につける夏花《シャファ》宮の主で、皇貴妃とは姉妹のような良好な関係を築いていると聞いております。
当然、姉のように皇貴妃を慕うならば横恋慕しているかのような私の存在は目障りでしょう。
生家は私と同じく伯の爵位を賜っておりますが、歴史は古く、侯の爵位にも並ぶと言われる名家。
そうした意味からも、ぽっと出の伯家から嬪を飛び越えて貴妃となるのは許せないのかもしれません。
しかしあの視線は……。
太夫や娼妓として長い時を女子の世界で生きたからこそ働く勘がございます。
香りを嗅ぐための聞香杯をそっと手にします。
「陛下、さすが皇貴妃が選ぶ茶葉です。
とても良い香りが致します」
柔らかく微笑みながらそっと手を取り、杯を握らせてからその手を両手で包みます。
一瞬後ろに手を引こうとしましたね。
餌として興を乗せて差し上げたのですから、離しませんよ。
「皆様とは違い、拙い所作でお恥ずかしいわ。
若さ故とお目こぼし下さい。
なれど陛下も望まれたこの心だけは誰よりもこめたつもりです。
いかがかしら?」
この中で1番若いのは私よ、オバサン達。
陛下と私が1番互いを想い合っているんだから。
といった隠語を含んで徴発すれば、笑みを深める者から睨む者まで様々ですね。
「……香りにも甘みを感じるとは……」
本当に格別だったのか、と隣の私にしか聞こえない程度のぼやきが聞こえました。
初代の頃から長く茶の道を精進してまいりましたからね。
世界や年代が違っても通ずる所はあるのですよ。
「まあ、お気に召して頂けたなんて」
わざとはしたないと言われるように両手をパチンと叩いて音を出します。
「いつか夫となる方にお茶を淹れて差し上げるのが夢でしたから、嬉しい!
こちらも是非」
表に出すのは年相応の無垢な少女です。
心にも無い事を口にしているのは承知の上で演じます。
陛下はそれとなくドン引くの、やめて欲しいですね。
最初に仕掛けたのはそちらでしょう。
ブフッと真顔で吹き出すのはいかがなものかと思いますよ。
両隣の林父娘が互いの間を怪訝そうに見やりましたからね。
氷の麗人らしく笑い上戸はやめて欲しいものです。
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