占い師シロスズ

豆狐

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人魚のうろこ(2/3)

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――これは幻覚なのか?
僕は自分の頬を思いっきりつねってみたくなった。
「驚かせてしまってごめんなさいね」
その生き物は落ち着いた口調で言ったが、どこか楽しげな笑いを含んだ声色だった。
僕はその場に立ち尽くしたまま、その姿を眺めていた。
身長は120cmくらいだろうか、いつの間にか肩から巾着袋のような物を提げている。
「そんなに怖い顔をしないで下さいな。私は怪しい者ではありませんのよ」
そう言ってまたにっこりと微笑んだ。
月明かりがあるとはいえ暗い部屋の中にもかかわらず、その生き物の顔に浮かぶ表情がはっきりと見て取れた。
口角を上げ白い牙を覗かせながら猫の顔で笑っているのだ。
僕はその笑顔を見て、この場から逃げ出したくなる衝動に駆られた。
「なにも取って食おうなどとは思っておりませんので、どうか安心してくださいね」
僕が怯えていることに気が付いたのか、その生き物はそう言いながら両掌を胸の辺りで重ねて再びニッコリと笑って見せた。
どうやら本当に危害を加えるつもりは無いらしい。
――なぜ部屋に入って来たのだろう?
――そもそもさっきの白猫なのか?
僕は混乱しながらも必死になって考えを巡らせた。
「……あの……君はいったい……?」
猫にたいして君と言うのも変な感じだが、他に呼びようがない。
「私ですか? 私の名前はシロスズと言います、占い師です」
占い師と名乗ったその猫とも人とも言えない生き物はぺこりとお辞儀をした。
「占い師?…… なんですか……」
僕は恐るおそる訊いた。
「えぇ、そうですよ。あなたは占いに興味がおありですか?」
そう言って首を傾けるそのしぐさが少し可愛らしく見えて、僕は緊張がほぐれていくのを感じた。
「いえ、別にそういうわけじゃありませんけど……」
確かに興味は無くはないけれど、正直あまり信じてはいない。
それはむしろ遊びの部類だとすら思っていたからだ。
そんなことより、目の前にいるこの自称"占い師"のシロスズのことが不可思議でならなかった。
「それでその占い師がどうして僕の部屋に入って来たのですか?」
そう聞くと、シロスズは目を細めてクスリと笑った。
それから人間のような動きでゆっくりとソファーに腰をかけた。
「それはあなたの悩み事を解決して差しあげようと思ってのことです」
そう言われてもいまいちピンと来なかった。
「いやぁ、べつに悩んでることなんて特に無いんですが……」
僕はそう答えたのだが、シロスズはそれを無視するように言った。
「一人が寂しいからといって、安易にペットを飼ったりしたらあとで後悔することもあるんですよ」
その言葉を聞いて、僕は心の中を見透かされているようでドキリとした。
「確かにペットを飼うなら何がいいか迷っているところだけど……」
「占ってあげましょうか?あなたに最適なペットは何か……」
シロスズの言葉に僕は少し躊躇したが、結局好奇心が勝ってしまった。
「せっかくだからお願いしようかな」
僕は迷いながらもお願いしてしまった。
それにしても、人語を理解するこの生き物はいったい何なんだろう。
もしかすると猫又とかいう妖怪かもしれない。
しかし、もしそうだとしても不思議と恐怖心は無くなりつつあった。
それどころか、僕はもっとこの謎めいた生き物のことをよく知りたくなっていた。
「それでは先に御代を頂きますね」
「えっ、お金をとるんですか!?」
僕は驚いて思わず大きな声を出してしまった。
「いいえ、お金はいらないわ。そんなもの私には使えませんから。それよりも……」
そう言うとシロスズは人差し指を立てて、それからベッドの下のほうを指差した。
「あの箱の中にある物をひとつだけいただけるかしら」
それはビーチコーミングで手に入れた戦利品をしまってあるダンボールの箱だった。
僕は言われるままに立ち上がり、そのダンボールを持ち上げると、それをテーブルの横に置いた。
そして中を開けていくつかの標本箱を取り出してテーブルに並べていった。
貝殻を集めた箱、綺麗な小石を集めた箱、珊瑚の欠片が入った箱、それからビー玉を入れた瓶。
僕は少々自慢したい気持ちもあって、それらのコレクションを並べてみせた。
シロスズはそれを真剣な眼差しで見つめていたが、ぼそりと呟いた。
「これじゃない……」
それからダンボール箱の中を覗きこむと、その中に残っていた紙袋を指差して聞いてきた。
「これは?」
それは欠けた貝殻や拾ってはきたが後でいらないと思った物を詰め込んでおいた袋だった。
「あぁ、それはゴミですね」
「捨てる物なの?」
「まぁそうですけど……」
僕は少し戸惑いながら答えた。
シロスズはその紙袋を取り出すと、ガサゴソと袋の口を開けて中を覗きこんだ。
見る見るうちにシロスズの顔はうっとりとした表情を浮かびあがらせた。
そして袋の中に手を入れると一枚の平べったい物を取り出した。
――ああ、それは確か二枚貝の欠片だ。
虹色の光沢はあるが、波に削られて薄くなってしまい原型を残していない。
でも、それがなんだというのだろう?
シロスズはその貝殻を見て、なぜかとても嬉しそうな顔をしている。
無言のまましばらくその貝殻を眺めていが、やがてその口元が僅かに動いたように見えた。
「……………」
何か小さく呟いたようだったが、あまりにも小さな声だったので聞き取れなかった。
「それじゃあ、これを貰ってもいいかしら」
シロスズは僕の方を見ずにそう言った。
僕は少し考えたが、別に高価な物でもないし元々捨てるつもりだったので承諾することにした。
「ええ、どうぞ」
そう答えると、シロスズはそそくさとその小さな手に持っていた貝殻を巾着袋にしまった。
どうやら本当に欲しい物はそれだったようだ。
――一体どんな価値があるのだろう?
――あの貝殻にそんなに魅力があったのだろうか?
僕は気になったが、シロスズのその様子から詮索しないほうが良さそうだと判断した。
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