江ノ島の小さな人形師

sohko3

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1986年の元旦

ルーレット式おみくじ器

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 お参りしたりゆっくりめの足取りだったのもあって、馴染みの飲食店に到着する頃には十六時近くになっていた。

 そのお店は江ノ島内にある飲食店の中でも入口や店内の間取りが開放的で、窓からは何ら遮るものがなく全面的に海が眺められる。

 普段、窮屈な家で暮らしている葉織にとっては実に寛げる空間になっていて、波雪もそれに気付いていてこの店を行きつけにしていた。

 もちろん、飲食店なのだから味が気に入っているというのは大前提として。


 座敷席の柱の天井近くに、飴色をした海亀の剥製が飾られている。

 羽香奈は葉織に声掛けして財布を渡してもらい、中から銭亀を取り出して親指と人差し指で挟み、海亀と見比べるように掲げる。

「奥津宮の天井にも亀さんが描かれていたし、お正月は行く先々が亀さん尽くしなんだね」

 今までに何度かお参りしたが、羽香奈が拝殿の天井に描かれた「八方睨みの亀」に気が付いたのは今日が初めてだった。

 元旦らしく今年一年の始まりを祈願した後、何の気なしに天井を見上げたら下を見下ろすような眼力のある亀と目が合い、驚いて声まで上げてしまっていた。


 元旦の来客はまばらで、毎年決まって窓際の席に案内してもらえる。今日も西側窓際のテーブル席について、メニューを渡された。


「何食べようかなー」

「ねぇ、この江ノ島丼って何かな?」

「ああ、それかぁ」

 葉織はちょっと思うところがあったが、あえて教えずにいたら、「どんな料理か気になるからわたしはこれにするね」と羽香奈は注文することに決めた。

 葉織は親子丼を注文した。


 料理が出てくるまでのしばしの待ち時間。

 羽香奈は「これ、なんだろう」と、テーブルの窓際に置かれたものを指さす。黒っぽい、レバーのついたプラスチックのおもちゃみたいなものの上に、銀色の灰皿が置かれている。

 灰皿は清掃済みのようだ。

「十二星座のおみくじだよ」

「面白そうだね。
葉織くんの誕生日でやってみてもいい?」

「いいけど、自分の誕生日じゃなくて?」

「自分の誕生日なんて、もう、忘れちゃったの。
使いどころがなかったから」

「じいちゃんに聞けば、教えてくれると思うけど……」

「いいよ。知りたいって思わないから」

 葉織も、羽香奈がそう答えそうな気がしていた。

 わかっていても確認だけはしておこうと思っただけだった。

「誕生日、十月十五日だよね。
てんびん座……小吉。

無理をしないで、慌てず焦らずが大切。そうすると徐々に運気を取り戻すことが出来ます。

やっぱり今は無理しないで、休んでいて良かったんだよ」

 葉織は相変わらず小学校に通っていないが、四月になったら羽香奈と共に中学校に通うと約束していた。



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