太夫→傾国の娼妓からの、やり手爺→今世は悪妃の称号ご拝命〜数打ち妃は悪女の巣窟(後宮)を謳歌する

嵐華子

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4.

85.隣国の聖女と神迎の舞〜暁嵐side

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「まるで……場を浄化しているかのような……」
「あの者の中の隣国の聖女とやらの血が、そうさせるのでしょうか」

 妻の言葉に腹黒が続く。

「隣国の神殿に聖女として仕えに赴く直前、行方不明となったのが母親であったか」

 初めの調査書では小娘の母親は隣国の流民とだけあった。
しかし更に深く調べさせ、当時の異国の状況と照らし合わせ、出てきた推測がそれだ。
恐らくただ調べただけでは、気づかぬ事実だろう。

「ええ。
貴妃に尋ねたところ、母親が国境付近で盗賊に襲われていたところを、彼女の父親が助けたそうです。
元は没落貴族の御落胤で、平民として生きていたと聞きました。
母親が当時、聖女として神殿に向かっていたという事までは、貴妃も言及していませんでしたが。
知らないのか、わざと黙っているのか。
どちらにしても、神殿は帝国の地に入り、仮にも貴族の家に囲われてしまった以上、手出しできなかったのでしょう」
「母娘が滅多に外に出ず、姿を知る者が限られていたのは、それが理由の1つやもしれぬな」

 先程までの気まずい空気が、小娘の舞を見ていると薄らいでくる。

 厳しく寒い冬を思わせる、低く重い笛の調しらべ

 春の芽吹きに浮足立つ軽快な二胡の調しらべ

 それらが合わさる時、落ち着いた、しなやかな音の響きとなって奏でられていく。
この奏者達はかなりの腕前だ。
音にブレも揺らぎも一切なく、呼吸も合っている。

 そして温かみのある木製の音の中に、小さく交わる、ヒュ、と鳴る剣の音。
その音もまた、調の1つに聞こえてくるから不思議だ。

 曲に合わせた、しなやかで琉美な舞は、しかし不意のキレが際立つ、立派な剣舞。

「美しい……」

 妻が見惚れてそう呟くのに、俺達も頷く。

 見事な舞。
その一言に尽きる。

 緩急合わせた琉美な動きに、まだ少女らしい小さな体躯は、女人のそれと変わらない錯覚を覚えさせる。

__ジャ、ボッ。

 舞いながら、火柱の落ち着いた井戸の外縁に剣先を沿わせて走らせれば、火が上がる。
恐らく剣に纏わせた魔力で火を維持しているらしい。

 それを何度か繰り返し、一周したところで、ちょうど曲が終わり、小娘は再び直立したまま、軽く上を見上げて……微笑んだ?
そして火で囲まれた井戸に一礼する。

__ポツ……ポツ……サアァァァ。

 暫くの間そうしていれば、黒雲は柔らかな雨を一帯に降らし、火を消した。
井戸を中心に厚くかかる黒雲は、ややもすると四方へ散っていく。

 小娘だけに天から光が差したかと思えば、その光は俺達にまで届き、この宮を、そして隣の宮へと陽光を照らし届けていく。
綺羅雲に反射する天光が、徐々に周囲へと降り注いでいく様は、幻想的にさえ感じさせた。

「晴れているのに、雨が……」
「天気雨とは珍しい。
遠き国では狐の嫁入りとも言うらしい」
「狐の?
ふふふ、可愛らしい例えですね」

 妻の言葉に、あの手記にあった事を教えてみれば、いつぶりかの柔らかな微笑みが返ってきた。

 くっ……可愛いな。

 ニヤけそうになるのを何とか堪え、これ以上妻を濡れさせぬようにと、身につけていた上掛けを頭から軽く被せる。

「濡れて風邪を引いてはならぬ」
「それならばシャオが……」
「ユーが被っておれ。
ほら、また始まりそうだ」

 いつぶりかに愛称を呼び合いながら、抱いていた肩を再び抱き直し、小娘に注意を向ける。

 二胡が鳴り響けば、皆で自然とそちらに目をやる。

 木陰にいたからだろう。
青緑達が濡れる事は、なかったらしい。

 小娘は礼服の留め具を手早く外し、サッと脱ぐ。
すると青緑色の薄衣が、ふわりと舞った。

 動きを邪魔せぬようにしつつ、剣に白の礼服を巻いて足元にそっと降ろせば、全ての楽器が歓迎の賑やかな音を奏で始めた。

 曲に合わせて長い袖をなびかせながら、懐から出した扇をバッと開き、たおやかに舞い始める。

「天女の神迎しんげいの舞……踊る者が違うと、かように美麗な踊りになるのね」

 これまでの小娘の武舞や剣舞は、初めて見るものだった。
中には、古い文献に描かれていた型や動きもあった。

 だがこの舞は、新年や節句、何かの節目の折に良く見るものだ。

 妻の言葉には頷く事しかできない。
これまでの折々に催す宴で観た舞だからこそ、違いがわかる。



※※後書き※※
いつもご覧頂きありがとうございます。
本日も複数話投稿します。
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