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114.色香にあてられなさい!

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「ガウニャ~ゴ」

 あら、子猫ちゃんがひと鳴きすれば、一回りどころか、左鬼ズォグイの膝丈くらいに大きくなってしまいましたね。
それに声が幾らか野太くなっていて、何とはなしに不機嫌そうです。

「グルルル」
「な、何だ?!」
「何処から?!」

 こちらに悠然と歩きつつ、今度はやや威嚇の混じった鳴き方に。
殺気に満ちた顔を私に向けていた僧侶達がハタとし、周囲を見回して警戒します。
声は聞こえるも、姿は視えないようです。

 子猫ちゃんは彼らを少し睨んでから隣を素通りし、私の前に。

 双子の鬼達がそれとなく懐に手をやっているのは、忍ばせた短刀に触れる為でしょう。
投げるの止めて下さいね。
子猫ちゃんが素通りすら仕様だと、短刀が私に刺さりますから。

 __シューシューシュー。

 おや、今度は懐に入って大人しくしていた小蛇ちゃんが、胸の谷間からピョコッと顔を出して噴気音。

 暫し見つめ合う獣と爬虫類の瞳。

「ガウニャ~ゴ」

 声を和らげて鳴いた子猫ちやまんは、気を取り直したのか私のお腹に顔をスリスリ。
ふふふ、姿は蝙蝠翼の生えた黒い大虎ですが、可愛らしい子猫ちゃんに違いありません。

「な、何だ、貴妃は何を撫でて……」
「まさか妖か?!」
「じゃ、じゃあやっぱり呪いか?!」

 何だか失礼で不穏です。
でも小雪シャオシュエ、僧侶達を鬼の形相で睨むの止めて下さいね。
鬼達はこの状況でニヤニヤ笑うの止めて下さいね。
ヤバイ奴に見え……既に僧侶が引いてますよ。
私のせいじゃありませんからね。
何だか古の妖、渾沌とか出てきそうな状況です。

 よし、ひとまず顔で切り抜けましょう。

 ちなみに私はずっと顔を隠してますからね。
さあさ、唇をひと舐めして軽く噛んでから、息を止めてゆっくりと被っていた紗を下ろしますよ。

 僧侶達よ、私が過去の人生で培った指先も含めた色香にあてられなさい!

「「「…………へ?」」」

 私が紗を下ろすと同時に、僧侶達は毒気が抜けた顔になり、間の抜けた声が微かに漏れ出ました。

 ふふふ、そうでしょうとも、そうでしょうとも。

 長らく僧侶として、この寺で禁欲生活をしていたのです。
女子おなごの色香耐性はとことん削ぎ落とされているはずです!

「……そんな……皆様……」

 少し前まで意図せず涙を流したのです。
その名残りで目から水を溢すなど造作もない事!

 潤んだ憂いのある瞳、軽く赤らんだ頬に伝う滴、赤く艶のある唇から溢れる吐息、そし頼りなくか細いまだ幼い少女の声。

 ひらりとした紗を手に添えて、口元を隠し、哀しみに濡れる瞳を僧侶達に向けた後、再び伏せ……。

「……妖や呪いなんて……恐ろしい事を……何故仰るの?
怖いです……」

 今度は瞳を閉じて、ポロポロとややしっかりめに水を流してやりました。

 鬼達の愉しそうな視線は無視です。
ここ反応したら全てオジャンてやつになりますから。

「……あ……」
「いえ、ですから我々は……」
「……美しい方だ……」

 僧侶達はシンと押し黙った後、どこか媚びるように私にジリジリ近寄る気配をさせ始めました。

 ふむ、もう良いでしょう。

「ああ……スン……けれど今は……スンスン……大僧正様を……ごめんなさい、どなたか……」

 健気な女子を演出するのに、鼻を鳴らして涙を堪える素振りを示しつつ、目覚めたら面倒そうな大僧正を回収してと言外に伝えます。

「ああ!
そうでした!」
「法印大僧正様!
さあ、こちらに!」
「貴妃はどうぞ、お部屋でお休み下さい!
ああ、拙僧が案内を!」
「何を言う!
それならば拙僧が!」
「いや、それなら……」

 何だか思った以上に大挙して来そうですね。

滴雫ディーシャ貴妃をお連れするのは筆頭侍女の私の務めです。
それより大僧正をお連れする事こそが貴方達の優先すべき事では?」
「護衛の俺達を差し置いて、貴妃に触れようとするのではあるまいな?」

 おや、小雪シャオシュエ左鬼ズォグイがスッと間に。

「ほら、さっさと連れて行け」

 元からそこにいた右鬼ヨーグイが大僧正を僧侶数名の真ん中に押しつければ、僧侶達はやっと私から大僧正へと意識を傾けてくれた模様。

 小雪シャオシュエが私の手にある紗を取り、さっと頭に被せたら、左鬼ズォグイが私を抱き上げました。

「大僧正が目覚められたら、お知らせ下さい」

 それだけ伝えてから、大量の視線を感じつつも鬼達と侍女と共にその場を後に致します。
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