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ダンジョン攻略編
勝利を取り戻す時!
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●
中層への入り口に新たな拠点を設置する。
そしてダンジョンの魔法設備を入れ替える魔法を使用し、既に設置している魔法設備をこの位置に置いた。元の拠点には入れ替え用のマーカーと、魔力を循環させるリンク用の魔法設備の一つがあるはずだ。
これでこの入り口を拠点として使用し、魔力を抜き出したり色々出来る。
また、周囲を行き交う魔力も前の拠点よりも遥かに多いので、魔力を循環させるリンク用の施設は有効に働くだろう。
「準備は終わったぞ。このまま中層を進めば進むほど、上層部に設置してある循環器を経由して、少しずつお前さんのところの魔法陣に注ぎ込まれるはずだ」
「ようやく初期目標が達成できたわね」
エレオノーラの目標はこのダンジョンを再び手に入れることだ。
そのためには大きな成果を出さなければならず、少なくとも『このまま行けば何年かのちには可能となる』と周囲にも行政にも納得させなければならない。中層の入り口に手を掛け、奪われたダンジョンの一角を再奪取する。その計画が今回のダンジョン攻略なのだ。
その意味において、ようやく初期の目標が果たされたと言える。
後は中層を構成する一部のエリアを確実に奪取し、可能ならば中層で一番強いとされるオールド・キメラを倒す所までは生きたいものだ。
「勝手に使った分くらいは補えたのかしら」
「そのくらいは余裕だろうが。問題は現在進行形でちょろまかして使ってる事だな。もう少しリンク用の循環器を設置したいところだ」
中層からあふれ出たゴブリンのせいで魔力を回復する薬を使い切った。
それでも先に進む為には魔力の回復が不可欠であり、その為にダンジョン経営用の魔法陣に回るべき魔力をちょろまかしている訳だ。そしてこの事はバレたら問題になるだけではなく、もう暫くはこのまま使い続ける必要がある。予定通りに中層の一部を奪い返して初めて、『何の問題も無く万々歳だ』という所まで追い詰められたと言えるだろう。
もし、これが何の資料も無く、戦力想定も無ければよろしくない事態だ。
だが、ここはエレオノーラの家が所有する天然のダンジョンであり、大まかな地図は昔と同じはずだし、何が起きているのか予測は突いているので問題はなかった。
「全部持ってきましたけど、良かったっすか?」
「構わねえよ。どうせ向こうと同時に維持する余裕はないし、下手に何か置いてたら『ナニカがあるかも』とほじくり返して循環器を掘り起こされかねねえからな」
上層中央部にあった拠点は撤収した。
代わりにこの中層入り口に戦力と施設を集中。外から見えないことを良い事に、色々と設置していく予定であった。もっとも俺たちの回復やらホムンクルスの損傷を修復するために色々使ったので、置いておくものが少なくなってスッキリしたともいう。
いずれにせよ、これで中層入り口を維持するだけで良くなった。
以前よりも道が狭く曲がりくねっている事もあり、守り易くは成ったと言えるだろう。待機させておいたホムンクルスも、やろうと思えば一体か二体なら余分に連れて行くことも出来るかもしれない。
「今日の予定は大きな分岐まで出ることだ」
「そこでゴブリンたちが何処から逃げ出して来たのかを確認する」
