母は強し! 三途の河原で、鬼と戦うのだ

ウサギテイマーTK

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反省って、したことある?

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【おやおや親子】

 小雪は高校二年のスポーツテストで、ハンドボール投げ三十メートルという記録を出している。高二女子の平均は十五メートル。幼少のみぎりより、洗濯屋の技術を実母に鍛えられ、上腕や三角筋が発達した結果である。

 小雪が包んだ石の重さは、およそ二キロ。投てき競技の円盤と、同じ質量を持つ。
 ちなみに世界大会の投てき競技で、投げだされる円盤の初速度は、時速換算で約八十キロ。
 これが人間の頭に当たったら、痛い。多分、とても痛い。

 痛いだけじゃ、済まないかも……。

 小雪は腐女子の沽券をかけ、石を投げた。
 的は勿論、股間である。

 しかし小雪は物理が苦手だった。
 投げられた物体は、等速直線運動をしつつ、同時に自由落下を起こす。よって離れた場所の的に物を当てるならば、的よりも上に、照準を合わせなければならない。

 鬼の股間を目がけて投げた小雪の石は、鬼の下肢、脛骨けいこつを直撃した。
 脛骨とは、いわゆる、弁慶の泣き所である。

「んがががぁ!」

 鬼はよくわからない叫び声をあげ、下肢を押さえて蹲った。
 首を掴まれていた子どもは、ぴょこん、と飛び降りた。

 小雪はほっとし、石積みをしていた子どもに手を差し伸べる。
 子どもは小雪と目が合うと、「あっかんべー」をしてくるりと踵を返す。
 そのまま鬼に駆け寄った。

「大丈夫? パパ!」

 ぱぱ?
 パパって言ったよね、今。
 儚そうに石を積んでいた子どもって、え??
 パパ?

「あーあ、やっちゃったか」

 小雪の背後で、老女が額に手を当て、宙をあおいだ。

 子どもは蹲ったままの鬼に駆け寄り、心配そうな顔をしている。
 その顔をよくよく見れば、子どもの額にも、どんぐりのような突起物がある。
 あれは、角なのか。

「あのさ、小雪。聞いたことないかい? 子どもが積んだ石を、金棒で鬼が壊すって話」

 それは知っている。
 だからこそ、切ない気持ちになって、子どもを助けようとしたのだ。

「あれね、パフォーマンス。もっと言えば、三途の川の様式美」

 なんですと!
 様・式・美だとおおお!
 少し怒りの表情を浮かべ、小雪は老女に訊いた。

「なんでまた、そんなパフォーマンスするんですか?」

 少し怒りの表情を浮かべ、小雪は老女に訊いた。
 小雪の怒気を感じ取ったのか、老女はすまなそうに言う。

「いま舟に乗れないで残った者は、このままだと閻魔様のお沙汰を待たずに、結構下のジゴクに直行するのさ。ここで鬼の怖さを感じて、心より深く反省したら、少し、ましなトコロに行ける。
ま、少しだけ、ましなジゴクだけどね。
その反省を促すための、わたしらの温情。霊界の様式美なんだよ」

「ソウデシタカア」

 小雪の返答は棒読みだった。

 鬼は蹲ったまま、小鬼の頭をヨシヨシしていた。
 その姿に、小雪も、ほんのわずかな憐憫の情がわく。
 小雪は鬼に近づくと、正座して頭を下げた。

「知らぬこととはいえ、失礼いたしました」

 赤い肌の鬼も、つられて頭を下げる。

「いやいや、こちらも驚かせてしまいましたな」

 なんだ、鬼って、わりといい奴じゃん。

 小鬼は父鬼の太ももに座り込む。

「我々も人手不足、あ、いや鬼不足なもので、三交代シフト制勤務になってます。ここしばらく休みがなかったんですよ。そのため、息子にも、寂しい思いをさせまして……」

 なんてブラック。

 寂しい思いをしているという小鬼は、父鬼の腹に抱きついた。
 途端に小鬼が叫ぶ。

「パパ、臭い!」

 確かに、なにやら生臭い匂いが漂っている。
 父鬼の着ているものは、左肩を出したタンクトップのような衣類と、黄色と黒の縞模様の短パンだ。どちらもあちこち、シミがある。

