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第一章

『地味? いや、むしろ隠すように作業せよ!』

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 塩の生産が始まり、資金に余裕が出て来た。
正確にはまだ利益は出ていないが、他都市の商人が目を付けているので資金が集まり易い。こちらも専売にする気はないので投資を受け入れることにした。もちろん最初に便宜を図ると言ったニコライが優先ではある。

とはいえ今の経験を活かし、成功と失敗を踏まえてから拡充・改良させるので塩へダイレクトに投資はしない。

「この村に何をさせる気でしょう? 特に何も無い場所ですが?」
「賦役の範疇で煉瓦造りだな。焼き煉瓦が一番なんだが無理だろう」
 特に何も無い場所……普通は森か何かがあるが本当にない。
村を構成する建物と僅かな畑と湧き水だけ。一応は地形的に丘と僅かな林もあるという程度だ。丘があるから日陰になって湧き水で足りているというレベルである。林だって少人数の煮炊きだけにしているから保てているだけで、人口が増えるなり何かの産業が出来ればハゲ山になる程度でしかない。

そんな場所へゴーレムでやって来たのは粘土を掘り返し、ついでに畑を開墾するためだな。

「アレクセイ、君を連れて来たのはこれから村々でやらせることのテストケースになるからだ。人間、百聞は一見に如かず。説明をするにも命令書を書くにも、見た方が早いからな」
「はあ。それは確かに。しかし、煉瓦ですか」
 煉瓦については『何に使うのか?』など問うてこない。
まあ防衛用にしても建築用にしても色々と仕えるからな。最悪、塩田のある村を海賊から守るために使えるだろう……くらいの予想はしていると思われる。だが、違うんだな。余ればそう言う使い道もしなくもないが。

「命令する順番は基本的に粘土層の露出を明言する事」
「次に賦役での命令であり、最低日数で行えば良い事だ」
「それ以上に作ってくれるならば、僅かながらも報酬を約束する」
「その上でゴーレムを使って開墾をしておく。これは従順な村へのご褒美だな。逆じゃない、決してこちらが主目的ではない。そうじゃないと賦役なんかしない奴が出て来るからな。勇者軍でも『余裕の範囲で作っておいてくれ』と頼んだら、何時の間にか作らなくなった。平和に慣れてしまったんだ。もちろん最初から反抗的な村なら逆でも良いとは思うがね」
 今のところアレクセイには異議も意見も無い様で結構。
まあ政策としてゴーレムでの開墾を当たり前にしてしまうと、みんなこちらに頼るだけで何もしなくなるからな。その辺りはゴーレムでの作業だろうと、領主が行う事業だろうと変わりはないだろう。上からの命令として常識の範囲で命令し、それ以上やれば僅かな褒美を出す。その流れは昔からの慣例であると言えた。

だから慣例以上の命令は此処からになる。

「以上の命令を徹底するために、勇者軍出身者一人に対し、難民数名を付けて確認と回収作業を定期的に行わせてくれ。見張りと言う訳ではないから、報告を鵜呑みにしない程度で良い。そうすれば村人がサボるなんて事はまずないし、何できない難民にも仕事が与えられる」
「なるほど、パトロールは誰がやっても同じですしね」
 何もできないから難民と呼ぶが、歩くだけなら出来る。
実際に確認作業をするのは勇者軍出身者だし、俺に付き従った事で権威というか主任としての待遇を得られる。上を見てもキリはないので、下を見てもらおう。難民に私語をを与えるために、数人を連れてパトロールをするってのは立派な使命であり役目だからな。

「持ち帰った煉瓦は一か所に集めて使うが、その時に報告もしてもらおう。大抵は村の要望の連絡、盗賊が居るかどうかの判断になるだろうな。ただ、報告・連絡・相談は割りと重要だぞ。下の者が当たり前のように知っている事を上の者が知らんなんて良くある。盗賊の正体とかな」
「……他所から奪ってでも税を払えと言う悪い領主も居ます」
 俺の言葉にアレクセイは苦い顔を浮かべる。
このゴルビー地方は砂漠と荒野ばかりだから、開拓したり事業を立ち上げるより他所から奪った方が楽なのは確かだ。彼が真面目な代官というのもあるが、他所に奪いに行く余力すらなく、隠れる場所が無いからモロバレなのもあるだろう。だからこそかr手は真面目で居続けることが出来るとも言えた。だが、それは彼が何も知らないことを意味はしない。

「褒美としては食料や金として、塩や竹炭も成功すれば与える。それで生きていけるなら問題はなくなるだろう。沿岸の村にはそうだな、網をニコライから買って交換できるようにしておくか」
「塩田にはゴーレムもあり、海賊の被害は無くなるかと」
 海賊の正体は剛腕の商人である他、地元住民であることもある。
同じように盗賊の被害もあり得るわけだが、この地方に海賊の被害は合っても盗賊の害が無かったのは何も奪えなかったからだろう。まあ『賊に奪われました税が払えません』なんて言っても領主が許す訳が無いのだが、一時期に王家の直轄領であったならば代官次第で通じることもあるだろう。

