1 / 2
一人目 美香 TYPE F
しおりを挟む私はセックスが好き。
こう言うと、入れた出しただけが好きと勘違いされるけど、そうじゃない。彼と手を繋いでホテルに向かう時。エレベーターに乗って、彼が開くボタンを押して待ってくれている時。ラブホテルじゃ無く、普通のホテルなのに、他の人と一緒になると、凄く気まずそうにしている彼を見ている時。ホテルのカードキーが上手く入らなくて、少し慌ててる時。ようやく開いてドアを閉めた直後に彼から無理矢理キスをされる時。
この様な時間も私はセックスと考えている。
彼が私の中でイッた後の眠るまでの他愛のないおしゃべり、不意打ちのキス。撫でてくれる彼の手。何度も見て触って慣れているはずの私の胸をちらちら見ている所。そして、彼の体温で、ゆっくりと眠りに誘ってくれる。
これらもセックス。
入れて出してはい終わり。こんなのは子供のやること。子供と言っても、肉体的にじゃなく、精神的に。
会社の飲み会で、一部女子会みたいになっている場所に勝手に紛れ込んできた男がその話を聞くと、そんなのめんどくさいと言い放ってどっかに行った。
男は楽よね。精液を出せばいいだけなんだから。
実際はそうじゃないのは今の彼を見ていてわかっている。だけど、その時はみんな私の意見に賛同してくれた後だったため、それと、彼の適当な一言のせいで、その結論以外出ることがなかった。
後日、その男が彼女に振られたと聞くと、ざまあみろと思ったのは当たり前かもしれない。
ともかく、私にとってとても大事なことは、お互いの心が通じ合うという事。それを一番感じるのは、入れている時も感じることは感じる。だけど、その前後の方が相手の本性がわかるような気がする。
ただ、好きなことと言うのは全く別だ。
フェティシズム。
人体の一部などに引き寄せられ、性的に感じるもの。
でも、これは男からの表現じゃないかと思う。性的にじゃないけど好きなものは好きなのだから。
例えば、さっきの例、普通のホテルのエレベーターなのに、他の人が入ってくると気まずそうにしている彼の仕草。男女で同じホテルの同じ部屋に泊まるという事は、ビジネスホテルだろうが、高級ホテルだろうが、民宿だろうが、ラブホテルだろうが、する時はするのだから、堂々としていればいいのにと思うが、それがたまらなく可愛らしい。
他には、ホテルの部屋に入った直後。彼が突然強気になる所もまた可愛らしくて好き。
だけど、一緒にお風呂に入る時は自分の子を隠しながら一緒に入る。ここもまた可愛らしい。隠しても見えてるのに。そして、何度も見ているし、触れているのに、未だに恥ずかしそうに隠している。大丈夫。皮がかぶっていようが、清潔であれば私は気にしないのよ?
それと、入れる前に準備するコンドーム。これも彼は絶対0.03mmにしてくる。私はウレタンの0.01mmにしてほしいと言っても、絶対に買ってきてくれない。私がポリウレタン製のコンドームを買ってきても、自分で準備したラテックス製の0.03mmコンドームしか使ってくれない。正直ゴム臭が強い物もあるので、個人的には好きではない。後はポリウレタン製の方が暖かさをより感じやすいので好きだ。そう言っても、絶対使わない理由もわかっている。早くイッちゃうから。それを、こっちに悟られないようにと頑張っている所もまた可愛いなと思う。
それと、一番好きなのは、彼がイッた後、ゴムを外す瞬間に、「ちゅっ」って音が鳴る時がある。過去に3人の彼氏がいたが、一人もそんな音させたことが無かったので、初めて聞こえた時は耳を疑った。ラバー系のコンドームならバチンって音は聞こえたことあるけど、その音は流石に……。今では、その「ちゅっ」って音が楽しみで仕方がない。
入れられて気持ち良い状態より、その音を優先して欲しくなるほどに。
そして、その彼の性器からコンドームが外された直後に、彼の子がピクピクっと上下するのもまた好き。彼の子にも、彼の名前の壮君から取って、そうちゃんって付けたりしてる。そのそうちゃんがピクピク動いている時、思わずかぶりつきたくなるんだけど、ゴム臭がきつくてその直前でやめてしまうことが殆どだった。その点も含めてラテックス製にして欲しいとお願いしてるのだけど、彼の一生懸命悟られないようにしているのが無くなってしまうのも惜しいと思う。
今日の彼も、入れてからさほど長くはなかった。入れるまでは、しっかりと抱きしめてくれ、私の好きな所を優しく触り、完全に体が火照るまで続けてくれる。入れてからは、体位を頻繁に変え、10分といったところだろうか。そのくらいの時間で彼は大きく痙攣してしまう。