「おそらくは巣分けでオールド・キメラの巣に入り込んで荒らした物と思われる」
「巣分けの場合は大本の住処には、昨日と同じだけのゴブリンが居るから目指さない。一方で、キメラの巣がある方は雑魚共が減った上で、罠がないだけでもありがたいな」
単純な理屈だが、分割されたゴブリンは洞穴の別の区画を探したはずだ。
そこに残っていただろう罠を踏んでいるし、あちこちを触って余計な事をすることで、罠の類に片っ端から触れたものと思われる。もちろん罠の中には自動で盛装されるような物もあるわけだが、その周囲だけ綺麗だったら怪しんで当然なので問題はないだろう。
後はゴブリンには倒せなかった魔物や、特に中層のボスであるオールド・キメラを倒す必要がある。空を飛べるし炎も吐く、皮も堅い事もあり、おそらく無傷かそれに近い状態だと思われた。面倒な相手であっても、一度の戦いで多くの成果を得られるならば、甘んじて多少の危機は受け入れるべきであろう。
「ブーは暫く地図の作成と隠された道や踏み残しの罠が無いかを頼む」
「一度にたくさん進む必要はない。俺達が退屈だと思うペースで良い」
「ジャンさんはホムンクルス一体と共に前衛をお願いします。魔法の支援を考慮して少し遅めで対応を。敵は飛んでいたり、小型ですから何処かに隠れ潜んで居る可能性がありますからね」
ここから先は確実に進む必要がある。
例え相手が弱かろうとも、蛇やらコウモリが隠れ潜んで居たら危険だった。蛇には毒があるし、コウモリは病気を持っている可能性があるからな。面倒くさいのはそいつらを倒し難いからこそ、生き残っている可能性があるのだ。ゴブリンだってその場で死んでいるわけでもないだろうから、同じ場所に居るとも限らないのが面倒くさい。
ただ、ありがたいのはその手の能力はホムンクルスは耐え易かった。
ずんぐりむっくりで頑健な造りである為、生命力が高くなっているのだ。もし倒れたゴブリンを隅っこに捨てる際に蛇に噛まれたとしても、毒で死ぬようなことはないし、後で噛まれて居ないかを確認して解毒すれば対処できるだろう。病気なんかメンテで一気に治るからな。まあゴーレムだったらそもそも効かないんだが。
「面倒で仕方がないな。だが、このような洞穴で戦た覚えはない。我慢しよう。その代り、判っているな?」
「そういってくださると助かります。キメラが出たら頼りにしますよ」
ジャンが住むサンドーン近郊は砂漠地帯なので洞穴はないか、むしろ倉庫だった。
だから管理は徹底されて居て、水やら何やら置いておくらしい。それゆえに戦った経験はなく、同時にこんな場所でオールド・キメラと戦う経験は何よりの誉なのだろう。そしてなにより、この間の戦いでは俺たちの援護で面白いように戦えていたからな。爽快感溢れる戦いを覚えたら、泥臭い戦いをするよりも、付与魔法とかで強化して戦いたいと思ったのだろう。
もっとも、それは最後の戦いではないかと思う。
何しろちょっとした魔物は大抵がゴブリンが倒したり、暴れた所をキメラが喰らっているはずだ。残っているのは空飛ぶモンスターだろうし、少し下げてヘビー・クロスボウを持たせた強化個体のホムンクルスの出番ではないかと思う。
「エレオノーラ。オールド・キメラより前の戦いで大物がいたらアレを使うつもりだ」
「ああ。精霊力の結界ね。まあ良いんじゃない? そうそう火球を連発なんかしないと思うけど」
俺が覚えている儀式魔法の中で、特定属性の魔法コストを下げる物がある。