「ごめん! ごめんね。パパさっきまで、血の池のほとりで、お仕事してたから。配給されてる業務服、着替える暇がなかったよ」

 話を聞いた小雪の目が光る。

「脱いで。服を脱いでください! おとうさん!」


【反省の省の字は、少な目と書く】

 小雪が燃やしていた枯れ草が、イイ感じに灰になっていた。
 老女がどこからか調達した、古ぼけた木製バケツのようなものに川の水を汲み、灰を投入する。
 灰は、洗剤が普及する前には、よく洗濯に用いられていた。

「あ、木製のバケツじゃないよ、それ。江戸時代あたりの、棺桶」

 棺桶のリサイクルか……まあいい。
 父鬼が脱いだ鬼の制服を、小雪は棺桶バケツに浸す。
 鬼の衣類の触感は、麻に近い布で出来ている。
 これなら、なんとかなりそうだ。

 裸になった父鬼と、まとわりつく小鬼は、川で水遊びをしていた。
 舟に乗れずに残った者の何名か、小雪のやることを見つめている。
 血のように赤い着物を着ている女性は、鬼の親子の姿を目で追っていた。

 煤けた色の着物を着た男性が、鬼の衣類を洗う小雪に近づく。

「何か、お手伝いしましょうか」

 年の頃なら七十代。
 瘦せこけた体躯の男性だった。
 小雪は軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。それでは、この棺桶バケツに入って、中の衣類を踏んでもらえますか?」

 男性は快諾し、着物の裾をまくり上げ、棺桶に入った。

「なんだかね、あなたと鬼さんたちを見ていたら、切なくなりました」

 痩せた男性、生前は、大手銀行の支店長だったという。
 仕事を理由に家のことは妻に任せ、子どもと遊んだこともない。
 定年を迎えて、ようやく妻と一緒に旅行でもしようかと思っていたら、離婚届けを突きつけられた。
 ローンの終わった家と退職金を取られ、狭いアパートで一人暮らし。子どもたちとの連絡も取れない。

 彼は恨んだ。

 妻を恨んで
 子どもを恨んで
 最後は自分を恨んで。

 先日、孤独死したそうだ。

「もっと、家庭を大切にすればよかった。妻の苦労を、一緒に背負うべきだった。自分の至らなさを痛感してますよ」

 男性は、ぽたん、涙を流した。

「新婚旅行で行った北海道のラベンダー畑。もう一回、見たかったなあ」

 その瞬間、男性の鼠色だった着物の色が変わった。
 薄い薄い、紫色に変わったのだ。

 血の色の着物を着た女性がつぶやいた。

「結婚しただけいいじゃない。私なんて……」
 
 生気のない顔ではあるが、生前はさぞ美人だったろうと思われる女性。
 婚活用サイトにいくつも登録し、美貌と肉体で男性を捕らえては、金をむしり取った。
 だました男が百人を越えた頃、ストーカー化した一人の男性に刺され、人生が終了した。

「信頼できるパートナーが、一人でいいから、いればよかった」

 信じたいけど、裏切られるのが怖い。
 だからその前に自分から裏切る。

 父鬼の姿を見ながら、彼女は言った。

「あんなお父さんが、欲しかったな」

 まあ、鬼ですが。

 泣き顔になった女性は、川の水で顔を洗う。

「でも、一番悪いのは、自分を信じることができなかった、私自身だね」

 その瞬間。

 女性の着物の色もまた、変化した。
 血のような赤さから、夕暮れ時のオレンジ色へと変わったのである。

 そうか。

 此岸から彼岸へと渡る時。
 恨みを捨て、自らを省みることが出来たなら、行くべき道も変わるのかもしれない。
 三途の川のパフォーマンスとは、そのためのものだったのか。

 小雪が思いめぐらしていると、老女がインカムを耳につけ叫んだ。

「臨時の舟、カモーン!」

 着物の色が再度変わった者たちは、迎えの舟に乗り込んだ。
 痩せた男性は棺桶から足を抜き、丁寧なお辞儀をして舟に乗る。
 泣いていた女性は顔を拭き、小鬼の頭をポンと叩いて去った。

 小雪は父鬼に、綺麗になった衣類を渡す。
 父鬼は何度も頭を下げながら、小鬼をつれて去る。
 川原には、小雪と老女、そして数人の亡者が残った。

「あとは、残った人たちのお迎えを待つだけですか?」

 小雪が尋ねると、老女は珍しく声をひそめ、小雪の手を握る。

「それまで、もてば、だな」
「えっ?」

 残った亡者のうちでも、黒さが際立つ着物をまとう者が、身を低くして走りだす。

 その手に握られたものが、刃だと小雪が気づいた時に、老女の胴体が切り裂かれた。
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