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二十五章 季節がいくたび変わろうと、解けない謎もあるもんだ
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加藤が星空を眺めていると、どこからか「うっ! ほっ! うっ! ほっ!」という掛け声が聞こてきた。
いや、掛け声というより、獲物を狩る前の合図のようだ。
その声を確かめようとした加藤が足を踏み出すと、奇怪なシルエットが見えた。
小柄な人物が、片手でダンベルを振り上げている。どう見ても、五十キロはありそうなダンベルだ。上腕二頭筋が異様に盛り上がっている。
ああ。
阿吽像の今野だ。
ちょうど良かった。
「こんばんは」
加藤が阿吽像に声をかけると、彼は頭上でダンベルを振り回した。
「いやあ、日が暮れても暑いねえ。兄さん、何しているの? ノゾキ? 盗撮?」
するか!
今野は首にかけたタオルで汗を拭うと、加藤に向かって手招きする。
「水分補給するから、あんたもおいで」
今野の家は、都市伝説を一つ生みだした、古ぼけたアパートの裏にあった。
今野宅も外観は昭和だったが、なかに入ると、何故か宇宙船の指令室のようだった。
部屋中に、大小新旧様々なパソコンと、オシロスコープみたいな器材。無線も完備されている。
何してるの? このじいさん……
スパイ?
怪訝な表情で、室内を眺める加藤を気にすることもなく、今野はテーブルにコップを並べた。
「まあ、飲めや」
今野はヤカンから液体を注ぎ、加藤に勧めた。
まるで泥水のような色であり、湿った靴のような匂いがする液体である。
「なんすか、コレ?」
「ドクダミと甘茶蔓の合わせ技。夏バテに効くぞ」
諦めて加藤は一気に飲み干した。
意外にも、飲めない味ではなかった。
でも悔しいので、あとで白根澤にも飲ませよう。
「ほお、良い飲みっぷりだな。もう一杯いくか」
「いえ、結構」
今野は笑いながら、ふと真顔になる。
「で、お前さん、何が知りたい?」
直球の質問は、センターへ打ち返す。
「アパートに出る、首無し幽霊の真相」
今野は黙ってドクダミ甘茶蔓の液体を飲む。
ふうっと息を一つ。
「霊能者だった……」
「はい?」
「件のアパートの部屋に、長らく住んでいたのは中年の女性だ。中年というか、老年にさしかかっていたというか。とにかく占いとか霊視とか、そんな生業の女だった」
「その女が首無し幽霊? なんで? 呪い?」
今野は軽く笑う。
「まあ、そう急かすな。女は烏が嫌いだと言ってたよ。ギャアギャアうるさいって。そこで、公園側の窓に、カラス除けのグッズを並べていた」
「じゃあ、カラスのタタリか?」
今野は加藤の質問を、まったく無視して話を続けた。
その占い師だか、霊能者だかの女は、大きな目玉が描いてあるようなバルーンを窓に吊るし、昼間は部屋にこもっていた。
時折、そんな女の部屋を訪れる、相談者もいたという。そろそろインターネットの利用者が増え始めた時代、女に救いを求める相談者の数もまた、徐々に増えていった。
「ポツリポツリ、マスコミの取材申し込みもあったな。女は断っていたけど。そんな時だった」
今野の顔が引き締まった。
「火事が起こったんだよ、女の部屋で。ガラスが割れ、炎は天井を焦がした。すぐに消火され、大ごとにはならなかったんだが……」
柱時計が鳴った。
加藤はビクっとする。
「火事のあった日から、女の姿は消えてしまった。忽然と」
消火後の現場検証で、火元は女が消し忘れた、ロウソクではないかと推定された。
ただ気になる箇所があった。
燃え残った壁に、血の跡があったのだ。
血液型は、消えた女のそれと一致した。
「よって、火事を起こしてしまった女が、自責にかられ出奔したか。あるいは……」
加藤はたまらず今野に言う。
「誰かの手で女は害され、女を害した犯人が、証拠隠滅を図ったか」
十年近く経過した今も、女の行方は不明のままである。
「で、今も部屋は誰か住んでいるのか?」
加藤の問いに今野は頷く。
「住んではいないが、女の身内だという奴が、家賃を払って借りているよ」
加藤はもう一つ、今野に訊いた。
「なあ、その火事の時、公園でも何か騒ぎがなかったか?」
「ああ、そういやあ、あの音竹の息子が、すべり台から落ちたとかで、救急車呼んでたな。いや、音竹の息子がギャン泣きしてたから、近所の人が火事に気付いたんだっけ」
今野のセリフこそ、加藤が欲しかった答えだった。
そう、以前今野は意味深なことを言った。
『音竹少年は、誰かに落とされたという噂がある』
加藤の脳内に、空白だった部分の曼荼羅が構成されていく。
「あんた、音竹の家に踏み込むなら、覚悟が必要だぞ」
いきなり今野の目が猛禽類のような光を放つ。
「たとえ子どもが可愛くても、教師には出来ないことがあるだろう」
加藤はニヤッと笑う。
「それはあんたが警官だった時にも、踏み込めなかったものなのか?」
今野は一瞬たじろいだ。
初見で今野は加藤を教師と見抜いたが、加藤もまた、今野の前職を把握していたのだ。
「知っていたのか……」
今野は呟く。
「いや、カンだ。だが、この部屋を見て確信したよ。あんた、今も警察、いや公安かな。それらと繋がっているんだろ?」
それには答えず、今野は加藤のコップに、新しいドクダミ甘茶蔓の液体を注いだ。
いや、掛け声というより、獲物を狩る前の合図のようだ。
その声を確かめようとした加藤が足を踏み出すと、奇怪なシルエットが見えた。
小柄な人物が、片手でダンベルを振り上げている。どう見ても、五十キロはありそうなダンベルだ。上腕二頭筋が異様に盛り上がっている。
ああ。
阿吽像の今野だ。
ちょうど良かった。
「こんばんは」
加藤が阿吽像に声をかけると、彼は頭上でダンベルを振り回した。
「いやあ、日が暮れても暑いねえ。兄さん、何しているの? ノゾキ? 盗撮?」
するか!