とはいえ現状では火球の魔法と炎刃くらいで、後は断熱やらちょっとした呪文くらいしかないそうだ。まあダンジョンマスターであるエレオノーラからすれば、有効な魔法以外はあんまり覚えないよな。それでなくとも覚えることが沢山あるのに。
ちなみにクラウディアでは使い勝手の良い魔法だったりする。
雲と同じ高さの群島だから、風系の魔法を使う連中は多かったからな。まあ俺の場合はダンジョンコンサルの一環で、特定属性のモンスターを管理し易くするために覚えたんだが。
「それよりも、もう一つ考慮してた方は?」
「高度調整のやつか? あれは微妙なんだよな。空を飛ぼうと思えなくなるだけだから、羽を破れたら不要になるし奴自身が飛ぼうと思わない可能性もあるから、こっちが大勢で攻めるなら前提で有効なんだ。それなら奴が吐く炎のブレスを防ぐ効果に期待する方がマシだと思う。ともあれ、距離が空いたから詰めるぞ」
各人が持ってる隠し技というか、使える能力を話し合った。
その時にもう一つ使うのを迷ってる結界があるのだが、空飛ぶ奴や地面に潜った奴に、地上で戦う方が良いのではないかと思わせる結界がある。これもダンジョンコンサルの一環で覚えて、飛行生物を捕まえたり、地面に潜った奴を引き釣り出すために使う物であった。
ただ、言った通り奴が飛ばなくなれば意味がない。
それなら炎を防ぐ効果のある結界を張るとか、致命傷を避ける防御結界の方が使えるのではないかと思うのだ。
●
そして順調に進んでいき、敵を倒しながら大広間のような場所に出た。
状況は最悪と言うか、一番出会いたくない場所で後で出逢うと思った奴と出逢ったわけである。本来はもう少し先に居たと思うのだが、もっと手前の場所でオールド・キメラと出くわしてしまったのだ。
おそらくはゴブリンを追って此処まできたか、中層の入り口付近まで出た後で外に出ずに戻って来たのではないだろうか? そして広い場所である此処を縄張りにして、眠る時だけ元の位置に戻っているのではないかと思われた。広い場所だから散歩するには良いだろうしな。
「最優先で翼を狙ってください! 俺は少し遅れて結界を張ります」
「了解した! 頼むぞエレオノーラ殿!」
「判ったわよ。全然当てにならない予測なんだから!」
まさかこんな場所で出逢うとは思っても居なかった。
分岐を抑えるだけのつもりで、とんだ全力戦闘の始まりであった。想定が甘いと言えばそれまでだが、俺もダンジョン探索のプロではない。コンサルタントをするうえで、配下に組み入れていたモンスターの移動で奔走させられた事はあっても、大抵は管理しているダンジョンマスターの協力があれば簡単なのだ。どの区画に隠れていて、どうやて対処すれば良いか直ぐに判るからな。そう言った例の時、いつも想定の場所に居たので驚いたともいう。
その上で俺は簡易儀式で結界魔法を唱え始めた。
簡易化の為の前段階だけでも長いので、その間にクロスボウや白兵戦の結果を見るのだが、当然ながら命中しない。仕方がないので高度差の認識を操る結界を用い、同じ軸線で戦う事にした。ブー? あいつは下がってホムンクルスの予備を借りに行ってるよ。
『食い殺してやるぞ! そして喰らうが良い、ファイヤーボール!』
『カッ!』
『ガッフッ!!』
結界の効果があったのか、オールド・キメラは降下してきた。
もっともこっちに飛び道具や魔法があると知って、短期決戦に出た可能性もあるだろう。そもそも効かないことがあるし、この辺りが曖昧なのがこの結界の微妙な処である。俺が精霊力で満たす結界の方が良いと思った理由も判ってもらえるだろうか?