ここまで話した段階でアレクセイの態度は納得顔に変わったという物だ。俺が勇者軍で見て来た実体験を元に、色々と対策を練って居たことを理解したからだと思えた。

「煉瓦は適当に作った『理由』だけではないのですよね? 何に用いるのでしょうか? 特にないならば何処かの防衛用として考慮しますが」
「ああ。言ってなかったが壁は防衛用じゃない。砂漠の緑化用だ」
 農民に甘くするだけではダメなので、理由を作って褒美を出す。
煉瓦作りの第一歩はその為だが、決してそれだけが理由ではない。アレクセイは真面目だがあくまで行政メインの代官であったため、戦地の代官であると想像して、煉瓦でつくった壁を遊牧民や盗賊対策用に使う事を考えたのだろう。他の使い道があるならば俺が説明するだろうし、はないsの受け手としてはただ効くのではなく、通り一辺倒の回答である防衛用を例として上げたわけだな。

それに対して俺の答えは予想外だったようだ。

「煉瓦で緑化ですか? まさか一面に敷き詰めて、上に山の土を盛ると? 途方もない作業ですが……」
「いや。風避けや日避けに使う。まずは遊牧民と関係ない場所にな」
 俺は村の近くにある丘に向かった。その陰に当る場所はやや涼しい。
それだけではなく、湧き水が出ている場所の近くには林があるのだ。先ほど僅かに生えている林があり、燃料にしていると言っていたが此処がその場所になる。下流方向には畑が存在する。丘や林の影が投影する最大面積と、湧き水が小川になっている部分が重なり合う感じだな。

これこそが俺が目指すべき緑化活動の通過点の一つであった。

「風は熱風を運ぶし、土そのものを運んでしまう。この辺りに豊かな地が無いのはそれが理由だし、水が無い事もお互い影響していることになる。だが、もし砂漠との境に壁が出来、そこへ水が送られて来たらどうなる?」
「最悪でも日避けと水があれば豊かになる可能性はありますね」
 アレクセイは真面目な常識人なので、あくまで作業量のみで答えた。
日避けで暑い太陽光が減り、水が送られてくればそれだけで豊かになるからだ。そのためには途方もない労力が必要だが、幸いにも俺がゴーレムを作れるのでかなり話が変って来る。ここまでの話で分かったのだが、どうやらアレクセイはあくまで常識的に考え、俺の話を聞いて『他の者がどう考えるか』の叩き台になってくれているようだ。これはこれで重要な才能であると言えるだろう。

「そう言う訳で、ここまでの流れが寒村で行う一連の作業になる。街道添いと竹藪の近くにある村にはまた別の作業があるけどな」
「承知しました。壁での煉瓦盗人対策込みで命令を出しておきます」
「それを忘れて居たな。指摘してくれてありがたい」
 ここまでの流れを段階的に他の村へ指示を出せ。
そういう意味で説明を締めくくると、アレクセイは俺に足りない部分を捕捉してくれた。今後はその辺込みで話を進めていく事になるが、今は出会って間もない時期なのでそのたびにお礼を言っておこう。彼が役に立つことを認めて感状を記すことになってるからな。

ちなみに『感状』とは現代の感謝状というレベルには収まらないので、功績を記す大事な書類であり、もしこのまま家臣団に収まった時には席次を決める際に『一つ上に昇る』という裏書でもある。家臣団同士での席次争いに、こういった感状が重要になる感じだな。貴族社会ってのは上から下までマウントの取り合いである。

「これがお役目ですから。それと街道添いは今やってる整地や用水路以外には何かありますでしょうか?」
「定番だが駅伝の準備だな。早馬を使う程じゃないが宿営地の目印になる」
 現在、粘土探しを終えた後は道を整備している。
ゴーレムに丸太みたいな形に削った石を持たせ、ゴロゴロとやったらアスファルトを作るローラーみたいだろう? あそこまでではなくとも、整地してあれば人も馬も通り易くなるって寸法だ。狙って用水路も同時にやってるわけでもないが、どうせ道を作る時に一緒に穴を掘るだけなので一緒にやっている。遥か未来的には道路側溝なのだろうが、当面は用水路の試験用である。

その上で、駅伝とは交代用の馬を置いて走らせる拠点だ。
現在は交代用どころか馬すら用意する余裕は無いが、定距離に宿営できる場所があれば違う。街道が整備されて盗賊が居ないならばそれだけで旅程が楽になるからな。行商の類を誘致する時に随分と楽になるだろう。

