占い師シロスズ

豆狐

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人魚のうろこ(3/3)

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「さて、占いをはじめますよ」
シロスズは巾着袋の中から黒い布を取り出した。
そして僕にテーブルの上を片付けるように目配せをした。
テーブルの上の品々を床に下ろしてスペースを作ると、そこに黒い布を「よいしょ」と言いながら広げた。
「これは!?」
テーブルの上に星空が広がった。
シロスズが広げたその黒い布には、無数の光点が瞬いていたのだ。
それらは確かに発光していた。
そうでなければ、この暗い部屋の中で天の川銀河を思わせるような美しい星空を見せることはできないはずだ。
僕はただ呆然とその光景に見入っていた。
シロスズはいつの間にかカードの束を持っていて、それを繰り返しシャッフルしながら僕の様子を窺っていた。
「いいですか、よく見ててくださいね」
「はい……」
僕は返事をしながらシロスズの手元に目をやった。
――タロットカード?
そう思った瞬間、シロスズは黒い布の上にカードを横一列に広げて見せた。
それから一列に並んだカードの山から一枚選ぶと、それを表にして黒い布の中央に置いた。
「これはあなたが本当に飼いたいペットです」
暗くてよく見えないが、そこには黒いシルエットでスカートをはいた女性の姿が描かれているようだった。
「なるほど、あなたは人間の♀をペットにして飼いたいと……」
「ち、違います!」
僕は慌てて否定した。
シロスズはクスリと笑ったが、その瞳は光を増して輝きだしている。
僕は自分の考えを読まれたのかと思い、顔が赤く熱くなるのを感じた。
――真っ暗でよかった……
シロスズはそんな僕の動揺を気にする素振りもなく、次のカードを選んで女性のカードの横に並べた。
今度は犬のシルエットが描かれているのがわかる。
「これはあなたが二番目に飼いたいペットです。つまり犬ですね」
その言葉を聞いて僕は少しホッとした。
シロスズはさらに三枚目のカードを選んで犬のカードの横に並べた。
それには金魚のような魚のシルエットが描かれていた。
「そしてこれがあなたにとって最適なペットです。つまり金魚ね。私はこれをお勧めします」
僕はその言葉にちょっとがっかりしたが、なるべく冷静に言葉を返した。
「いや、それはないですよ」
「どうして?」
シロスズは不思議そうに聞き返してきた。
「だって、最適なペットが金魚っておかしいでしょう?」
「おかしくはないわ。お魚だって立派なペットになりますよ」
「それは……」
僕は口籠ってしまった。
確かに言われてみると、魚もペットとして飼われていることは多いかもしれない。
だが、スキンシップのとれないペットというのはなんだか寂しい気がしてしまう。
――それに魚は人になつくものだろうか。
僕は餌に群がる金魚の群れを想像して、これはなつくのとは違うよう気がした。
「まぁ、人それぞれ好みはあるから、無理にとは言いませんけど」
シロスズはそう言うと、四枚目のカードを引いて伏せたまま置いた。
「そしてこれはあなたが絶対に飼ってはいけないペットです」
そう言って表に返したカードには猫の絵が描かれていた。
僕はシロスズの顔を思わず見た。
「私は猫ではありませんよ、……飼ってみたいですか?」
そういって微笑むシロスズの目は、まるで三日月のように細くなっていた。
「え、いや、そういう意味ではなくて……」
「ウフフ、わかっていますよ。猫ではない、人であるはずも無い、では何なのか?」
シロスズはそういってまたクスッと笑った。
「それは……?」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「さて、何でしょうねぇ?」
シロスズは悪戯っぽい表情を浮かべていたが、それ以上は何も答えなかった。
わずかな沈黙の後、シロスズは静かに言った。
「やはり、あなたはお魚に縁があるのでしょうね」
シロスズは金魚のカードを手に取るとしばらく眺めてから伏せて黒い布の中央においた。
それから僕の方を見て言った。
「これで占いはお仕舞いです」
シロスズはテーブルの上に広げていた物を巾着袋にしまいはじめた。
僕は何となく釈然としない気持ちだったが、「ありがとうございました」とお礼を言った。
するとシロスズが思い出したように僕に言った。
「あぁ、なにも飼わないという選択肢もあるので忘れないように」
「えぇ、そうですね」
そう答えたものの、やっぱりペットを飼ってみたいという欲求があった。
「それじゃあ、私はこれで」
そういうとシロスズは窓を開けてバルコニーへと出て行った。
僕はどうするつもりなのかと思ってその様子を眺めていた。
シロスズはひょいっと手すりの上に飛び乗ると、こちらを振り返り小さく手を振った。
僕が手を振り返す間も無く、スズシロはふわりと宙にジャンプした。
そしてそのままバルコニーの下へ消えてしまった。
――ここは六階だぞ! 
僕は驚いて窓から飛び出し、手すりを掴んでその下を覗きこんだ。
しかし、飛び降りたはずのシロスズの姿はもうどこにもなかった。

そんなことがあってからもしばらくの間、僕はペットを飼わずにいた。
別にペットを飼いたいという願望が消えたわけではなかったが、どうにも踏ん切りがつかなかったのだ。
いくつかペットショップを見て回ったが、なぜかあのシロスズという自称占い師の顔がちらついて思い切れなかった。
――飼わないという選択肢
どうにもあの一言が気になった。
そんな日が続いているうちに、僕はペットを飼う理由が無くなってしまったのだった。
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