ともあれ敵は竜の首で炎を吐き、山羊の頭で角を振るう。
そして人の首が呪文を詠唱し、火球を放って攻撃して来た。やはりオールド・キメラは強力なモンスターであり、巨体であることから空を飛ぶのが得意でもないのだろう。やはり結界の種類を間違えたのではないかと思いつつ、俺は諦めて呪文の詠唱に入った。
「その翼、貰ったぞ!」
『ぬ? 小賢しいわ人間風情が!』
ジャンがホムンクルスの影から飛び出して来た。
以前は話を聞かなかったが、流石にキメラ相手にはホムンクルスを盾として使っていたらしい。炎刃を灯した斬撃で翼の周囲を盛んに斬りつけている。流石に大きな相手の上部へ攻撃している事もあり、五回は無理だったようだ。それでも三度の切り上げやら振り下ろしを繰り出し、翼を大きく切り裂くことに成功したようである。
ここで俺たちは集中攻撃に出た。
もちろん攻撃自体は当初の予定であり、特に変更したわけではない。だが動きを止めることはなく、連続で攻撃を叩き込んで、さっさと倒してしまう事に掛けたのである。
「考え方を変えれば千歳一隅のチャンスだ。ここで倒すぞ。ウインドカッター!」
「そのくらい判ってるわよ! お返しよ、ファイヤーボール!」
俺が終え終えている数少ない攻撃呪文である風の刃を放った。
数枚の刃が翼を中心に敵を切り刻み、同じようにファイヤーボールが敵後方に炸裂する。やるべきことは相手から足を奪う事であり、逃げるという選択肢を失わせることだ。
ここで俺は少し観察してから呪文を選択する。
生命力あふれる敵なので、普通に攻撃呪文を連射すべきだ。しかしヘビー・クロスボウは強烈だし、ジャンの連続攻撃もある。それを考えたらスロウの呪文で撤退を阻害すべきかと思ったのである。
『馬鹿め! 死に絶えよ、ファイヤボール!』
『ガッフッ!!』
『ガ~ッ!!』
だが敵はそんな事をあざ笑うかのように果敢な攻撃を行った。
竜の口は山羊の頭が角を振った後に、ホムンクルスへ噛みついたのである。どうやら牙の方が威力が強いのと、一発の重みが強かったホムンクルスの方を強敵だと思ったのだろう。火球の直撃もあり、もはや重症に追い込まれている。もし人間であれば戦意を喪失して戦えなくなったに違いあるまい。
だがホムンクルスはそれでも剣を振い、噛みついて来た竜の首に構わずに残る翼を切り裂いた。そこで直前の命令が終わったのか、竜の首に対して絞め殺そうともがいているようだった。
「フレド! 足を遅くする必要はない、攻め続けよ!」
「了解! このままトドメを刺すぞ! ウインドカッター!」
「その矢は星の如く。マジックアロー!」
こちらは少し方法を変えて攻撃を続けた。
ジャンは横に回り込んでキメラの脇から胴を攻撃。俺は敵の足を中心に風の刃を浴びせ、エレオノーラは火球から魔法の矢へと呪文の種類を変えた。数本の矢が宙に浮いたかと思うと、次々と敵の胴体に吸い込まれる。確か射程は長いし威力も一発ずつ増えて行くのだが、当てる場所を選べない術だったはずだ。
そして攻撃し続けた甲斐があったのか、敵の足が血に沈んでいく。
クロスボウのボルトが胴に何本も突き刺ささり、炎の刃が幾筋もの傷を浴びせる。敵は竜と山羊の首を攻撃を続け、人の首は回復呪文で治療を始めたが、その後ろ向きな判断が問題だったのだろう。やがてダメージレースで追いつけなくなり、こちらのホムンクルスが倒れて暫く後にその巨体が崩れ去ったのである。
「……痛いわ。やってられない。なんでこんな状態で戦い続けるの?」
「弄ってやつだろ? 拠点に戻って治療したら、明日に奴の巣を改めて制圧だな」
敵の失策は幾つかある。援護する俺達に火球を放ったのだ。
