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119.小娘の魔力操作能力〜晨光side

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「随分と無理をさせていたようですね」

 滞在先として充てがわれた一室に戻った私は、独り言ちた。

 あの小娘の機嫌を損ね、追い出されてから暫くしてだ。

 諜報に長けた側近から、小娘が倒れたと報告を受け、再び小娘の元へ向かった。
たが部屋に入る事は叶わず、追い返された。
部屋の前で待機していた双子の護衛達と筆頭侍女によって。

 部屋の前に着いて早々、小娘とは気心知れているはずのあの3人、特に小娘に心酔している大雪ダーシュエの妹ですら部屋の外に居た事に違和感を覚えた。
倒れたなら、何があっても部屋で看病するのではないのか?

滴雫ディーシャ様が本当に弱っている時は、むしろ近くに誰もいない方がゆっくりお休みになれますから』

 私の疑問が顔に出ていたのだろう。
彼女は当然と言わんばかりの態度でそう告げた。

『そうそ、ちっちゃい時からお嬢は、弱ってる時に誰かが側にいると、無意識に無理して休めなくなるんだよ。
な、右鬼ヨーグイ
『そうそ、両親と昔いた乳母以外、弱ってる時には受けつけない。
特に今は何かをずっと考えてるから、知恵熱もあるんじゃないか?
そういう時は必要最低限の看病だけして、近くで見守りだな。
世話の焼けるんだか、焼けないんだかわからんのがお嬢だ』

 心配そうな侍女とは対照的に、前髪が左、右寄りの順に話す双子達は楽しそうだった。

 年齢は私より上のはずだが、若く見えるこの双子は精神年齢もどこか幼く感じる。

『何を考えて知恵熱を?』
『さあ?
俺達は命じられて動く使用人だからな』
『考えるのはお嬢の仕事だ。
でもまあ、お嬢は頭の出来も普段の振る舞いも大人びてるけど、体も脳みそもまだまだちっこい子供だぞ』
『それに1回体調崩すと数週間は調子が戻らない。
ま、そんな状態だから、俺達はここで不測の事態に備えてんだよ』
『『やっぱ世話の焼けるお嬢だな』』

 今度は前髪が右、左の順に、小娘が鬼と呼ぶ双子が喋り、最後は仲良く声を揃えて笑う。

 その話に少なからず衝撃を受け、そしてそんな自らにまた衝撃を受けた。

 そうだった。

 頭の中では小娘と呼ぶあの娘は、まだ子供と呼んでも差し支えない、14歳の少女だ。
本人も成長期だとか若いとか言っていたが、普段の言動が余りに大人びているし、腹黒く知略に長けているのを目の当たりにし、その知略に足元をすくわれてきたが為に、小娘が入宮して以来、つゆ程も考えた事がなかった。

 そう、だったんだ。

 私は帝国民の認識ではまだ子供として扱われる14歳の娘を、法律ではぎりぎり成人となるからと、自らの目的の為に餌として扱っている。

 挙げ句もう法律では大人だから、中身も成熟しているのだからと思いこむ事で、自らの内にあった少なからずの罪悪感を忘れようとしていた。
少し前には女として顧みる事のない、ずっと年上の男と閨を共にして御子をもうけろとすら言ったのだから、つくづく愚かだ。

 とはいえ、今更小娘を手放す事もできない。

 情けないとはもちろん思う。
私も陛下も皇貴妃も、良い大人が揃い、権力もそれなりに持ち合わせている。
それでも今は、悪妃と認識されつつある滴雫ディーシャ貴妃の存在が、小娘の知略が必要だ。

『もしや元々体が虚弱なのですか?』
『これ以上を教える必要がありますか?』
『これでも貴妃の後ろ盾で、後宮に関わる事です。
知る必要はあるでしょう。
教えなさい』

 主の弱点となるからか、詳しく話す事に抵抗を覚えたらしい胥吏しょりである侍女に命じます。

『……体調を維持する意味もあって体を鍛え、体の中を巡る魔力操作を修練なさいました。
ここ何年かは普通に過ごしているだけなら、生死の境を彷徨うような熱を出す事はありません。
それでも魔力をある程度使う事が続けば、多少の熱は比較的すぐに出されます。
気取られないよう振る舞うので、後宮で私達が気づかなかっただけで、知らず出していたかもしれません。
今回のように倒れる程、魔力を消費した後は、今のように治まった熱もぶり返しやすくなり、最悪は何日か寝こまれてしまいます』
『そう、でしたか』

 妙に魔力操作に長けていると思っていたが、だから……。

 体内魔力の循環は本来労せずして無意識下で自然に行われている。
けれど稀に上手くできない者は体が虚弱で、子供の頃に命を落とす者も多い。

 まさか小娘の高い魔力操作能力は、必要に迫られて得た物だったのか?

 そう思い至りながら、ひとまずその場を後にした。
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