エンゲージ・マジック、約束の魔法【第一部完】

流水斎

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逃避行の行く手には

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「川を越えればテーヌ地方だ。そしたら都市に直行するんじゃなく、メアリ殿の叔父上んところを目指すぞ」

『元一騎打ち最強のマーシャル卿かあ。色々有名な人だよね』

 アリノエールの父親たちが死んだ魔族との激しい戦い。

その激戦を乗り越えた強者であり、不備の多かった騎士同士の戦いにルールを用意した人物とされている。本人の強さのみならず、ルールを整備した人物だけにそのルールを隅から隅まで知って居る。ゆえに決闘裁判では相手にならぬと避けられたこともあるほどだという。

「何処まで本当の話か分からんが、そのマーシャル卿の元まで届ければ依頼は一応終わりらしいからな。引き継ぎが終われば『ハイ終わり』と分かれるわけにはいかんだろうが、できるだけスムーズに終わって欲しいもんだね」

『仮にそうなったとしても、お宝捜索で雇われそうな気もするけどね』

 一応の目標を目の前にしてもジョージたちは油断をしていなかった。

最終目的地に着いていないのだから当然だが、宰相派の部隊がそこへ待ち構えて居たら面倒なことになるからだ。その時にマーシャル卿が居れば何とかなるというのは、あくまでアリノエールの目算に過ぎない。流石に今の状況で味方になると想定した人物が裏切って居るとは思えないが、宰相派だって努力しないわけでもないだろう。想定以上の戦力が居たり、何らかの政治取引を持ち掛けている可能性もあり得た。

「ま、そん時はそん時さ。俺らに良い取引してくれるなら受けるし、そうでないなら引き受けない。そういうもんだろ?」

『まあね。その時は依頼を終えて居るはずだし、ゴネたら見捨てるまでさ』

 アリノエールがその後に目指す予定の、秘宝を求めること自体は良い。

領地の今後を考えるのに、ノープランな方が呆れるし、魔族対策を考えたら建国王が持っていた剣を探す事には一応の意味があるだろう。秘宝である魔剣辞退が見つからずとも、過程で様々なお宝や遺跡の情報が手に入るはずだ。そこを拠点にする準備を行うならば、空を飛べるカテドラルは有用だろう。そして何より、浮島であるリベルタスの独立国家化を目指す彼らにはコネ造りも重要なのだ。

「その前に、俺たちが越えなきゃいけない難関が見えて来たぞ。北西からダキナに向かう影が幾つかある。おそらくナルモン伯の手勢だ」

『んー。少ない様な気もするし、強行軍としては多いとも言えるかなあ』

 ジョージの遠視の範囲に幾つもの影が映った。

彼の魔法レベル的に、通常状態ではあまり高度に発動できないから仕方がないが、それでも空を飛ぶナニカの動きくらいは判る。何しろ何も無い場所に浮かんでおり、それが高速で飛んでいるならば、『動きが大きい』ので目に入る情報が多いからだ。その上で、この情報をどう判断するかが問題になる。

「おそらく長距離行軍だか、夜間行軍に慣れた者だけを選抜して強行したんだ。全部隊を動かすから無理がある。だけど俺たちみたいに慣れたメンツならそうでもないだろ?」

『そうなんだけど、えらく思い切りが良いね。反撃だってあり得るのに』

 仮に全体で三十だか四十の飛行可能な部隊があるとしよう。

その全員を連れて行けば戦力は申し分ないが、それは国防に穴を空けることになる。ナルモン伯の領地に所属しているので、伯爵領の防衛にも大きな問題が得る筈だ。その上で、長距離行軍だの夜間行軍に全員が慣れているわけではないし、メンバー全員が強いとも限らない。だが、少数に絞れば強行軍も無理ではなくなるし、そういったメンツは強い者が多いので両立し易くなるのである。よってナルモン伯は本来の防衛任務と宰相からの要請を何とかする為、精鋭のみで移動したのだろう。

「深淵を覗き込む者は、深淵からも覗き込まれてるもんさ」

『何さそれ? まあ、ナルモン伯の方でも関心があったってことだよね』

「そう言う事。アリノエールという女が伯爵として……いや、この国を動かすに足りる人間かを見に来たのさ。どこも魔物の被害はあるし、ジリジリと疲弊してはならないってのは共通項だろう。宰相の命令をどう思うかは別にしtえ、良いキッカケだと思ったんだろうよ」

 そしてジョージの判断は人間性の吟味であると断じた。

良く分からない世評に従うよりも、自分の目で確かめる方が良いに決まっている。防衛任務に限れば精鋭たちも似たような価値観を持っているだろうし、伯爵が貴族としての立ち位置に注意すれば総合的に見ることも可能だった。思えばアリノエールの方でもナルモン拍が来ることを確信していたし、それだけこの国が限界なのだろう。宰相の命令が渡りに船だったかどうかは別にして、最大級に利用しようとしたのは確かである。

『あれ? ってことは、ナルモン伯は協力してくれるんじゃない?』

「それはどうだろうな? 場合によっては自分の領地もヤバくなるんだぜ? 本気で追い込むが、殺す気はない程度だろうよ。追い掛けるのも本気、機会が有れば乗船してこの船を接収しても良いと思うかも知れない程度には本気さ。きっとな」

 国の為、自分の為にナルモン伯が協力するのだろうか?