そんな事をするならもっと接近してブレスでも吐けば良かったのだろうが、二体目のホムンクルスを警戒し同じ位置に留まったせいで攻撃が分散した形になった。そのこともあり、こちらは大怪我一歩手前で済んだと言えるだろう。ホムンクルスの貴重な犠牲を出したが、また量産出来るのがウリだしな。
「おい、首をもいでいくとしたらどれが良いのだ? やはり竜か?」
「どの首も貴重ですけどね。誇るなら判り易く首で良いかと思います」
火傷を負いながらも一人元気なジャンは笑顔で敵の首をもぎとろうとしていた。部下の手助けを借りない初めての戦果として嬉しいのだろう。傷を治すためのポーションを使うのも忘れて悪戦苦闘しているようだった。
こうして俺たちは中層の一部を攻略。
戦歴から言うと満足いく結果とはいえないが、なんとか成果を得たのである。
中層への入り口に新たな拠点を設置する。
そしてダンジョンの魔法設備を入れ替える魔法を使用し、既に設置している魔法設備をこの位置に置いた。元の拠点には入れ替え用のマーカーと、魔力を循環させるリンク用の魔法設備の一つがあるはずだ。
これでこの入り口を拠点として使用し、魔力を抜き出したり色々出来る。
また、周囲を行き交う魔力も前の拠点よりも遥かに多いので、魔力を循環させるリンク用の施設は有効に働くだろう。
「準備は終わったぞ。このまま中層を進めば進むほど、上層部に設置してある循環器を経由して、少しずつお前さんのところの魔法陣に注ぎ込まれるはずだ」
「ようやく初期目標が達成できたわね」
エレオノーラの目標はこのダンジョンを再び手に入れることだ。
そのためには大きな成果を出さなければならず、少なくとも『このまま行けば何年かのちには可能となる』と周囲にも行政にも納得させなければならない。中層の入り口に手を掛け、奪われたダンジョンの一角を再奪取する。その計画が今回のダンジョン攻略なのだ。
その意味において、ようやく初期の目標が果たされたと言える。
後は中層を構成する一部のエリアを確実に奪取し、可能ならば中層で一番強いとされるオールド・キメラを倒す所までは生きたいものだ。
「勝手に使った分くらいは補えたのかしら」
「そのくらいは余裕だろうが。問題は現在進行形でちょろまかして使ってる事だな。もう少しリンク用の循環器を設置したいところだ」
中層からあふれ出たゴブリンのせいで魔力を回復する薬を使い切った。
それでも先に進む為には魔力の回復が不可欠であり、その為にダンジョン経営用の魔法陣に回るべき魔力をちょろまかしている訳だ。そしてこの事はバレたら問題になるだけではなく、もう暫くはこのまま使い続ける必要がある。予定通りに中層の一部を奪い返して初めて、『何の問題も無く万々歳だ』という所まで追い詰められたと言えるだろう。
もし、これが何の資料も無く、戦力想定も無ければよろしくない事態だ。
だが、ここはエレオノーラの家が所有する天然のダンジョンであり、大まかな地図は昔と同じはずだし、何が起きているのか予測は突いているので問題はなかった。
「全部持ってきましたけど、良かったっすか?」
「構わねえよ。どうせ向こうと同時に維持する余裕はないし、下手に何か置いてたら『ナニカがあるかも』とほじくり返して循環器を掘り起こされかねねえからな」
上層中央部にあった拠点は撤収した。
代わりにこの中層入り口に戦力と施設を集中。外から見えないことを良い事に、色々と設置していく予定であった。もっとも俺たちの回復やらホムンクルスの損傷を修復するために色々使ったので、置いておくものが少なくなってスッキリしたともいう。
いずれにせよ、これで中層入り口を維持するだけで良くなった。