中に入ってから彼の暖かさを感じているのは好きだ。本当はもっと長くても良かった。肉体的な快感がそれだけ続くのだから。
だけど、いつの間にか彼の時間に体が合ってきてしまい、今ではその10分でも結構満足している。多分、コンドームを外す時の音が楽しみというのも強いのかもしれない。
今日も、その「ちゅっ」という音が鳴る。合わせてピクピクッっと動く彼の子。かわいい。
全ての仕事を終えて満足した気持ちになり、さあ、後は彼の腕の中で眠るだけと思った所で、彼が服を着始めた。
「壮君、どうしたの?」
「美香、もう、これ以上君に逢うことが出来なくなった」
私は起き上がりながら彼、壮君に攻め寄る。今さっき性行為をしたばかりなのに私の胸を見て赤くなる。本当に今時珍しい男性。そして、そんな彼を放したくない。離れたくないが為に私は彼に本気で攻め寄る。
「なんで?! 私が何かした?!」
「いや、美香の事は今でも大好きだよ。どうしてこうなったのか、こうならざるを得なかったと言うのか。僕も抗いたかったけど、受け入れざるを得なかったんだよ」
「あのね、何を言ってるのかさっぱりわからないわ。どうして別れることになるのよ?」
「……、お見合いする事になった……」
「それなら、相手からお断りしてもらえばいいじゃないの! そんなのお互いに結婚の意志がなかったら成立しないじゃないのよ、江戸時代の日本じゃないんだし」
そういった所で、ふと思い出した。彼の実家は旧華族で、古い名家だったと言う事に。
はっとして思い出した所に彼から言葉が続けられる。
「先方と既に話がついていて、結婚せざるを得なくなっているんだ。この平成が終わろうとしている現代でありえないと思うよ。だけど、この家は僕だけしか継ぐことが出来ない。だから、結婚せざるを得ない」
「結婚だけなら、誰でも良いじゃないのよ! そこに私が乗り込んでやるわ!」
「駄目だよ。君を好きだから、愛しているからこそ、そうしてしまう可能性を無くしたかったんだ。僕は傷つけたくない」
「もう十分傷ついてるわよ! 人でなし!」
「ごめん」
「どうしても断ること出来ないの?!」
「ごめん。本当にごめん」
そう言うと、彼はそのまま走り去るかのように部屋を出ていってしまった。
余りにもショックな出来事な為、そのまま呆然と朝まで過ごし、シャワーを浴びてからフロントに向かう。すると、全て精算されていた。そのくらいやって当たり前と思う反面、なんで最後まで一緒に居てくれなかったのと悔しくなって涙が出てきた。
フロントの男性に心配されたけど、何でもない、大丈夫と無理を通し、そのまま家に帰った。
傷心の身でなんとか自分のマンションに辿り着く。鍵をなんとか開け、扉を閉めると膝から崩れ落ちてしまった。今更ながらに涙が溢れてくる。全ての感情が抜け落ち、ただただ、涙が溢れ、そして流れていった。
どのくらい涙を流しただろうか。どのくらい、このまま座っていただろうか。
頬に涙のラインが出来ては乾き、うっすら頬が突っ張る様に感じる。座り込んだお尻も特に痛かったし、少し冷えている。時計を見るが、もう少しで11時になる所だった。帰ってきた時間もわからないのと、チェックアウト時間も忘れているため、判断も出来なかった。
今日が土曜日でなく、平日だった場合、大遅刻だなと思いつつ、彼のためにと選んだ服を脱ぐ。一枚脱ぐ度に彼の笑顔と彼を思った心を思い出し、枯れ果てたと思えた涙が溢れてくる。
なんとか時間をかけて普段の部屋着に着替え、抱きかかえられるような座椅子に座る。
全身が脱力してしまい、そのまま動けなくなり、気づいたら日が傾き始め、夕方になっていた。かなりの時間が過ぎ去ってしまっていた事に今更に気づく。
「こんな時にでもお腹なんて空くのね……」
欲望に忠実な自分の体が忌々しかった。いっその事食べないで自分の体を苦しめてしまおうかとも考える。だけど、彼の言葉「美香の食べてる所好きだなー」という言葉が思い出される。彼のことを思い出すと涙が溢れてくる。だけど、彼の好きと言ってくれた事をやめたくないと思い、とりあえずお腹に何か入れることにした。
軽く食べ終え、ふと気づくと眠っていた。時間を見ると既に明け方の5時。今日はまだ土曜日なんじゃないかと錯覚したくなる。丸一日何をしていたんだろう。本来であれば、彼の腕に抱かれたまま朝を迎え、幸せな気持ちで一日、その土曜日を彼と過ごすことになっていたはずだった。
今日やろうと思ったことは、掃除と洗濯。掃除はもうやる気になれない。とりあえず洗濯だけでもやらなければと思い、体を無理に動かしていく。