「遊牧民が利用しませんか?」
「交易で収まってくれるならむしろ歓迎したいところだな。塩が売れるなら塩と肉を交換してくれるだろうよ。仮に侵攻して来るにしても餌が無いから、緑化するまでは放置して良い。そうだな……壁に関しては風避け・日避けとして使っている所を見れるように位置を工夫して設置して行ってくれ。それで将来の懸念を減らせる」
 拠点として宿場地になり、そこに水があるなら攻め寄せられる。
そんなアレクセイの予想はもっともだが、現時点では水も草も生えていない。牧畜を営む遊牧民が攻めてくるほどではないし、雑草が生えて居たら農民がむしって食料の足しとして鍋に放り込むか肥料にしてしまうだろう。もし侵攻してくるとしたら、そんな苦労もなく、遊牧民から見て『あそこは攻め易いし、奪えば家畜をもっと殖やせる』と判断し始めてからだろう。

とはいえアレクセイの懸念が最もな以上、無視する程でもないし、同時に将来に備えるならば時間も味方に付けるべきだろう。最初は目に付く程度にして、日避けや風避けの壁がありがたいことを理解させ、遊牧民の通るエリアに設置することに違和感を無くすべきだろう。迂回できる可部であろうと、防衛戦で利用できなくはないからな。

「承知しました。どのみち煉瓦もまだありません。今の内から考慮しておきますよ」
「頼んだぞ。さて、残るは竹のある村だがそこには大きな利用価値がある」
 ゴーレムが作業している中、俺たちは地面に絵を描いて行った。
街道添いに駅伝の準備を行い、そこに定距離に壁を設置して行く。遊牧民が見れば『あれはなんだ?』と実際に見に行って確認するか、あるいは周辺の住民に尋ねるだろう。暫くすればその事を遊牧民たちも便利に思うようになるだろう。そう思ってくれれば遊牧民たちの進路にも設置して行っても『俺達を締め出す気か!?』と構想原因にはなり難い筈だ。

そこまで話した上で今度は竹の絵を描いた。

「最終的には竹の網を作って地面を固定するが、それは最後だ。第一に竹の炭、第二に竹の皿やコップなどの器。それらに並行して同じような竹を集めて簡単な加工させる。これが一番重要だが、当面は隠して置く予定だな」
「それは構いませんが……何故ですか?」
 竹は発育が良いので大いに利用できる。緑化したら邪魔な程だ。
だが、現在はその恐るべき成長速度が我々の生活を大いに助けてくれるだろう。竹炭は塩の増産に必須だし、竹の器は職人が生まれれば生活に役立つだろう(工芸品は無理だろうが)。しかいs、現時点ではこれがもっとも重要な使い道である。現代社会の様なそれなりにモラルがある世界ならばまだしも、この時代でやったら盗まれてしまうだろう。

俺は判り易く説明するための絵に、竹を半分に割った絵を付け加えた。

「竹はこういう感じの節が中にあり、ちょっとした皿に仕えるし、半分に割らずに節へ穴を空ければ水筒として使える。だが、節を全て取り払い、同じような物と組み合わせたらどうだ? 水を運ぶ簡単な用水路になるんだ。ただ将来的にはともかく、『色々な意味で』今は埋めてカレーズにするしかないな。幸いにもゴーレムなら穴を掘って埋め直すのも簡単だ」
「っ! なるほど……水道ですか!」
 竹は年に何mも伸びるので材料にし易い。
しかも円筒状で節さえ抜けば水道としては十分な素材だった。中身が無いから輸送にも楽で、完全な水道としてならともかく、地下に埋めてカレーズにするならば張り合わせるだけで良い。ひもで縛ったり樹脂で固定する必要すらないくらいだ。漏れる水はそのまま周囲に染み込んで、緑化の役に立ってくれるからな。

ここで重要なのが竹は軽いから盗み易い、燃えるから薪に出来てしまうという事だ。自分の所まで水がやって来るならそれで良いし、その辺にあるんだから勝手に持って行って良い……なんてことはない。俺たちが用水路として使っている以上、『隣村が発展するのは邪魔だ!』とか『燃やして燃料にしてしまえ』とか言われても困る訳である。

「一番水源に近い場所にある村を拠点に、いずれ竹藪の方にも村を作るぞ。難民対策や竹の加工をさせたいのもあるが、あの辺に村が無い理由は治水と渇水の管理が出来ないからだ。だが、俺がゴーレムで何とかする以上は、いずれ領土問題になる」
「そうですね。用水路と日避けで今以上に発展するのは確実ですから、やっておいて損はないかと」
 こんな感じで緑化に関しては地味に始まった。
誰もが注目しない間に、コッソリと将来に備えて行動して置く。布石と言う程に壮大でもないが、今後の領地経営に役立ってくれるだろう。

これでようやく領地を良くするための目途が付いた。
そう思った頃……新しい厄介事が訪れたのである。それは狙ったかの如くとも言えるし、ある種の必然でもあった。
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