ダンジョンのコンサルタント【完】

流水斎

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ダンジョン攻略編

遅すぎた快進撃

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 反撃の為に行動を始めたが、それだけが重要なのではない。
ゴブリンの集落ごとき、本来は何でもない障害なのだ。思いもよらぬタイミングで、さらに狂乱しているからであって、他の状況だったら別に倒せないわけでもない。もし場所が判っていたら、道を塞ぐために使ってるポイズン・フィールドの範囲を拡大すれば簡単だしな。

もっとも重要なのは中層の一部を制圧する事。
更に言えばオールドキメラを倒して、中層を攻略する目途を付けることだ。そうすれば公然とダンジョンの再攻略に名乗りを上げることができる。そのためにこそ作戦を立てるべきだろう。

「今の目標は、この窮地を凌ぐこと。目の前の数だけが問題だ」
「今日の目標は、周辺を片付けて明日再び前に出る事。今の窮地だけが問題だ」
「明日の目標は確実に入り口を抑えて中層に入り込むことだ。これは簡単だな」
「そのためには今の仲間が誰一人として欠けるけにはいかない。ゴブリンは確かに弱いが、どんなに有利でも目的を果たしたらそれ以上を求めないで欲しい。その余裕があったら近くに居る仲間の援護を頼む」
 俺はそう言って全体の目標を伝えた。
重要なのは最終目的を果たせることであり、ゴブリンなんかを討ち取って喜ぶことではないのだ。今の窮地は凌ぎさえすれば大したことでではなく、押し返せば元のスケジュールに戻すことは簡単なのだと順を追って説明しておく。重要なのは誰も欠けずに今日を終える事であり、明日を迎えれば再び中層へ手が届くのだと繰り返す。

俺はそう説明しながら冷静に仲間の様子を眺めた。
人によって状況の受け取り方は違う。当然だと思う者、本当にやれるのか疑う者、まだやる気なのかと逃げ腰な者、最初から最後まで傍観者の姿勢を崩さない者など。人それぞれの受け取り方があるのは当然だし、納得がいっていなければどうにかする必要があるだろう。

「フィリッパ。下がって来たホムンクルスを見てくれ。損傷が大き過ぎるなら、今のうちに残していた個体に新しい指示を。二体ほど前に出して、傷ついた二体はここに残す」
「りょ、了解っす。でも少し時間をくださいっ!」
「構わねえ。どうせ今の状態を何とかするまでは無理だ」
 反応からして戻って来た二体が重傷と言うことはなさそうだ。
能力的には最新型に頼り劣るだろうが、それでも量産型よりはマシなはずである。その上で明日一杯まで診させておけばなんとかなるだろう。明後日から挑む中層で再び後退で切ればいい。まあ、ホムンクルスに関しては、最悪三体に増強する手もある。人形師であるフィリッパさえ怯えなければ何とでもなるだろう。

後は残りのメンバーが負傷しなければいい。
エレオノーラは魔法使いなのだし、毒矢でも撃ち込まれない限りは問題ない。ゴブリンが使う弓は射程も短いし、今は狂乱している。あえて前衛ではなく後方を狙撃などはしないだろう。やはり飛び込む癖のあるジャンの方が問題である。

「ジャンさん。一応見て合わせますが、頭目格を狙う時は合図してください。その周囲を見て、基本的は駆けつけてきそうな奴らに使います」
「了解した。一対一で戦えるならばあの程度の輩、案ずるには足らぬ!」
 ジャンは自分が頭目格を切り倒して逆転狙いか。
俺の言葉を全然判っていないのではなく、判って居てゴブリンの頭目を倒せば問題ないと判断しているようだ。そこに彼以外の犠牲があるとか、自分も一歩間違えば大怪我するとかいう考えはないのだろうか?

