【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

ウサギテイマーTK

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二十四章 いつまでも若さを保っているのも、アホっぽい人の個性か?

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 加藤は、父宗太郎との会見が終わり、次の予定地に向かう、つもりだった。

「お待ちください。誠作ぼっちゃま」

 いつの間にか加藤の背後には、住み込みの家政婦、木田が立っていた。
 恐る恐る振り返ると、木田はニコリともせずに加藤に告げた。

「奥様が、お待ちです!」

 有無も言わさぬ木田の迫力に、加藤も頭をペコっと下げ、従わざるを得ない。

 摩利支天まりしてん・木田。

 子どもの頃から加藤は、密かにそう呼んでいる。
 木田は女性としてはガタイが良く、ルール違反には容赦なく鉄槌を下す。
 
 仕方なく、加藤は階段を昇る。
 ふと、階段の下を見る。
 昔はただ暗い、穴倉のようだった階段下は、収納庫として整備されていた。

 父や木田に怒られた時、加藤はよく階段下の奥に逃げた。

 居間のフローリングの床に、カメムシを集め、レースをさせた時。
 木田に布団たたきでひっぱたかれ、尻を押さえ階段下に逃げた。

 板を引っぺがし、護摩木の如く燃やそうとした時。
 激怒した父のゲンコツをくらった。
 加藤は頭を押さえ、階段下で夜を過ごした。

 そして、同級生と殴り合った時。
 あの時は、憲章が……。

「今日は虫など、持っていないですよね」
「はっ、はい」

 摩利支天には逆らえない。

 スタスタタっと階段を昇り、母の部屋に着く。

 軽くノックをすると「どうぞ~」という声。
 ドアを開けた加藤の額に、パチコーンと何かが飛んできた。

 それはダーツの矢であった。
 先端が吸盤になっていて、幸いだった。
 てか。
 なんでダーツ?

「あらあ、大当たり~」

 パチパチと手を叩く母。
 自宅にいるというのに、母はパニエ付きのロングドレスを着用し、結い上げた髪はなぜかピンクブロンドに変色していた。
 きっと、またヘンなものに、はまっているのだろう。

「ご無沙汰してます」

 一応社会人として、加藤は最低の礼儀を尽くす。
 すると母は、なぜか淑女の礼風なお辞儀を返した。

「誠作、婚約破棄は許しませんよ」

 唐突に、何を言うのだ、この母は。

「そもそも婚約してませんけど」
「じゃあ、破棄するために、婚約なさい」
「嫌です」

 加藤は額にダーツの矢を付けたまま、母と不毛な会話をする。
 母の傍らのテーブルには、お見合い写真と思わしき、キャビネサイズの台紙の束が乗っていた。
 母はあたかもトランプのように写真の束を広げ、「ほらほら、どれがイイ?」と加藤に迫る。

「だいたい、跡取りは憲章なんだから、そっちから片付けてください」
「あら、憲章くんには、もっと家柄の良い女性を用意しているわ」

 ツッコミどころが多すぎて、突っ込む気力もなくなった加藤は、額のダーツの吸盤を取りはずし、帰ることにした。

「誠作、お小遣いあげましょうか?」
「いえ、結構です」

 蘭佳もそうだが、母の一系は見てくれだけなら一級品だ。
 だが、付き合うのは無理だと加藤はしみじみ思う。
 母や蘭佳のせいで、加藤の女性観はだいぶ歪んでしまっている。

「お帰りですか」

 木田が玄関で、加藤の靴を揃えて待っていた。

「たまには本宅にお顔を出してくださいませ。当主様も奥様も、寂しがっておられますよ」

 懐かしい木田の説教だ。

「はいはい」
「『はい』は一回!」

 外に出ると、夏の薄い闇が降りていた。
 そういえば。
 泣いた日も、こんな空の色だった。



 『……養子だから』『貰われっ子なのよ』

 繰り返される近隣の囁きで、加藤は、自分がこの家に馴染めないのは、そのせいかと思った。
 
 階段下で膝を抱えていた加藤を、後ろからそっと、憲章が抱いた。

「違うよ、せいちゃん。違うんだ」

「俺は、親父ともおふくろとも、憲章とも似てない。きっとどっかから、貰われてきたんだ」

「せいちゃんは、間違いなく父さんと母さんの息子だよ」

 憲章は息を一つ吐く。

「貰われてきたのは、僕だ」

 以来、加藤の涙は、ぴたりと止まった。


 嫌な記憶である。
 画像として記憶すると、思い出す時もリアルな映像付きだ。
 忘れたいことをいつまでも覚えているのは、時として精神を削る。

 加藤は音竹の自宅の公園まで辿り着いた。
 音竹の家の窓は暗い。

 一人の養護教諭として、子どもたちには、いつも明るい顔でいて欲しい。
 そのために加藤は、解かなければならない。
 鍵はこの公園にある。

 加藤は公園で、しばし夏の星座を見つめた。
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