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第8章

ストラディゴス、語る1

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 ストラディゴスは、重々しく口を開き、語り始めた。

 出来れば触れたくないであろう、オブラートに包まれていなければ、面白おかしく盛ってもいない。
 四股事件の事を。



 それは数年前にさかのぼる。

 マルギアス王国が前の戦争の真っ最中だった頃。
 フォルサ傭兵団全盛期、ストラディゴスは、戦場で瀕死の怪我をしたフィリシスを拾った。

 マルギアスでもカトラスでもない、当時争っていた今は無い国で奴隷兵士として運用されていたのを解放する形での出会いであった。

 元来、竜人族は指輪で竜に変身などせずとも、優秀な戦闘能力を備えた種族で、その国では魔法の首輪で服従させて様々な奴隷を兵士としていた。

 出会った時にフィリシスが瀕死だったのは、ストラディゴス達と戦ったからではなかった。
 敵国の敗戦色濃厚な時期だと言うのに、相手国に渡すまいと敵の手によって殺されそうになった為である。

 長年奴隷として戦争の道具として扱われてきたフィリシスは、出会った当初は極度の人間不信となっており、この世の全てを憎んでいた。



 しかし、ルイシーによって心の氷を解かされ、徐々にフィリシスはルイシーを慕う様になっていったと言う。

 だが、フィリシスは、どうしても一つルイシーの事で理解できない事があった。
 どうしてルイシーは、長年連れ添っているストラディゴスが他の女に言い寄られて、それに全て応えても、許す事が出来るのかである。

 フィリシスは誰とも今まで正式に付き合った事などない人生だった。

 奴隷として弄ばれてきただけで、誰かに愛された事など一度も無い。
 ストラディゴスとルイシーが初めて自分に愛を注いでくれた相手であり、初めての理解者でもあった。

 だが、もし誰かを好きになったのなら、独占したくなるに決まっているとは、思っていた。
 自分だけの好きな人を手に入れたい。

 フィリシスは、その憧れの発端を覚えてはいない。

 それは、竜人族の本能なのかもしれない。
 竜は元来、嫉妬深く、縄張り意識も強く、昔から宝を守る存在として描かれる。



 なので当然、ストラディゴスの浮気性な部分は、生理的に好きになれなかった。
 フィリシスは、自分が愛するルイシーだけを、ルイシーの愛するストラディゴスには愛してもらいたい。
 そう考えていたのだ。

 すると、ルイシーは、ある日こんな事を言った。



「それなら、フィリシスがストラディゴスに一途さを教えてあげて」



 一途さならルイシーに勝る者はいない。
 そうフィリシスは考えていた。
 ストラディゴスがどんなに浮気をしても、ルイシーが浮気をしているのを見た事が無いのだ。

 そのルイシーに教えられない事を、フィリシスがストラディゴスに教える事が出来るのか。

 聞くと、ルイシーは「自分は一途なのではない」と言う。

「一途とは、自分を持って相手を思い続ける事」

 だが、既に今の様な関係になって長いストラディゴスとルイシーの間には、自分と相手の境界線が溶けてなくなっている部分がある。
 お互いが自分を癒そうと相手を癒している依存関係から始まっている。
 その為、相手が満たされると自分も満たされる様な気持ちに自然となってしまい、ストラディゴスがルイシー以外の恋人を作っても、ルイシーはまるで自分が愛し愛されている様に感じると言うのだ。



 * * *



「ちょっとストップ! ルイシーさんって、メイドさんでしょ? ストラディゴスさんの何なの?」

 彩芽からの質問にストラディゴスは真摯に応えるしかない。

「ルイシーは、俺がまだ若い頃、初めて戦場で拾ったんだ。それから、今でも家族みたいなものだ」
「奥さん、って訳じゃないの?」
「妻、ではないが、そんな関係だ」
「内縁の妻かな」
「ないえん?」
「ううん、良いの。事実婚みたいな」
「うん? それは良く分からないが、ルイシーは俺の半身だ」
「あの、話を中断して非常に申し訳ないんですけど」
「ああ、なんだよ」
「告白された私って、その、二股とか不倫になったりしないの?」
「愛人って事か? 馬鹿を言うな、俺はお前一筋だ」
「ルイシーさんは?」
「だから、家族みたいなものだ」

「……?」
「……?」

 彩芽は、混乱した。
 異世界の慣習なのか、慣習さえ存在しない自然発生的な名も無き関係なのか、ルイシーの事に関してまったく悪びれる事も無いストラディゴスを前に、恥じる事が無い関係なのは察する事が出来るが、それが自分の世界に置き換えてどんな関係なのかが分からない。

「とりあえず、話を続けて下さい」
「あ、ああ……」

 あとでルイシーに聞こうと思い、話を戻した。



 * * *



 当時のルイシーは、ストラディゴスが皆に愛されるのは嬉しくても、皆に愛されるままに全てを受け入れている状況が、必ずしも良いとも思っていなかったと言う。

 この頃のストラディゴスは、ルイシーが無意識に作った自分の為のハーレムにどっぷりと浸かり、目的と手段が入れ替わりつつある時期で、ルイシーはそれを感じとっていたのだ。

 仲間を心から愛して、愛に応える為に相手を愛する。
 そんな自分と出会った頃の巨人を守りたかったルイシーは、フィリシスなら教えられると期待をしたのだった。



 愛するルイシーに頼まれ、フィリシスはストラディゴスに愛を思い出させる事を決意したと言う。



 当のストラディゴスは、フィリシスを仲間として気に入っていたが、その性格と、竜人族と言う事で、自分から夜這いをかける様な事はしていなかった。
 下手をすると、拒否された挙句、本当に殺されかねない。

 そんな存在が、ルイシーの頼みでストラディゴスの私生活に介入してくるのは、迷惑でしかなかった。
 だが、ルイシーの頼みとあっては、一度は受け入れる他に無い。



 フィリシスは、ストラディゴスに言い寄ってくる大勢の女達に対して、不器用にも説得して回ったと言う。
 人間不信でコミュニケーションが苦手だったフィリシスの必死の努力。

 ストラディゴスにルイシーの大切さを思い出させようという運動は、傭兵団内に広まっていった。

 そもそもが、ルイシーの無意識に作ったハーレムである。
 女達はルイシーを皆慕っていた為、フィリシスの行動にも理解を示してくれたのだ。



 こうして、ストラディゴスは(ルイシー以外の)女断ちを余儀なくされる。
 ルイシーの事は愛しているし、ずっと関係は続いているが、強い刺激に慣れ切った巨人は、物足りないと思うようになっていた。



 先に断っておこう。
 当時のストラディゴスは、ハッキリ言えば“クズ”だった。
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