成長途中なのにあれだけ強いならば慢心も分からなくはない。
同時に自分が危険であること、自分だけが危険どころか周囲を巻き込む可能性があること、計画を台無しにする可能性を考慮もしていない。自分ならばやれるという確信と、周囲に助けられて来たという育ちの良さが伺えた。ここで指摘してもこじらせるだけなので、今は面倒を見るしかあるまい。

「ブー。最悪の場合、活性薬を全部使ってでもエレオノーラの魔力を回復してくれ。もし何かあっても強力な攻撃呪文があれば建て直す事が出来る」
「了解したネ。ワタシ豪勢なの大好きヨ」
 ここは魔法を出し惜しみするべきではないだろう。
ポイズン・フィールドの呪文は継続性があるし、効果が目に見えて判るから敵もそこから侵入しようとしない。痛みを承知で突破して来るような根性はゴブリンにはないのも大きいだろう。しかし、それは数が減らないし、お代わりが後ろに控えているだけとも言える。それこそ側道から側道へと移動し、グルっと迂回して回り込む可能性もゼロではない。リシャールが矢文を撃ち込んでないから、大丈夫なはずだけどな。

だが、この言葉に豹変した奴が居る。

「ちょっと! ここで使い切ってどうする気よ! まだ続きがあるんでしょ!? まさかここで引き返す気?」
「最悪の場合と言ったろ? それに宛てはある。拠点からなら魔力を俺が移せると言ったろ。今回の一件で上層には魔力が何時もより増えてるはずだ。今日・明日を凌ぐ分には問題ないよ」
 ダンジョンに蓄積してない魔力は流動する。
沁み込んで居ない分は風やら生き物に釣られて移動してしまうのだ。という事は結構な量の魔力が流れ出てるはずだし、こっちがここ数日で倒している分も含めて暫く誤魔化せるだろう。もちろん時間を置いて冷静に眺めればおかしいと思うかもしれないが、今回は中層の一部を攻略するので問題ない。奪った魔力をこっちに回せば良いのだ。

「そりゃそうだけど……なんて無茶苦茶な」
「言ったろ? お前さんの手にこのダンジョンを戻して見せるってな。そのためには何でもするし、お前さんやらジャンさんが傷つくような可能性は極力排除するだけだ。この窮地さえ乗り切れば後は何とでもなる、だから三日後の栄光を考えてろよ」
 こんな博打めいた方法は好きに成れないが、最悪よりは良い。
どんな方法を取ってでも、依頼であるこのダンジョンを攻略するという大目標は叶えて見せる。その上で、出来るだけスマートにしたいだけの事だ。呪文を惜しんだ挙句、ここで誰かが傷ついて逃げ帰るという方が問題だろう。それに、イザと言う時に援護の宛てがあるかどうか、自分が逆転の札を持っているかと言う安心感は大きいのである。

それに、こういっては何だが中層での指針も既に決まっていた。
本来は、何処にオールド・キメラが居るのか、そのエリアを確保する方が良いのか、あるいは他のエリアで落とし易い区画を攻略する方が良いのか未確定だった。その情報を集めるために、中層入りして暫くは迷走していた可能で胃があるだろう。だが、今回の一件で荒れた場所があり、そこにキメラが居るのはほぼ確定なのだ。消耗している可能性を含めて、優先目標とする方が確実だろう。

「話は終わったか? 頭目が焦れて前に出て来たぞ。合図したら呪文を唱え始めよ」
「了解です。頭目と組み合った所で抑えに掛かります」
「……ちょっと! まだ話は終わってないのに!」
 こちらが言い終えた辺りでジャンが口を挟んで来た。
雇い主なのにエレオノーラより俺の方に気を使うのは、女性蔑視なのかそれとも『俺が指揮官だ』と告げたことをちゃんと覚えているのか? いずれにせよ、長く付き合うならばその辺りの性格は覚えておこう。

ともあれ、今は逆転しつつ怪我しない事が重要だ。
スロウを使うつもりで、相手の布陣に注目する。確かに雑魚共よりも一回りか二回り大きく、骨を装飾にしている奴が居た。その周囲には特に強そうではない奴しかいない。もしかしたら装飾を付けて居そうな奴が呪術師かと疑う程度である。狙うとしたらあの辺りか? いや、呪術師ならば別の対処をした方が良いだろう。