今野は首にかけたタオルで汗を拭うと、加藤に向かって手招きする。
「水分補給するから、あんたもおいで」
今野の家は、都市伝説を一つ生みだした、古ぼけたアパートの裏にあった。
今野宅も外観は昭和だったが、なかに入ると、何故か宇宙船の指令室のようだった。
部屋中に、大小新旧様々なパソコンと、オシロスコープみたいな器材。無線も完備されている。
何してるの? このじいさん……
スパイ?
怪訝な表情で、室内を眺める加藤を気にすることもなく、今野はテーブルにコップを並べた。
「まあ、飲めや」
今野はヤカンから液体を注ぎ、加藤に勧めた。
まるで泥水のような色であり、湿った靴のような匂いがする液体である。
「なんすか、コレ?」
「ドクダミと甘茶蔓の合わせ技。夏バテに効くぞ」
諦めて加藤は一気に飲み干した。
意外にも、飲めない味ではなかった。
でも悔しいので、あとで白根澤にも飲ませよう。
「ほお、良い飲みっぷりだな。もう一杯いくか」
「いえ、結構」
今野は笑いながら、ふと真顔になる。
「で、お前さん、何が知りたい?」
直球の質問は、センターへ打ち返す。
「アパートに出る、首無し幽霊の真相」
今野は黙ってドクダミ甘茶蔓の液体を飲む。
ふうっと息を一つ。
「霊能者だった……」
「はい?」
「件のアパートの部屋に、長らく住んでいたのは中年の女性だ。中年というか、老年にさしかかっていたというか。とにかく占いとか霊視とか、そんな生業の女だった」
「その女が首無し幽霊? なんで? 呪い?」
今野は軽く笑う。
「まあ、そう急かすな。女は烏が嫌いだと言ってたよ。ギャアギャアうるさいって。そこで、公園側の窓に、カラス除けのグッズを並べていた」
「じゃあ、カラスのタタリか?」
今野は加藤の質問を、まったく無視して話を続けた。
その占い師だか、霊能者だかの女は、大きな目玉が描いてあるようなバルーンを窓に吊るし、昼間は部屋にこもっていた。
時折、そんな女の部屋を訪れる、相談者もいたという。そろそろインターネットの利用者が増え始めた時代、女に救いを求める相談者の数もまた、徐々に増えていった。
「ポツリポツリ、マスコミの取材申し込みもあったな。女は断っていたけど。そんな時だった」
今野の顔が引き締まった。
「火事が起こったんだよ、女の部屋で。ガラスが割れ、炎は天井を焦がした。すぐに消火され、大ごとにはならなかったんだが……」
柱時計が鳴った。
加藤はビクっとする。
「火事のあった日から、女の姿は消えてしまった。忽然と」
消火後の現場検証で、火元は女が消し忘れた、ロウソクではないかと推定された。
ただ気になる箇所があった。
燃え残った壁に、血の跡があったのだ。
血液型は、消えた女のそれと一致した。
「よって、火事を起こしてしまった女が、自責にかられ出奔したか。あるいは……」
加藤はたまらず今野に言う。
「誰かの手で女は害され、女を害した犯人が、証拠隠滅を図ったか」
十年近く経過した今も、女の行方は不明のままである。
「で、今も部屋は誰か住んでいるのか?」
加藤の問いに今野は頷く。
「住んではいないが、女の身内だという奴が、家賃を払って借りているよ」
加藤はもう一つ、今野に訊いた。
「なあ、その火事の時、公園でも何か騒ぎがなかったか?」
「ああ、そういやあ、あの音竹の息子が、すべり台から落ちたとかで、救急車呼んでたな。いや、音竹の息子がギャン泣きしてたから、近所の人が火事に気付いたんだっけ」
今野のセリフこそ、加藤が欲しかった答えだった。
そう、以前今野は意味深なことを言った。
『音竹少年は、誰かに落とされたという噂がある』
加藤の脳内に、空白だった部分の曼荼羅が構成されていく。
「あんた、音竹の家に踏み込むなら、覚悟が必要だぞ」
いきなり今野の目が猛禽類のような光を放つ。
「たとえ子どもが可愛くても、教師には出来ないことがあるだろう」
加藤はニヤッと笑う。
「それはあんたが警官だった時にも、踏み込めなかったものなのか?」
今野は一瞬たじろいだ。
初見で今野は加藤を教師と見抜いたが、加藤もまた、今野の前職を把握していたのだ。
「知っていたのか……」
今野は呟く。
「いや、カンだ。だが、この部屋を見て確信したよ。あんた、今も警察、いや公安かな。それらと繋がっているんだろ?」
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