江ノ島の小さな人形師

sohko3

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天女と龍

安心

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「と、いうわけなのよ。

父親のいない人生になるってわかってて生んで、葉織には寂しい思いをさせてしまったよね。

それでもお母さんは、どうしても、あの人が良かったの。

一生一緒にいてくれて、子供を一緒に育ててくれる普通の人と家庭を築く。

彼を諦めてそういう、普通の幸せを求める道だってあったかもしれないけれど……」

「ううん。オレ、お母さんがいれば寂しくないし。
そもそもその不思議なお父さんを選んでくれなかったら、オレは生まれてなかったんでしょ」

「そうだね。
他の人を選んで子供が生まれても、その子は『葉織』じゃない」

 波雪は葉織をぎゅっと抱きしめて、微笑んだ。

「お母さん、葉織がいてくれて幸せよ。
あの人と一緒にいた時だって、今ほどには幸せじゃなかったかもしれない。
今がい~っちばん幸せだわ」

 一生一緒にいてくれる普通の人を選んで、ありふれた人生を選ばなくたって、幸せにはなれる。

 あの人を選んで本当に良かったって、今は心からそう思うよ……。



「そうだよ……お母さんだって、教えてくれてたじゃないか」

 普通の男女としての恋愛をして、普通の家庭を持つことを選ばなくたって、幸せにはなれる。

 自分と羽香奈がそれで幸せなら、「普通じゃない」かなんて、気にすることはないのだと。




 すっかり晴れやかな気持ちになって、羽香奈の帰宅を待っていた葉織だったが。

「たっ、だいまぁ~」

 部屋に入ってきた羽香奈がぐすぐすと鼻を啜っているのを見て、椅子から立ち上がる。

 そも、彼女が泣いている姿さえほとんど見たことがない。

 以前、本人も言っていた。

「悲しいという感情はとっくに壊れている」と。

「どっ、どうしたの? 何かあった?」

「あ、のね。
ハナちゃん、今日の試合はどうしても勝ちたかったって、言ってて。
最後の最後まで接戦だったんだけど、負けちゃって。
あのハナちゃんが悔しくて大泣きしてて、わたしも悲しくなっちゃって……」

「……なんだぁ」

 あの羽香奈が泣いているって、よっぽどのことがあったのかと思って焦った。

 この辺は案外治安も良くはないから、事件に巻き込まれたとかも考えてしまった。

 芭苗にとって残念な結果ではあるけど、健全な涙で安心した。

 羽香奈は涙に濡れた、きょとんとした顔で葉織を見る。

 誰だったかが羽香奈のことを「かわいい」って言ってたけど、あいつはこういう顔を知らない。

 普段、同年代に比べて精神が超然としたところのある羽香奈は、こういう無防備な顔がいちばんかわいいと葉織は思う。

「いや。羽香奈、前に言ってたじゃん。
悲しいって気持ちではもう泣かないだろうって」

「あ……」

「泣けるようになったんだなって、安心した」

「ひどいよ~。泣いてる時にそんな」

「ごめん、ごめんって」

 珍しく、葉織に対する不満で頬に空気を溜めているし、過去の自分の痛ましい言動が恥ずかしくて頬も赤みを増している。

 目も充血しているし、羽香奈の表情は今、大混雑だった。
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