以前よりも道が狭く曲がりくねっている事もあり、守り易くは成ったと言えるだろう。待機させておいたホムンクルスも、やろうと思えば一体か二体なら余分に連れて行くことも出来るかもしれない。
「今日の予定は大きな分岐まで出ることだ」
「そこでゴブリンたちが何処から逃げ出して来たのかを確認する」
「おそらくは巣分けでオールド・キメラの巣に入り込んで荒らした物と思われる」
「巣分けの場合は大本の住処には、昨日と同じだけのゴブリンが居るから目指さない。一方で、キメラの巣がある方は雑魚共が減った上で、罠がないだけでもありがたいな」
単純な理屈だが、分割されたゴブリンは洞穴の別の区画を探したはずだ。
そこに残っていただろう罠を踏んでいるし、あちこちを触って余計な事をすることで、罠の類に片っ端から触れたものと思われる。もちろん罠の中には自動で盛装されるような物もあるわけだが、その周囲だけ綺麗だったら怪しんで当然なので問題はないだろう。
後はゴブリンには倒せなかった魔物や、特に中層のボスであるオールド・キメラを倒す必要がある。空を飛べるし炎も吐く、皮も堅い事もあり、おそらく無傷かそれに近い状態だと思われた。面倒な相手であっても、一度の戦いで多くの成果を得られるならば、甘んじて多少の危機は受け入れるべきであろう。
「ブーは暫く地図の作成と隠された道や踏み残しの罠が無いかを頼む」
「一度にたくさん進む必要はない。俺達が退屈だと思うペースで良い」
「ジャンさんはホムンクルス一体と共に前衛をお願いします。魔法の支援を考慮して少し遅めで対応を。敵は飛んでいたり、小型ですから何処かに隠れ潜んで居る可能性がありますからね」
ここから先は確実に進む必要がある。
例え相手が弱かろうとも、蛇やらコウモリが隠れ潜んで居たら危険だった。蛇には毒があるし、コウモリは病気を持っている可能性があるからな。面倒くさいのはそいつらを倒し難いからこそ、生き残っている可能性があるのだ。ゴブリンだってその場で死んでいるわけでもないだろうから、同じ場所に居るとも限らないのが面倒くさい。
ただ、ありがたいのはその手の能力はホムンクルスは耐え易かった。
ずんぐりむっくりで頑健な造りである為、生命力が高くなっているのだ。もし倒れたゴブリンを隅っこに捨てる際に蛇に噛まれたとしても、毒で死ぬようなことはないし、後で噛まれて居ないかを確認して解毒すれば対処できるだろう。病気なんかメンテで一気に治るからな。まあゴーレムだったらそもそも効かないんだが。
「面倒で仕方がないな。だが、このような洞穴で戦た覚えはない。我慢しよう。その代り、判っているな?」
「そういってくださると助かります。キメラが出たら頼りにしますよ」
ジャンが住むサンドーン近郊は砂漠地帯なので洞穴はないか、むしろ倉庫だった。
だから管理は徹底されて居て、水やら何やら置いておくらしい。それゆえに戦った経験はなく、同時にこんな場所でオールド・キメラと戦う経験は何よりの誉なのだろう。そしてなにより、この間の戦いでは俺たちの援護で面白いように戦えていたからな。爽快感溢れる戦いを覚えたら、泥臭い戦いをするよりも、付与魔法とかで強化して戦いたいと思ったのだろう。
もっとも、それは最後の戦いではないかと思う。
何しろちょっとした魔物は大抵がゴブリンが倒したり、暴れた所をキメラが喰らっているはずだ。残っているのは空飛ぶモンスターだろうし、少し下げてヘビー・クロスボウを持たせた強化個体のホムンクルスの出番ではないかと思う。
「エレオノーラ。オールド・キメラより前の戦いで大物がいたらアレを使うつもりだ」
「ああ。精霊力の結界ね。まあ良いんじゃない? そうそう火球を連発なんかしないと思うけど」
