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第15章 魔王国

15ー1 聖樹

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 15ー1 聖樹

 クロノフさんは、わたしを王城の庭へと案内してくれた。
 そこは、すごく静かで清浄な場所だった。
 精霊たちがふわふわと飛び交っている。
 クロノフ様は、わたしを一本の大樹のもとへと導いた。
 「これは」
 わたしは、その木に精霊が集っているのを見た。
 この木がこの場所を浄化し、聖別しているのだ。
 「聖樹?」
 「わかりますか」
 クロノフさんが懐かしそうに聖樹の幹を撫でた。
 「この木は、かつて精霊国よりもたらされた聖樹の生き残りなんです」
 クロノフさんが低いよくとおる声で話した。
 「あなた方のいた大陸では、聖女が柱と呼ばれるものを守っていますね?つまり、あなた方がいた大陸は、聖女によって瘴気やら汚れというものから守られています。この暗黒大陸では、それが聖樹なのです。我々の大陸では、聖女の代わりに聖樹が世界を守っているのです」
 「そうなんですか」
 わたしは、そっと手を伸ばして聖樹へと触れた。
 聖樹から突然、誰かの記憶のようなものが流れ込んできて。
 わたしは、驚いて手を離す。
 「これは?」
 「あなたには、聖樹の記憶が見えるのですね」
 クロノフさんが微笑んだ。
 聖樹の記憶?
 「聖樹には、その木がそこで過ごした時の記憶が残されています。それを読み取ることができるのは、『光の乙女』だけです」
 クロノフさんがわたしの手をとりそっと聖樹へと触れさせる。
 「この木の記憶の中にすべてが残されているのです」
 聖樹からわたしの中へと膨大な時間の流れの中でのこの木の記憶が流れ込んでくる。
 遡っていく記憶の中には、ルチアーノ様とよく似た黒髪の獣人とわたしとよく似た銀色の髪の獣人がこの木の下で出会い愛を育んでいった記憶もあった。
 二人は、とても幸せそうで。
 やがて二人には子供ができて。
 それは、青銀色の綿毛のような癖毛の赤ん坊だった。
 二人は、この子供を愛し育てていたが、ある日、この木の下で悲劇が起きた。
 銀色の髪の人と赤ん坊が一緒に聖樹の下で過ごしていたとき、突然、現れた刺客が銀色の髪の獣人の女を殺して赤ん坊を連れ去った。
 銀色の髪の人は、最後まで赤ん坊を守ろうとしていた。
 しばらくして黒髪の男の獣人が戻ってきた。
 その人は、どうやら戦場から駆けつけたばかりのようで。
 姿を変えてしまった番を抱き締めて涙を流していた。
 それからは。
 もう、ずっとその男の獣人は、聖樹のもとを訪れることはなかった。
 
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