【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

ウサギテイマーTK

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夏休み特別編

吸血鬼が出た

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 翌日は山道を歩き、渓流まで降りて釣りをした。
 僕以外は、餌に触るのを嫌がった。

 ふと僕が対岸を見ると、大きな虫取り網を持った加藤さんに気付いた。
 あれは、結構値段の高い、プロ用の網だよな。
 本当に昆虫採集している人なんだ。

 僕は虫オタクとして、加藤さんに親近感を持った。
 それに、ちゃんと見守ってくれているんだなって、安心した。

 加藤さんは、対岸にある、石像みたいな物を拭いている。
 こちら側からだと、吊り橋渡らないと行けない場所だ。
 そう言えば、この辺は羅漢像があるんだっけ?
 なんだかゲームに出てくる、魔王を封印してるみたいな像だ。

 肝試しは、あの辺で良いかもしれない。


 渓流で釣れたのは、小さな川魚が二匹だった。
 釣ったのは、僕と透琉。
 釣りは初めてだと透琉は言っていたけど、勘が良いと言うか、器用になんでもこなせるというか。
 でも釣りで疲労したのか、透琉はあまり元気がない。

「大丈夫?」

 僕は恐る恐る訊いた。

「ああちょっと、夏バテ、みたいな?」

 その日の夕食に、釣った魚も調理して貰った。

 夜は花火と肝試しだ。
 今回のクライマックス。

 だから少年の家の敷地内で、一人三本くらいの花火を楽しんだ後、肝試しをすることにした。

 少年の家の受付の人には、八時から九時まで、外出許可を貰った。

「肝試し? なるほど。ではこの辺りに伝わる、真に恐い話でもしてやろうか」

 加藤さんが人懐こい笑顔になる。

「あれですか? 吸血少女の噂」
「吸血少女? ネットに出たヤツかな。ああ、その元ネタかもな」

 加藤さんは話を始めた。

 その昔、この地域で、互いに想いあっている男と女がいた。
 二人は夫婦となり、貧しいながらも幸せに暮らしていた。
 だが、行商で遠い地に出かけた男は、妻の元に帰って来なくなる。

 妻である女は待ち続け、いつしか病にかかり、死んでしまう。
 哀れに思った土地の守り仏は、女に永遠の命を与えた。
 死人帰りをした女は、赤い目と伸びた牙を持ち、帰らない男を見つけるために、今も彷徨っていると言う。

 一同、シーンとした。
 加藤さんの語り口が、臨場感あって、コワイというか寂しくなった。
 
「だから、君たちも気をつけるように」

「あ、あはは。なんかホントの話みたいだ」

 無理やり佳月が笑ってみせた。
 ぼくも引きつりながら、笑顔を作った。

「ええと、言い伝えっていうのはな……」

 ぶつぶつ言いながら、加藤さんは思い出したようにみんなに言った。

「危険を避け、何かの災害を防ぐための内容が多いんだぞ」

 何の、危険なんだろう……。

「とにかく、虫除けスプレー忘れるな」

 僕の耳には、虫除けのことだけ聞こえて来た。



 ◇◇


 僕たちは昼間釣りをした場所から少し下ったところにある、小さな吊り橋を渡って対岸へ進んだ。
 月明かりの下、ギシギシと鳴る吊り橋を渡るのはちょっとコワイ。

「なあ、吊り橋効果って本当かな」

 佳月と祥真が先に行き、僕と透琉があとから渡る。

「吊り橋効果って……何?」

 透琉に訊き返す。

「吊り橋みたいな危険なとこで、出会う男女は恋に落ちやすいっていう、アレ」

 そんなことがあるんだ。
 そう言えば……。
 
「じゃあ、透琉が一緒に吊り橋渡りたい女子って誰?」

 ドキドキしながら僕は訊ねる。

「そうだなあ、あえて言えば、陽葵ひなたとか」

 夕べも言ってたけど、やっぱり……そうなんだね、透琉。
 付き合ってはないけど、好きなんだ。
 きっと、陽葵も……。

 男子の人気が高い陽葵。
 クラスでも仲が良い透琉と陽葵。
 二人は体育の時の、号令をかける係だ。
 男女混合のクラス対抗リレーで、女子と男子のアンカーは、透琉と陽葵だった。
 騎馬戦でも同じ班だった。

 僕は体育が苦手だ。
 二人が校庭を疾走する姿に憧れた。

 僕の目が暗くなったのは、きっと月が翳ったせいだ。


 石像まで行くと、月が再び顔を出す。
 月光に照らされた石像は、やはりこの地域であちこちに見られる羅漢像みたいだ。
 笑っているような、怒っているような、そんな顔つきをしていた。

 怒るかな、羅漢さん。
 僕は今、首筋が痛いよ。

 きっと、目の色も変わっている。
 だから、僕は透琉の腕を取り、思わず噛みつく。

 首が良いんだけど、身長が違うから噛みつけない。

「痛っ!」

 透琉は手を引く。

「な、何すんだ」

「透琉。僕ね……」

 じりじりと近付くと、透琉は駆け出し、くるりと反転して吊り橋を渡り切った。

 やっぱり、足、速いよね。
 透琉の怯えたような素振りに、佳月と祥真も追っていく。
 僕は、羅漢さんに語りかける。
 僕は、透琉のこと好きだよ。
 友だちだと思ってる。
 でも。
 好きな相手が好きな男って、ホントに仲良く出来るのかな。
 友だちで、いられるのだろうか。

 元の場所には街灯がある。
 弱々しい光だけど、山の中では頼りになる。

 走り切った透琉は、体を前に倒して、はあはあしている。
 汗がぼたぼた落ちている。

「おい、大丈夫か? 透琉……」

 佳月が透琉の背中を擦っている。

「き、気持ち、悪い」

 祥真は無理に明るい声を出す。

「吐いちゃえ吐いちゃえ」

 透琉は座り込み、頭を抱える。
 立ったまま見守る二人の顔色が変わる。

「! と、透琉、それっ!」

「何?」

「その、首、どうしたの?」

「え、首って」

 透琉の首筋には、赤い点が二つ並んでいる。

 まるで、何かの牙が刺さったかの様に……。
 首筋に手を当てた透琉は、その瞬間吐いた。

「おい、大丈夫か!」
「誰か呼んで来る」

 佳月と祥真がバタバタしている。
 僕はゆっくりと吊り橋を渡り、皆と合流する。

「おんぶするよ、透琉」

 僕が透琉の腕を取ろうとすると、透琉は嫌がる。

「動けないんだろ? 肩貸す方が良い?」

 ふるふる顔を動かす透琉。
 涙を流している。

 僕は胸の内に広がる、仄暗い感情に支配された。
 あのカッコいい透琉が。
 いつもリーダーシップに溢れている透琉が。

 こんなに弱々しくなっているなんて。

 佳月と祥真が加藤さんを連れて来た。

「どうした? 何かあったのか」

「あ、あの、吸血鬼……」

「え?」

「と、透琉が、吸血鬼に、やられた!」

 加藤さんは座りこんだ透琉のあちこちを触り、顔や目を見る。


「発熱、発疹、山の中……」

 加藤さんはぶつぶつ言いいながら、透琉に訊ねた。

「虫除けスプレーしてたか?」
「い、いえ。あ、ハーブの、虫除けハーブ水だけ……」

 息も絶え絶えに透琉が答える。

「そうか」

 加藤さんは宿泊場所に連絡している。

「はい……そうです。マダニかも。ライム病か、日本紅斑熱か……安静にして、車で……」

 すぐにワゴン車がやって来て、そのまま僕たちは下山した。
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