俺が覚えている儀式魔法の中で、特定属性の魔法コストを下げる物がある。
とはいえ現状では火球の魔法と炎刃くらいで、後は断熱やらちょっとした呪文くらいしかないそうだ。まあダンジョンマスターであるエレオノーラからすれば、有効な魔法以外はあんまり覚えないよな。それでなくとも覚えることが沢山あるのに。
ちなみにクラウディアでは使い勝手の良い魔法だったりする。
雲と同じ高さの群島だから、風系の魔法を使う連中は多かったからな。まあ俺の場合はダンジョンコンサルの一環で、特定属性のモンスターを管理し易くするために覚えたんだが。
「それよりも、もう一つ考慮してた方は?」
「高度調整のやつか? あれは微妙なんだよな。空を飛ぼうと思えなくなるだけだから、羽を破れたら不要になるし奴自身が飛ぼうと思わない可能性もあるから、こっちが大勢で攻めるなら前提で有効なんだ。それなら奴が吐く炎のブレスを防ぐ効果に期待する方がマシだと思う。ともあれ、距離が空いたから詰めるぞ」
各人が持ってる隠し技というか、使える能力を話し合った。
その時にもう一つ使うのを迷ってる結界があるのだが、空飛ぶ奴や地面に潜った奴に、地上で戦う方が良いのではないかと思わせる結界がある。これもダンジョンコンサルの一環で覚えて、飛行生物を捕まえたり、地面に潜った奴を引き釣り出すために使う物であった。
ただ、言った通り奴が飛ばなくなれば意味がない。
それなら炎を防ぐ効果のある結界を張るとか、致命傷を避ける防御結界の方が使えるのではないかと思うのだ。
●
そして順調に進んでいき、敵を倒しながら大広間のような場所に出た。
状況は最悪と言うか、一番出会いたくない場所で後で出逢うと思った奴と出逢ったわけである。本来はもう少し先に居たと思うのだが、もっと手前の場所でオールド・キメラと出くわしてしまったのだ。
おそらくはゴブリンを追って此処まできたか、中層の入り口付近まで出た後で外に出ずに戻って来たのではないだろうか? そして広い場所である此処を縄張りにして、眠る時だけ元の位置に戻っているのではないかと思われた。広い場所だから散歩するには良いだろうしな。
「最優先で翼を狙ってください! 俺は少し遅れて結界を張ります」
「了解した! 頼むぞエレオノーラ殿!」
「判ったわよ。全然当てにならない予測なんだから!」
まさかこんな場所で出逢うとは思っても居なかった。
分岐を抑えるだけのつもりで、とんだ全力戦闘の始まりであった。想定が甘いと言えばそれまでだが、俺もダンジョン探索のプロではない。コンサルタントをするうえで、配下に組み入れていたモンスターの移動で奔走させられた事はあっても、大抵は管理しているダンジョンマスターの協力があれば簡単なのだ。どの区画に隠れていて、どうやて対処すれば良いか直ぐに判るからな。そう言った例の時、いつも想定の場所に居たので驚いたともいう。
その上で俺は簡易儀式で結界魔法を唱え始めた。
簡易化の為の前段階だけでも長いので、その間にクロスボウや白兵戦の結果を見るのだが、当然ながら命中しない。仕方がないので高度差の認識を操る結界を用い、同じ軸線で戦う事にした。ブー? あいつは下がってホムンクルスの予備を借りに行ってるよ。
『食い殺してやるぞ! そして喰らうが良い、ファイヤーボール!』
『カッ!』
『ガッフッ!!』
結界の効果があったのか、オールド・キメラは降下してきた。
もっともこっちに飛び道具や魔法があると知って、短期決戦に出た可能性もあるだろう。そもそも効かないことがあるし、この辺りが曖昧なのがこの結界の微妙な処である。俺が精霊力で満たす結界の方が良いと思った理由も判ってもらえるだろうか?
