捨てられ姫と偏屈魔法士

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 夕餉を作りに行った修道女イルザを見送り、俺は礼拝堂でペラペラと魔法書を捲る。教会に置かれた蔵書の中でも一際存在を主張していたこの本は、どうやら大人用の魔法書らしく。まだ12で学舎にも通っていない(そもそもミカニ村に学舎なんてものはない)俺には難しすぎる。
 10の時に神父に「誰も読まないから」と貸してもらってから、ひたすら語学の本と照らし合わせながら解読する日々だ。そもそも語学の本すら読めない時もあるのだがーーそういう時は、神父の力を借りるようにしている。
 
 出来る限り、自分の力で解読したい。理解したい。そんな俺の姿勢を、神父は尊重してくれているのだ。今だって、神父は礼拝堂を占拠して本を読む俺を咎めることもなく掃除に勤しんでいる。

 手伝え、親不孝者が、と怒鳴ることも殴ることもせず。


「……」


 1度だけ、「ここに住みたい」と言ったことがあったな。断られたけど。苦笑して「家族がいる内は大切にしなさい」と言う神父に首を傾げ反抗した記憶がある。
 何故、俺を認めてくれない彼等を大切にしなければならないのだろう。一生かかっても解読できない疑問である。

 頭を振って思考を打ち止め、再度魔法書に集中する。神父から貰った羊皮紙の切れ端にガリガリと炭の欠片で魔法式を記入し、間違えては擦って書き直してを繰り返す作業。覚えた魔法式の羊皮紙は修道女が枯れ葉を燃やす際の燃料の1つとなる。


「……で、ーーだから、……うぅん…………」


 難しい文法や文字に心が折れそうになる時もあるけれど。これを解読した先に『魔法技師』の夢が待っているのならば頑張れる。

 ちなみに魔法技師とは。
 『国際法』とやらで認定された『国際資格』で、ヴィルトゥエル王国以外の国でも通用する魔法士の資格の1つだ。超絶難解な試験と実技を厳しい判定のもと通過した者だけが得ることが出来、1度資格を取得すれば、王都の魔法研究に携わることもできるし国防に関わることもできるし貿易に関わることもーーーーつまり、らしい。
 現在この国の魔法技師の頂点に座する10人の魔法士は、王家にすら物申せる位の地位と権威を確立しているのだとか。

 俺の目標は、その10人の内の1人になること。家族にそう宣言したらえげつない程馬鹿にされたし、次の日には村中に広まって暫くは笑いものにされた。


「……あの、すみません」
「…………」
「あ、あの、?……あの、」
「………………」


 そう。俺は俺を馬鹿にした村人全員を見返さなければならない。10人の魔法技師の一角に座し、遥か高みから奴らを見下ろしてやるのだ。そして後悔させてやる。俺という貴重な村唯一の魔法士を蔑ろにした奴らにーーーー


「ーー~~ッッ、あのぉ!!!すみません!!!」
「うわぁぁぁ!!!!」


 ガタンッ!!ガタガタッーー!!

 耳元で突然叫ばれた俺は絶叫して耳を抑え、椅子から転げ落ちる。叫んだ本人であろう少女もまた俺の反応にびっくりしたのか後ろにひっくり返り、机に思いっきり腰を打ち付けてしゃがみ込んだ。
 その隙に俺は慌てて起き上がり、距離を取る。そのまま左手人差し指を真っ直ぐ少女の眉間に向けて構えた。

 後ろ手に腰を抑えながらも顔を上げた少女と、目が合う。何故か少女は驚愕したような表情を浮かべ、次いで顔を青ざめさせる。
 少女(俺よりは年上っぽい)に攻撃手段を向ける事に少しだけ罪悪感を抱く。が、少女が何者か分かっていない以上、迂闊に構えを解くのも危険だろう。

 そんな俺の考えを読んだのか、少女は後ろ手に腰を抑えていた手を前に戻し、両腕を上げて無抵抗の形を取った。そして、きらきらと透き通った金色の瞳で俺を見つめ、品の良い唇を開いた。


「お、驚かせてごめんなさい。けれど、何度か声を掛けたのです。神に誓って。その、集中していたようだったから……」
「ーー……あぁ、そう。俺の方こそごめん」
「いいえ。……ごめんなさい、此処は何処なのでしょうか」


 あぁ。
 包帯だらけの少女がおろおろと礼拝堂を見渡すのを見つめ、俺は我に返る。草原で意識を失ったのに、目が覚めたらいきなり知らない部屋にいましたーーとあっては不安にならないわけがない。こんなに美しい容姿をしているからには、誘拐されかけたこともあるだろうし。
 咄嗟に仮眠室を出て、直ぐの所にいた子どもの俺に声を掛けたというわけだ。……いつの間にか神父もいなくなっているようだし。

 気まずそうに立ち尽くす少女に「座れば」と長椅子の1つを指させば、少女は礼儀正しくお辞儀をして腰掛けた。俺も指を解き、椅子に座り直す。


「あんた、茂みの中にぶっ倒れてたんだぞ。茂みの中なんて土とか虫とか色んなのがいるんだからせめて……」
「ま、待ってください。私、外に倒れていたんですか?」
「は?うん。村の外から歩いてきて、草原で力尽きたんじゃねーの?…………もしかして記憶障害?」
「……………………あの、誰か私を見たという人は」
「あんたみたいなのが目撃されたら一瞬で噂になる。んで、奴隷商人呼び込んで駆け引きが始まるさ」


 見つかったのが子どもの俺でよかったな。

 そう告げると、少女は胸に両手を当て深々と頭を下げる。


「本当にありがとうございます……」


 神が与えたもうた救済ですね、なんて大それた事をしみじみと言う少女に、ふんぞり返っていた俺は急に恥ずかしくなってきてそっぽを向いた。

 


 
 
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