そんなイグレーンの疑問にジョージは微妙な顔をした。ナルモン伯にだって立場と言うものがあるし、仮に宰相の手勢がこちらに向かっているならば監視者だって居るはずだ。少なくともダキナで働いている代官に命令を伝えた伝令は居るだろう。それを考えたら伯爵が手を抜くことは考え難く、試練を与える意味でも真面目に仕掛けて来るという。

「吟遊詩人のサーガで聞いた事はないか? 騎士同士がいさかいを起こし、殴り合った末に和解して親友になる話。たぶんだけど、そいつを狙ってるのさ。『良く聞いてみれば、アリノエール嬢の、いや女伯の言葉にも真実を見ました。一介の貴族として、宰相の判断が正しいのか糾したい』とか言い出す気だぜ」

『そこまで胡散臭い言い訳するくらいなら最初から味方して欲しいなあ』

「それが出来ないから、きっと貴族をやってるのさ」

 ジョージがこの世界に来てから知ったことがある。

貴族たちの多くはちゃんと政治家をやって居る。前世では世襲が悪いという者も居たが、きちんと教育しておけば、幼い頃から学習した貴族はひとかどの人物になるのだ。もちろんジョージが面会できるような相手が苦労している現場主義の人間というのもあるだろう。中にはボンボンも居ればクズだって居た。だが、常に魔物の脅威があるこの世界では、馬鹿では貴族など成れないのだ。

「まあ、そう言う意味で宰相もそうなのかもな。この国の窮地で、アリノーエルさんの領地まで守っている余裕はない。だったら接収してしまって、さっさと一つにした方が双方を守れるってな」

『でもそれって、押さえつけられる立場を無視してるとも言うよね』

「せめて弱ってる側から言い出せれば良かったんだろうけどな」

『これまでは慣例的に問題無く、いきなり聖女様が出てきたらねぇ』

 今回の件で悪役は宰相だが、宰相にだって言い分はあるだろう。

フランキスという国がジリジリと弱っていく中で、マシな決断をしなくてはならない。その中で聖女の出現という判り易い特効薬が出てきたのだ。あくまで光魔法を使える女に過ぎないが、王太子がパートナーになれば、王太子の動かせる部隊がそのまま魔物特攻の能力を持てる。その部隊が動くだけで、各地を平定出来て貴族たちに威を示せる。ならば聖女を優遇する必要はあるし、アリノエールの領地に構っては居られないのだ。かといって放り出せば、そこに魔物がはびこるだろう。

『要するに勝って相手を従えて見せろ。腕の良い奴が上に行く、でOK?』

「その通り! 判り易い図式だろ」

『巻き込まれてなきゃそう思ったけどね』

 結局のところ、このカテドラルという飛行船次第という事だ。

アリノエールにはマーシャル卿を説得する自信があるのだろうし、彼がこの領地の有力者たちを説得すればこの地方は一つにまとまる。周辺領主も事情を聴いて『言いがかりをつけて領地を接収するなど、とんでもない!』と味方に付くだろう。そこまでの部位でナルモン伯もこちらに付き、国への示威と貢献を兼ねて周囲の魔物でも討伐するのではないだろうか? そうすれば裁判で無理に勝つよりも、和解の道を宰相だって選ぶだろう。アリノエールが示す予定の国宝探索は、持論に一定の意味を持たせるキーワードであると思われた。

「ま、俺らに出来ることはあの連中をぶっちぎって駆け抜けることだけさ」

『そう言う事なら任せてよ! 私の得意技だからね!』

 最異臭的に、やるべきことはとにかく早く飛んで目的地に着く事だ。

そう締めくくったことでイグレーンは大いに胸を叩いた。八つのクラスには様々な呪文やスキルが存在するが、彼女は遺産使いレギオンの中でも機動力を重視している構成だった。彼女が遺産の飛行船を操れるのも、相性ゆえであり、そして自分に合った船を探して渡り歩いたがゆえである。その腕を存分に振るえるチャンスと聞けば、心が震えない筈はあるまい。

こうして飛行船カテドラルは、二日目にして最大の難関と向き合うことになったのである。
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