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1-1.
しおりを挟む「……え、」
絵本の挿絵に登場する女神が如き美貌を備えた少女は、しかし身体のそこかしこに痛々しい程の傷を作っている。ミカニ村ではおよそ見ることのない上等なドレス(これも汚れが目立つが)を見に纏っているその様は、一目で彼女がやんごとなき身分である事を俺に知らしめた。
とはいえ、こんな辺境の田舎村に、何故?呆然と固まってしまった俺はただただ立ち尽くして少女を見下ろすことしか出来ず。
「……う、ぅ……」
という少女の呻きを聞いた瞬間、止まっていた時が再度動き出したかのようにビクリと身体を震わせてしまった。
俺はとりあえず周囲の気配を探り、少女を傷付けた『ナニカ』が近くに居ないことを確かめる。確認が取れると、直ぐ様しゃがみこんで彼女を観察した。
とりあえず、呼吸は安定している。どうやら眠っているだけのようだ。
「ーーおい。聞こえるか?おい、」
「……」
反応はないが、整った眉が微かに動く。ーー意識も安定している。俺はホッと小さく溜息を吐き、再び周囲を見渡した。
兎にも角にも先ずは少女を運ばねばならない。家に行っても追い出されるだけだろうし、基本的に外の住人に対して排他的な村人達が受け入れてくれるとも思えない。慰者だってそうだ。
ーー教会しかないか。
早々にそう結論づけた俺は、重たい本をもう一度抱え直し、左手人差し指を少女に向ける。そして、今だ眠り続ける少女を起こさぬように、小声で魔法式を唱えた。
「『風よ。我が魔力を媒介にしてどうかその大いなる力を貸し与えたまえ。風よ、風よ、風よ。その安らかなる息吹で我が意志を支え、助けたまえ』」
ふわり。と少女が浮き上がる。草に隠れて見えなかったが、横腹辺りの衣服に血が滲んでいるのが分かって思わず眉を顰める。怪我の『治癒』なんて、『魔法技師』の中でも特別優秀でなければ使う事なんて出来ない。
もしかして、死んでしまうのでは。
そんな恐ろしい考えが脳裏をよぎり、慌てて首を振る。まだ呼吸があるのに勝手に殺すな。
1回だけ深呼吸をし、俺は指を真っ直ぐ浮いた少女に向けたまま急ぎ足で教会へと向かった。
◇◇◇
「……ふぅ。一通りの怪我は手当しました。命に別状はありません」
「ほ、ホントですか」
「えぇ。よく頑張りましたね、レイ」
血を拭うのに使った布を水桶に潜らせ揉み込む神父が、穏やかな笑みを浮かべて俺を一瞥する。慌ててそっぽを向けば男はクスクスと楽しげに笑った。
ふよふよと浮かぶ傷だらけの少女を連れて教会に押し入った俺を驚きつつも迎え入れてくれた神父は、直ぐ様神父の仮眠室に少女を運んだ。
そして「女性のことは女性に任せましょう」と微笑んで修道女を1人呼び寄せ、速やかに手当するよう的確に指示をしてくれたのだ。修道女も血を見て慄くことはなく手当を了承してくれた。
で。
男である俺と神父は速やかに部屋から追い出され、手当に使った布や道具を洗う力仕事を任されている訳だ。
ゴシゴシと石鹸と共に揉み込むがなかなか取れない汚れに眉を顰める。ちなみに早々に飽きて魔法書片手に逃げ出そうとしたのだが漏れなく捕まった。
「あの女、どっから来たんだ……?外の人だろうけど、それならあんな場所でぶっ倒れる前に誰かが見咎めて追い出す筈…………」
「そうですね」
「神父様、なんか聞きました?目撃情報とか」
「いいえ。聞いていませんとも。イルザはどうです?」
「いいえ、私も何も」
ギィ、と重い音を立てて扉が開き、イルザと呼ばれた修道女が姿を見せる。慌てて「女は」と声を掛けると「女性もしくは女の子、と呼びなさい」と叱責を受けた。
むくれつつも「女性は無事ですか」と言い直した俺に満足気に頷いた修道女は、チラリと扉の奥を一瞥しつつも穏やかに微笑んだ。
「えぇ、無事ですよ。途中1度目を覚ましましたが、また直ぐに眠ってしまいました。……疲れているのでしょうね。化粧を落とすと目に隈がくっきり……先ずはゆっくり休ませてあげましょう」
「はい」
「レイが見つけてくれて良かったわ。村の人々は外の住人に厳しいから」
貴方の優しい心に感謝をーーと頭を撫でてくる彼女の手を無言で享受していると、何故か神父までもがニコニコ笑って頭を撫でてくる。いい加減鬱陶しくなったので逃げ出すと、彼らは顔を見合わせてもう一度笑った。
とりあえず眠っている少女が起きては可哀想だということで礼拝堂に移動した俺達は、揃って神の像に祈りを捧げる。
どうか、少女が無事でありますように。
本当は神に願い事なんて良くないのだろうけれど、今ばかりは許して欲しい。
「夜、結界の外で魔法に襲われたのかしら」
「国境を越える行商の一員かもしれませんね……そうだとしたら、お仲間は…………あぁ、神よ。彼等の御心をお救い下さい」
「…………」
やっぱり、護衛がないとこの辺りは大変なんだ。改めて旅の危険性を理解した俺は、ゴクリと息を飲む。別にこれを聞いただけで王都に行く夢を諦めたりなんかしないけれど。
ちょっとだけ不安が増すのもまた、仕方ないと思う。13になるまであと数ヶ月あるから、もっと勉強しないと。拳を固く握り唇を噛む。
そんな俺を、2人の男女がじっと見つめていることには、まったく気づかなかった。
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