「3、2……1! 今だ!」
「腹をくくれエレオノーラー! スロウ!」
「あーもう! 判ってるわよ! ポイズン・フィールド!」
 ジャンは目の前の敵を切り倒し、二体目と向き合うより先に前に出た。
連続攻撃でそいつに切りつけ、そのまま回転する様に三撃目。驚いたことに……さらに飛び出して頭目格に四撃目を浴びせたのだ。俺はその段階で後方の敵ではなく、近くにいる敵の動きを遅らせた。てっきり万全の態勢で向かうと思ったのだが、ジャンは確実に接敵するタイミングを狙ったのだろう。ならば早い段階で彼が頭目格を倒せることに期待して、その周囲へ近寄らせない様に呪文を放った。

そしてエレオノーラはポイズン・フィールドを重ね掛け。
今までは切れた後で張り直していたのだが、晴れ間が無いように早めに唱えたのだ。そして新たに呪文を唱え出したところを見ると、出し惜しみはせずに片付ける気になったらしい。

「さて、どうやって切り殺してくれようか……」
「迷ってるならそのまま睨み合ってなさい。かすり傷でも傷を負わせられるようにしてあげるわ。燃え上がりなさい、フレイムブレイド!」
 どうやらエレオノーラは頭目格との戦に時間が掛かると踏んだらしい。
ジャンが持つ刃に炎を灯した。確かあの呪文は見た目通りに火力は高いが、効かない敵も居るので傭兵の魔法使いはあまり覚えない呪文の筈だ。しかしよく考えてみればエレオノーラはダンジョンマスターなので、相手を選べるのだから遠慮は要らない。迎え撃つ敵は大抵が亜人や獣だし、こちらから挑むにしても効く相手であると知っていたのだろう。

しかし……火球に炎刃か。その手の組み合わせが使えると知ってたら、俺にも面白い儀式呪文があったんだけどな……。まあ中層でお披露目するとしよう。どうせエレオノーラと打ち合わせないと意味がない。

「なるほど、炎の刃か。ならば鋭さにこだわる必要はないか。即座にトドメを刺す、次の用意を!」
「っ? もしかして俺ですか? りょうか……」
 俺は何度も唱えられると言ったつもりはないが、見抜かれていた様だ。
ジャンは俺に声を掛けると即座に動いていた。先ほどよりも腰が軽く、あまり威力を乗せてないと判る踏み込み。だがそれだけに斬撃早く、敵が受け止めた時にはもう二撃目を放って居る。刃を滑らせるように敵の内側へ飛び込むと、回転せずにそのまま敵の脇を抉った。軽い一撃であるが炎の刃はそれだけで結構な威力を載せてくれる。

ここからもう二連撃で重症に追い込む気か?
そう思った時、三度の斬撃を追加していた。剣先を軽く使った分だけ先ほどよりも早く、都合五度の連続攻撃でたちどころに頭目格を切り刻んだのである。あまりにも軽い攻撃ゆえに、ただそれだけでは倒せない筈だが、炎の刃が宿っていたことで頭目格を絶命させるに至った。

「っ! 早く放て!」
「やってますよ! 次はもっと綿密に打ち合わせますからね! スロウ!」
 馬鹿馬鹿しい話だが、俺達が全ての手札を晒し合って居ればもっと簡単であった。俺は炎に限らず、特定の属性系呪文の魔力コストを和らげる儀式魔法を使用できる。その状態ならばエレオノーラは魔y六を気にせずに呪文を使えるだろうし、雑魚を薙ぎ払いつつ残った敵をジャンが炎の刃で一掃すれば良かったのである。

つまり今陥っている窮地は、本来窮地などでは無かった。
無くても良いピンチを自分たちの連絡不足・連携の不一致などで真似て居てたのである。俺はジャンの正確に対するツッコミを含めて、今夜にでもちゃんとした会議をするつもりであった。

そしてこの後の戦いであるが、特に記述する必要はないだろう。
窮地を脱し、周辺の敵を片付けた俺たちは、翌日には中層入り口へ再到達していたのである。
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