洗濯機が動き、振動してる様を気づいたら眺めていた。完全に思考がまともに動いていない事に気付き、とりあえず朝ごはんを食べるために移動する。しかし、その時ふと目に入った。母親が無理矢理設置させていった物。備え付けの電話に光って点滅している部分があった。ここに電話してくる者は親以外居ない為、いらないと言ったのだけど。その留守電を聞いていみると、結局母だった。
「来週一旦家に戻ってきなさい。話があります」
メールで良いじゃないのとイラつき、今の状況を考えて欲しいと怒る。母親は超能力者じゃ無いのだから、彼と別れたことがわかるはずがないのだが、そんな事さえも判断する思考は失われていた。
翌週、失意の元で仕事をし、ミスが多かったが幸い恵まれた仕事場だったため、上司を含めて皆がサポートしてくれた。ありがたかった為、お土産を買わなければなと思いつつ土曜日の朝に実家に戻る。
「美香、お見合いしなさい」
昼食時に突然母親から言われた言葉。両親にはまだ彼と別れたことは伝えていない。思わず父に目を向けるが、その父は母には逆らえないと言わんばかりに目をそらしてしまった。
父は普通の家の出。母はそこそこ古い家の出身。多分その筋から話が着たのだろう。忌々しいことだが、逆らえるとは思えず、そして、彼のことを諦めきれていないが、彼との復縁はどう考えても難しいと理解している為に、渋々了承した。
3ヶ月後。お互いの関係者の時間が取れ、大安と祝日が重なった日を選んだ為にこれだけ先の日、いや、3ヶ月先程度で済んだのだから、早いと思うべきか。その日になった。
誰とあっても心が晴れることは無いだろうと思い、お見合い写真等は見なかった。それに、写真なんかで本人がわかるわけでもない。だけど、本当は心が折れ、正常な思考を持てないために流されてきただけ。
服も親が準備したベージュのプリンセススタイルのワンピース。素材もよく、高かっただろう事はすぐにわかった。それだけ親が気合入れているのだろう。だけど、私はこのお見合いを成功させるつもりは毛頭無かった。
この服装だから、お座敷ではなく、個室のテーブル席に通される。沈んだ気分から未だに脱せなかった為に中にいる人の顔は全く見ずに通された席に座った。
自己紹介が始まり、何かを言っているが、全く耳に入ってこない。そして、自分の名前だけは聞こえたので、軽くお辞儀をする。
「では、後は若い人たちで」
未だにこんな事を言うのかと思った時に気付かされた。顔も見てない人と二人だけにされることを。でも、完全に興味を失っていた私はそれでも良いかと無関心になってしまった。
だが、幻聴とでも言うのか、私を呼ぶ声が聞こえた。よく聞き慣れた声、そして、最も聞きたい人の声。
「美香」
慌てて顔を上げる。
「ようやくこっち見てくれた」
「壮君……?」
目の前に座っている人は、恋い焦がれ、そして、私を振った相手の壮君だった。
「ごめん。今日のこの席はうちの親の策だったみたい。僕もお見合い写真を見せてもらえなかったんだ。美香が入ってきてびっくりしたよ」
私は席を立ち、彼の元に走りより、抱きついてしまう。
「ああ、駄目だよ、化粧が崩れちゃう」
「壮君! 壮君!」
「ごめんね、傷つけちゃって。それで、虫が良いと言われるかもしれないけど、僕と結婚してくれないかな?」
「やだ!」
「えっ!?」
「ラテックス製のコンドームにして、ゴム外す時に「ちゅっ」って音出してくれるなら結婚しても良いよ」
「何それ……ってあの音好きだったの? 毎回すっごく恥ずかしかったのに……」
「すっごく好き。あとね、壮君が早くイッちゃうからラテックスにしないのもわかってるんだからね? 早くても良いからラテックスにして。あのゴム外した後のそうちゃんすっごくかわいいんだから」
「わかったよ。と言うか、早いの気づいてたの?」
「私、壮君で4人目って言いったでしょ」
「そう言えばそうだったね……」
「そんな暗い顔しないの。もう全てが壮君色に染まってるんだからね? 責任取ってよ?」
「なんか色々と言いたいけど、美香をもう手放すつもりはないよ」
お互いに目をつむり合い、キスをする。ようやく、愛する人の元に戻れた。それがとても嬉しくてしかたがなかった。
お互いの両親が扉を少し開けてずっと中を見ていたのに気づいたのは長いキスを終えてから。もう、どんな反応をすればいいのかわからず、私は呆れてため息が出てしまった。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる