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86.絶世の美女、後、絶世の美少女〜暁嵐side
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「梅の……」
ユーがスン、と鼻を鳴らす。
そんな仕草がまた愛らしい。
気づけば雨が止んでいた。
小娘の舞には癒やし効果でもあるのだろうか?
最近では疲労困憊だったからか、どこかくたびれ、眉根が気持ち寄っているのが常であった腹黒も、心なしか穏やかな顔つきになっている。
くるりと回る拍子にこちらから垣間見る微笑みは、神を迎える天女の如き、気品さと慈愛のこもる微笑みを浮かべた小娘。
艶やかさも加わり、絶世の美女に……顔が変わっている?
扇をヒラヒラと優美に舞い扇ぎ、長い袖をたなびかせる。
すると、つられるように風もふわりと踊る。
この宮の庭園からだろう。
数日前から満開を迎え始めた梅の花の香りが、紅白の花弁が、風に誘われるかのように少し離れたこの場所まで舞いこみ、小娘の舞に雅さを加える。
香り立つ花々と風が共に踊る、自然すらも魅了したかのような舞。
心は自然と高揚し、それまでに感じていた心の虚が、葛藤が、吹き払われたかのように、清々しい気持ちにさせる。
ふと妻の顔を見れば、翡翠の瞳からは涙がほろほろと溢れている。
「ユー?」
「……ぁ……申し、訳……」
止めようとしても止められ無いのか、被っていた長衣で顔を隠してしまう。
どうする事もできず、慰めになればと、そっと抱き寄せた。
そして以前より痩せた体に気づき、どれ程この愛しい妻が心を痛めて過ごしていたのかを知る。
「愛している。
どうしようもなく、そなたが、そなただけが愛おしいのだ」
想いを伝える。
どうか、離れて行かないでくれと乞い願いながら。
「……わかって、おります。
私も……シャオだけを愛して……。
だからこそ……離れるべきだと……けれど……」
__離れたくない……。
囁くような布越しの声は、すぐ側の腹黒にすら聞こえぬ程に、小さく、か細いもの。
「ユー」
抱きしめる腕に力をこめて抱きしめた。
不意に、ビュウ、と風が大きく周囲から巻き起こる。
小娘に目をやれば、屈んで伸び上がりながら、広げた扇を下から上へと、まるで集めた風を天に還すかのようにして掲げた。
爽やかな神風が天へと吹き上がり、曲も舞いも終わりを迎えてピタリと止まる。
少しして、春風が優しくそよぐ中、扇を左手の平にパシリと打ちつけて閉じ、こちらへ振り向く。
「終わりました。
良き風も吹き始めましたし、井戸に閉じこもってらした方々も……」
微笑みながら、小娘は歩み寄る。
何となく、気になる言葉を吐いたような気がするも、視覚的な部分である事が目について、言葉は耳を素通りした。
「小娘……そなた……」
「……顔が……」
それは腹黒も同じだったらしい。
小娘の顔に目が釘づけになった俺と腹黒は驚きに声をもらす。
そこには銀髪に濃赤桃色の瞳の……間違いなく絶世と称されるだろう少女がいた。
品の中に危うい艶やかさを纏う、麗しい美少女だ。
「顔?
はっ、まさか……」
きょとりとした美少女の目元は、記憶がただしければ少し釣り上がっていたはずだ。
しかし今は相手の警戒心を緩ませる優しげな目元となっていた。
俺達の驚愕した顔に何かを思い至ったのだろう。
ハッとした顔もまた、どこか庇護欲を掻き立てるものだった。
「滴雫様!
化粧が!」
「ふぶっ」
「お嬢様!
これこれ!」
真っ先に走ってきた筆頭侍女が、まずは頭1つ背の低い少女の頭をその胸に勢い良く押しつける。
不意打ちに小娘が妙な声を出したが、その直後に全く意に介さず、物真似侍女がいつの間にか脱いだ自分の礼服を、小娘の背後から飛び上がり、バサッと頭から被せた。
「お嬢、抱えるぞ!」
「ヨー、そのまま連れて行け!」
着地して、更に横へ飛び退いた物真似侍女の背後からは、前髪を右寄りに分けた片鬼がヌッと現れ、顔の隠れた小娘を横抱きにした。
その場に留まって、恐らく3人が放り投げただろう楽器を受け止め、片づけながら指示を出した、左寄りの前髪鬼が言い終わらぬ内に走り去った。
その間数秒。
「皆様、このまま私の宮までお越しになって~……」
呆気に取られた俺達は、遠ざかりながら消えていく声を聞きつつ、ただ見送ってしまうしかなかった。
その後どういう事か問うも、一貫して見間違いで通す青緑達。
何も見ていなかったユーの訝しむ顔も可愛いなと思いつつ、埒が明かないため、皆でぞろぞろと小娘の小屋へと向かう事となったのだった。
ユーがスン、と鼻を鳴らす。
そんな仕草がまた愛らしい。
気づけば雨が止んでいた。
小娘の舞には癒やし効果でもあるのだろうか?
最近では疲労困憊だったからか、どこかくたびれ、眉根が気持ち寄っているのが常であった腹黒も、心なしか穏やかな顔つきになっている。
くるりと回る拍子にこちらから垣間見る微笑みは、神を迎える天女の如き、気品さと慈愛のこもる微笑みを浮かべた小娘。
艶やかさも加わり、絶世の美女に……顔が変わっている?
扇をヒラヒラと優美に舞い扇ぎ、長い袖をたなびかせる。
すると、つられるように風もふわりと踊る。
この宮の庭園からだろう。
数日前から満開を迎え始めた梅の花の香りが、紅白の花弁が、風に誘われるかのように少し離れたこの場所まで舞いこみ、小娘の舞に雅さを加える。
香り立つ花々と風が共に踊る、自然すらも魅了したかのような舞。
心は自然と高揚し、それまでに感じていた心の虚が、葛藤が、吹き払われたかのように、清々しい気持ちにさせる。
ふと妻の顔を見れば、翡翠の瞳からは涙がほろほろと溢れている。
「ユー?」
「……ぁ……申し、訳……」
止めようとしても止められ無いのか、被っていた長衣で顔を隠してしまう。
どうする事もできず、慰めになればと、そっと抱き寄せた。
そして以前より痩せた体に気づき、どれ程この愛しい妻が心を痛めて過ごしていたのかを知る。
「愛している。
どうしようもなく、そなたが、そなただけが愛おしいのだ」
想いを伝える。
どうか、離れて行かないでくれと乞い願いながら。
「……わかって、おります。
私も……シャオだけを愛して……。
だからこそ……離れるべきだと……けれど……」
__離れたくない……。
囁くような布越しの声は、すぐ側の腹黒にすら聞こえぬ程に、小さく、か細いもの。
「ユー」
抱きしめる腕に力をこめて抱きしめた。
不意に、ビュウ、と風が大きく周囲から巻き起こる。
小娘に目をやれば、屈んで伸び上がりながら、広げた扇を下から上へと、まるで集めた風を天に還すかのようにして掲げた。
爽やかな神風が天へと吹き上がり、曲も舞いも終わりを迎えてピタリと止まる。
少しして、春風が優しくそよぐ中、扇を左手の平にパシリと打ちつけて閉じ、こちらへ振り向く。
「終わりました。
良き風も吹き始めましたし、井戸に閉じこもってらした方々も……」
微笑みながら、小娘は歩み寄る。
何となく、気になる言葉を吐いたような気がするも、視覚的な部分である事が目について、言葉は耳を素通りした。
「小娘……そなた……」
「……顔が……」
それは腹黒も同じだったらしい。
小娘の顔に目が釘づけになった俺と腹黒は驚きに声をもらす。
そこには銀髪に濃赤桃色の瞳の……間違いなく絶世と称されるだろう少女がいた。
品の中に危うい艶やかさを纏う、麗しい美少女だ。
「顔?
はっ、まさか……」
きょとりとした美少女の目元は、記憶がただしければ少し釣り上がっていたはずだ。
しかし今は相手の警戒心を緩ませる優しげな目元となっていた。
俺達の驚愕した顔に何かを思い至ったのだろう。
ハッとした顔もまた、どこか庇護欲を掻き立てるものだった。
「滴雫様!
化粧が!」
「ふぶっ」
「お嬢様!
これこれ!」
真っ先に走ってきた筆頭侍女が、まずは頭1つ背の低い少女の頭をその胸に勢い良く押しつける。
不意打ちに小娘が妙な声を出したが、その直後に全く意に介さず、物真似侍女がいつの間にか脱いだ自分の礼服を、小娘の背後から飛び上がり、バサッと頭から被せた。
「お嬢、抱えるぞ!」
「ヨー、そのまま連れて行け!」
着地して、更に横へ飛び退いた物真似侍女の背後からは、前髪を右寄りに分けた片鬼がヌッと現れ、顔の隠れた小娘を横抱きにした。
その場に留まって、恐らく3人が放り投げただろう楽器を受け止め、片づけながら指示を出した、左寄りの前髪鬼が言い終わらぬ内に走り去った。
その間数秒。
「皆様、このまま私の宮までお越しになって~……」
呆気に取られた俺達は、遠ざかりながら消えていく声を聞きつつ、ただ見送ってしまうしかなかった。
その後どういう事か問うも、一貫して見間違いで通す青緑達。
何も見ていなかったユーの訝しむ顔も可愛いなと思いつつ、埒が明かないため、皆でぞろぞろと小娘の小屋へと向かう事となったのだった。
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