ともあれ敵は竜の首で炎を吐き、山羊の頭で角を振るう。
そして人の首が呪文を詠唱し、火球を放って攻撃して来た。やはりオールド・キメラは強力なモンスターであり、巨体であることから空を飛ぶのが得意でもないのだろう。やはり結界の種類を間違えたのではないかと思いつつ、俺は諦めて呪文の詠唱に入った。
「その翼、貰ったぞ!」
『ぬ? 小賢しいわ人間風情が!』
ジャンがホムンクルスの影から飛び出して来た。
以前は話を聞かなかったが、流石にキメラ相手にはホムンクルスを盾として使っていたらしい。炎刃を灯した斬撃で翼の周囲を盛んに斬りつけている。流石に大きな相手の上部へ攻撃している事もあり、五回は無理だったようだ。それでも三度の切り上げやら振り下ろしを繰り出し、翼を大きく切り裂くことに成功したようである。
ここで俺たちは集中攻撃に出た。
もちろん攻撃自体は当初の予定であり、特に変更したわけではない。だが動きを止めることはなく、連続で攻撃を叩き込んで、さっさと倒してしまう事に掛けたのである。
「考え方を変えれば千歳一隅のチャンスだ。ここで倒すぞ。ウインドカッター!」
「そのくらい判ってるわよ! お返しよ、ファイヤーボール!」
俺が終え終えている数少ない攻撃呪文である風の刃を放った。
数枚の刃が翼を中心に敵を切り刻み、同じようにファイヤーボールが敵後方に炸裂する。やるべきことは相手から足を奪う事であり、逃げるという選択肢を失わせることだ。
ここで俺は少し観察してから呪文を選択する。
生命力あふれる敵なので、普通に攻撃呪文を連射すべきだ。しかしヘビー・クロスボウは強烈だし、ジャンの連続攻撃もある。それを考えたらスロウの呪文で撤退を阻害すべきかと思ったのである。
『馬鹿め! 死に絶えよ、ファイヤボール!』
『ガッフッ!!』
『ガ~ッ!!』
だが敵はそんな事をあざ笑うかのように果敢な攻撃を行った。
竜の口は山羊の頭が角を振った後に、ホムンクルスへ噛みついたのである。どうやら牙の方が威力が強いのと、一発の重みが強かったホムンクルスの方を強敵だと思ったのだろう。火球の直撃もあり、もはや重症に追い込まれている。もし人間であれば戦意を喪失して戦えなくなったに違いあるまい。
だがホムンクルスはそれでも剣を振い、噛みついて来た竜の首に構わずに残る翼を切り裂いた。そこで直前の命令が終わったのか、竜の首に対して絞め殺そうともがいているようだった。
「フレド! 足を遅くする必要はない、攻め続けよ!」
「了解! このままトドメを刺すぞ! ウインドカッター!」
「その矢は星の如く。マジックアロー!」
こちらは少し方法を変えて攻撃を続けた。
ジャンは横に回り込んでキメラの脇から胴を攻撃。俺は敵の足を中心に風の刃を浴びせ、エレオノーラは火球から魔法の矢へと呪文の種類を変えた。数本の矢が宙に浮いたかと思うと、次々と敵の胴体に吸い込まれる。確か射程は長いし威力も一発ずつ増えて行くのだが、当てる場所を選べない術だったはずだ。
そして攻撃し続けた甲斐があったのか、敵の足が血に沈んでいく。
クロスボウのボルトが胴に何本も突き刺ささり、炎の刃が幾筋もの傷を浴びせる。敵は竜と山羊の首を攻撃を続け、人の首は回復呪文で治療を始めたが、その後ろ向きな判断が問題だったのだろう。やがてダメージレースで追いつけなくなり、こちらのホムンクルスが倒れて暫く後にその巨体が崩れ去ったのである。
「……痛いわ。やってられない。なんでこんな状態で戦い続けるの?」
「弄ってやつだろ? 拠点に戻って治療したら、明日に奴の巣を改めて制圧だな」
敵の失策は幾つかある。援護する俺達に火球を放ったのだ。
そんな事をするならもっと接近してブレスでも吐けば良かったのだろうが、二体目のホムンクルスを警戒し同じ位置に留まったせいで攻撃が分散した形になった。そのこともあり、こちらは大怪我一歩手前で済んだと言えるだろう。ホムンクルスの貴重な犠牲を出したが、また量産出来るのがウリだしな。
「おい、首をもいでいくとしたらどれが良いのだ? やはり竜か?」
「どの首も貴重ですけどね。誇るなら判り易く首で良いかと思います」
火傷を負いながらも一人元気なジャンは笑顔で敵の首をもぎとろうとしていた。部下の手助けを借りない初めての戦果として嬉しいのだろう。傷を治すためのポーションを使うのも忘れて悪戦苦闘しているようだった。
こうして俺たちは中層の一部を攻略。
戦歴から言うと満足いく結果とはいえないが、なんとか成果を得たのである。
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